強さとは
私は逆立ちをしながら片手で腕立て伏せをしていた。師匠譲りの八百キロもの鉄腕をぶら下げているので、一時間も続けていればきつくなってくる。きついというのはつまり自分の限界に近付いている証拠。限界を超えるにはこの辛さに耐えて続けるしかないのだ。
ピンポーン。
「どうせメロンだろ...」
居留守しましょ。
ドカーン!と扉をぶち破る音と同時、身を丸めて空中でクルクルと回転して部屋に侵入する影があった。
体を開き、シュバッと着地した。
「誰が呼んだかホトトギス!鉄腕娘々癒論、閃光の如く見参!」
「おい待て!玄関壊しただろ今!」
「そんなもんはギャグだ!明日には元に戻っている」
ギャグだったのか。なるほど。
「ラミィちゃん、今日は何の日か知っているかな」
「萌えキュン記念日」
「無いよそんなもの!っていうかラミィちゃんが動画を流出させたせいで先達が【萌えキュン先輩】って呼んでくるんだよ!」
愛されキャラなんだな。
「皆仲良しキュンな~」
「キュン使うの禁止!」
「え~」
「え~じゃない!っと。脱線したね。今日は夏霧さんが退院する日なんだ。一緒に行こうよ」
何で私を誘うんだよ。
「...」
返事に困っていると、
「惚莇より強くなりたいなら先達の知恵を借りるべきだよ。私達には何かが足りない。それを見付ける手掛かりになるかもよ」
何かどころか、何もかもだろ。
大きく溜息を吐いた。
「わかった。行くよ行く」
という訳で。
「邪布~。出掛けてくるから冷蔵庫のもん適当に食べといて~」
同居人に声を掛けた。
「わかりましたー」
その声を聞くだけで少し安堵する。ここに来た時は話し掛けても返事してくれなかったから。
「じゃ、行くか」
風穴の開いた玄関を抜けて夏霧の家に向かった。
「いや~めんごめんご」
そんな軽いノリで謝る夏霧。
ランニングマシーンで走りながらだというのだから全く誠意が伝わらない。伝わるのは胸の揺れぐらいだ。それだけで充分だった。
「挑んだのは私です。恨みはありません」
気不味くなるのが嫌なので開口一番にそう言った。
夏霧は自然体で、
「あ、いけね!萌えキュン、お客さんにお菓子出して。あとジュースも飲みたそうキュン」
夏霧にもネタにされてんのかよ!
「わかりました」
と、部屋を出たメロンはすぐに戻ってきた。手にはお盆。その上に明るい緑色の炭酸飲料らしきものが入ったコップと、ローストビーフの乗ったお皿。
ローストビーフ?お菓子として出される物か?
「あ!私のローストビーフは出すなよ!」
ランニングマシーンからメロンに飛び掛かった。
「ローストビーフしか出す物無かったキュン!」
うわー。遂に本人がキュン付けだしたじゃん。
「駄目だ!ローストビーフは私に食べられたがってる!声が聞こえないのか!」
それは無理があるでしょう夏霧さん。
「聞こえないキュン」
「兎に角駄目ー!」
ローストビーフを奪い合う二人を前に、私は揺れ動く夏霧の胸に目が釘付けだった。
どうして巨乳なのにこんな薄着でフィットしたものを選ぶのだろう。ありがとうございます。しかし、エッチなものだとは思わない。神聖だ。森羅万象に神が宿るこの国において、巨乳の神を信仰する信心深き民であるというだけのこと。
「ところで」
突然、巨乳の神もとい夏霧がこちらを向いた。
「お前が今日来たのは退院祝いとかじゃないだろ?」
意地悪な笑みを浮かべている。
ドキッ。
「惚莇さんに負けて修行に打ち込んでいるらしいじゃないか。さしずめ、行き詰まって誰かにコツを教わりたいってとこだろ。」
「ま、まあ、師匠は体で覚えろって感じだったので」
「だろうな。私も茶黄さんと長いこと一緒にいたけど、見て盗めって感じだったよ」
夏霧がクソババアと一緒に?そういえばラーメン屋の店主が四人で来てたとか言ってたな。
「多分私の体術は参考にならない。弟子のお前の方が体得してる。だが、アドバイスは可能だ。彼女は強さを何だと言った?」
んー、何だったかな。
「確か、大切なのは心の強さとか」
「そう。その一歩として私は【五指】の頂点を目指した。その過程でわかったのは、心を強くするのは他者との交流。他者との関わりの中で心は成長する。つっても、私も実力じゃ七位。あんま説得力無いかもな」
「あの…」
と言ってからやっぱり言うのを迷ってから、結局訊くことに決めた。
「夏霧さんから見て惚莇は勝てる相手ですか?」
夏霧は私の目見て小さく笑った。
「無理だな。惚莇さんは天才だったからな。高さの見えない壁に挑む様な感覚だったよ」
わかってはいたけど、夏霧の口から聞くと改めて凄さを実感する。実力ランキング四位の惚莇と七位の夏霧でも大きな壁があり、更にはその惚莇から一位のクソババアまで幾つか壁がある。私はまだまだ足元にも及ばない。
「うす!ありがとうございました!」
夏霧からのアドバイスを胸に、部屋を出た。