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鉄腕娘々デンジャラミィ  作者: らりるらるらら
【鉄腕娘々デンジャラミィ】
2/84

0813

翌朝。ソファーで目を覚ましたラミィは冷蔵庫のお茶を飲み、本棚の写真集を広げた。

しばらくして、邪布が自室から出てきた。

「おはよー。何読んでんだ?」

と、後ろから覗き込んだ。

「ショタのカタログ?」

邪布の顔に嫌悪感が浮かんだ。

「違う違う!グラビアだよ。健全な奴」

ラミィは慌てて弁明したが、

「ショタを性的な対象としてる時点で健全かどうか怪しいけどな」

と切り捨てられてしまった。ショボンとなったが、もう開き直るしかなかった。

「別にいいじゃん。好きなんだから。エッチなことