称賛
メロンはこちらに体を向け、正面に刀を構えた。
私は壊れた鉄腕を外し、横合いに捨てた。
その時、メロンがまた口を開いた。
「私は全てを捨てて前に進むよ。独り善がりでいい。誰も叱ってくれなくなっても、私が進む道はきっと正しいから」
強い信念。呪いにも近い何かが彼女を動かしている。
「お前がそこまでする理由は何だ」
「ラミィちゃんは私達の憧れだった」
語り始めた彼女はやや目線を下げた。そして、昔を思い出す様に続けた。
「才能の塊。神童。誰もが一目を置いた。一方、私達みたいな取り柄の無い娘は木偶の坊って呼ばれてた。最終試験で何があったかラミィちゃんは知らないよね。ラミィちゃんが大活躍して邁進する陰で同期の皆はバタバタ死んでいったんだよ」
メロンの目が鋭く私を睨み付けた。
私は得体の知れない恐怖を感じて身を震わせた。怖いのは彼女ではない。彼女が背負う同期という存在だ。私は同期の娘をメロンしか思い出せない。最終試験で落ちて死んだ娘達の顔も名前も、もうとっくに私の頭から消えてしまっている。
「皆口を揃えて言うんだ。自分もラミィちゃんみたいに才能を持って生まれたかったって。だから私は彼女達に誓った。才能が無くても努力すれば凄い娘になれることを証明すると」
才能か…。
私は唇の端を噛んだ。
「天才の何倍も努力すれば一番になれることを証明してみせる。それが、死んでいった彼女達への手向けだ。もう誰にも私達を木偶の坊とは呼ばせない」
なるほどな。メロンの言い分はわかった。その上で言おう。
「才能か。私の努力をそんな一言で片付けるな」
コミュ障だった私は皆の輪に入れず、時間を持て余していたからトレーニングで気を紛らわしていただけだ。その結果周囲より実力がついただけ。私からすりゃ、誰とでも仲良く遊んでたお前が羨ましかったよ。
「天才も努力はするんだね」
「私の修行パクっといてよく言うぜ」
彼女は一歩前に出た。
また一歩、更に一歩。慎重さを欠いてずいずいと歩いてくる。
抜刀した状態から居合術は出せまい。なら、別の技か。疲弊して大技が出せないならありがたいが。何にせよ、こちらの方が深手だ。攻めるしかない。
姿勢を極限まで低くして突進した。
左手を地面につき、体を丸めて横向きなり、回転。足を払おうと横薙ぎの蹴りを放ったその瞬間。彼女の存在感が一気に膨張した。クジラに丸呑みされる様な気色悪さに襲われ、本能で危機を察知した。
くる!
左手を突き出し、腕力だけで跳ねた。無理矢理に払い蹴りをキャンセルして逃げる様に転がった。
痛い。
左脚から血が滴っている。細かい切り傷が数カ所。だが、幸い傷は浅い。
「【紫電一閃-雲-】」
メロンは変わらず歩み続ける。
私は同じ速度で後ろに下がりながら考察した。
攻撃の瞬間に嫌な予感がして傷を負ったことから、カウンター型の技だと予測する。そして、熱を流されなかったことから素早く小さなダメージを与えることを目的としたものであることがわかる。攻撃の瞬間にメロンが大きく見えたのは、殺気や威圧感ではない。海や空、大自然に戦いを挑む感覚だった。
「【-雲-】か」
確かに雲を掴む様なものだ。あの剣速に対処するスピードが今の私には無い。間合いに入れば一方的にやられる。それに対し、メロンはカウンターを狙いながら腕を回復させている。次にまた【-雷-】を出されれば四肢のいずれかの切断、胴に受けても致命傷になる。つまり、どちらかを破れなければ勝ち目が無い。そして、狙うなら【-雲-】。失敗してもダメージは小さいからだ。では、どう攻略する?【-雲-】の剣速に私はついていけないのをメロンは知った。普通に考えればそのまま攻撃してきそうだが、そうはならない。何故なら【-雲-】は熱コントロールを放棄していた。あの剣速と熱は併用不可能と見るべきだ。ならば、メロンに先に仕掛けさせる。【-雲-】を破るにはそれしかない。
ここに、カウンターVSカウンターの根比べが始まった。
私が後退を止めたことで、二人の距離は少しずつ縮まった。やがて、歩きながら距離を詰めていたメロンも、足を止めた。私達の間には一歩の距離しかなく無言で見詰め合う。ただ突っ立っていても攻撃を仕掛けてはこないので、挑発を開始する。
「おいメロン」
呼び掛けても反応は無い。
「よく見たら可愛い顔してるよな、お前」
ピクンと眉が上がった。
私が師匠から教わったのは戦闘技術だけじゃない。
そーっと手を伸ばした。
「メロンのおっぱい揉みてーッ!」
全力で叫ぶと、
「イヤァァァ!!」
刀が、振り下ろされた。
待ってたぜこの瞬間を!
咄嗟の一撃で【-雲-】と違ってキレが無い。自分から斬るのとカウンターとでは明らかに練度が違う。
もらった!狙いは刀!武器破壊だ!
斬撃に対し垂直に拳を突き上げた。アッパーだ。
私は師匠と違って熱の扱いに長けていない。鉄腕を通して流すよりも、直接生身から流した方がパワーが出る。絶対に砕く!そう決心して拳に力を込めた。
が。
拳とぶつかる直前で刃は水平に移動し、コの字を描いて私の右脇腹に斬り込んできた。一瞬の出来事。
【-雷-】に切り替えやがった!
刃から熱が雪崩れ込んだ。
ヤバ...死...。
死が脳裏を過った瞬間、脳内にクソババアの言葉が響いた。
「いいかい。メスガキは熱で思う存分私を攻撃しろ。私からは攻撃しない。熱コントロールは基礎であり奥義だ。使い方の上手い奴と出力が強い奴が有利。ハッキリ言って今のお前じゃ、私にダメージを与えることは不可能だね。どこを殴られたとしても、私の方が速く、より強いパワーでエネルギーを送り込む。常時カウンター状態だと思いな」
そうだ。私はこの二年半、メロンよりも強い娘と毎日戦っていた。【紫電一閃】が何だ!クソババアの張り手はもっと速かった!独り善がりになるな!師匠を見ろ!技を真似ろ!教えに耳を傾けろ!私の技術で勝てないなら、師匠の技術を見て盗め!
脇腹に食い込む刃から広がる熱が見える。感じる。
「ウオオオオオオ!」
メロンのエネルギーを抑え込み、跳ね返し、逆に私のエネルギーを送り出すイメージをしろ!より鮮明に!
熱は、私の考えに素直に応じた。体中の熱が刃に向かっていくのがわかる。
ぐぐ。
刀が動いた。押し戻し始めた。
「グゴゴゴゴ!!!」
「フヌヌヌヌ!!!」
私もメロンもここが正念場とばかりに、ありったけをぶつけ合った。
バチバチとぶつかり合う熱エネルギーが刃と皮膚の間で激しい光を放つ。
実力は互角。ここまでくれば才能も努力も鳴りを潜める。勝敗を分かつのは...。
「ウオオオオオオオオオ!!」
「ヌオオオオオオオオオ!!」
ピキッ!
ビキビキビキビキ!
刀身にヒビが広がっていく。
「そんな!」
バキーン!
刀は音を立てて砕け散った。
「私が天才だって?ふざけんな!私は他人の何倍も努力してきただけだ!才能なんて言葉で私の努力を水に流すな!才能ってのはな、努力を続ける根気のことを言うんだよ!」
それにな、勝負ってのは最後まで諦めない奴が勝つんだ。
最初に放ったアッパーに再び息を吹き込む。
上半身を捻り、正面へのパンチに切り替える。
「メロン!お前が一番になって外に出ていきたいなら応援する!けど、これ以上何も捨てるな!誰かとの縁を簡単に捨てるな!孤独と引き換えの一番こそ真っ先に捨ててしまえ!」
パンチが顔面に突き刺さる直前、メロンの口が左右に伸びたのを確かに目撃した。
ぶっ飛んでいくメロンを眺めながら今度買い物でも誘ってみるかーとか考えていると、不意に視線を感じて上を見上げた。
ネオンの看板が乱立する中の一つの上に座る人影があった。メロンの師匠にして最強の【五指】夏霧だ。身の丈程もある八百キロの大きな鉄腕。巨乳なのにぴったり密着したランニングウェアで、しかも下着姿みたいに露出が多いからなんかエッチだ。彼女はヤンキー座りでこちらを見下しているが、見上げる私はおっぱいにしか目がいかない。もし彼女が私の師匠だったならば、あの重くて大変なおっぱいをこの左手で毎日支える業務に就きたいものだ。市販のブラジャーでは荷が重いだろうからな。是非私を使って貰いたい。
「あれ、まだ生きてるよ」
とメロンを指差した。
「当たり前です。友達ですから」
私がムッとして答えると、
「え?弟子入り希望者じゃないの?残念だわ〜」
ヘラヘラ笑いながら言う。
「私は今の師匠で満足していますから」
「そっかそっかー。茶黄さんは今もチャキッてる?」
意外。あのクソババアをさん付けしてる。
「師匠?チャキッてますよ」
チャキッてるって何だよ。適当に話合わせたけども。
「仲良しなんだね」
ニコッと笑う夏霧だが、何か隠している様な嫌な雰囲気に居心地が悪い。
「悪くはないですね」
「そりゃ何より」
彼女は作り笑顔で感情を隠しているが、目が笑っていないのが私にもわかった。
自分のことを聞かれ続けるのは嫌だったので、適当に質問を投げかけてみた。
「夏霧さんは【五指】のトップですけど、外には出ないんですか?」
こちらからの質問は意外だったのか、彼女は目をパチクリさせた。
「私はまだいいかな」
と短く答えてから、
「茶黄さんは何か言ってた?外に出たいとか」
とすぐにまた質問が続いた。
「うーん、外に連れてってやろうかって訊かれたぐらいですね。あ、勿論例え話って言ってましたけど!」
彼女の目が少し開いた。
「それで、何て答えた?」
「私はここで自分を試したいから断りました」
「へぇ…」
彼女は目線を一度上に向けてから、また下げて私を見た。
「自分を試したいなら、手合わせしてあげようか?」
突然の提案に訳がわからなかったが、願ってもない機会なので首を縦に振った。
「いいんですか」
「完全なルール違反なんだけど、特別にいいよ。あ、誰にも言うなよ。バレたらやばいから。じゃ、今日の二十二時にまたここで」




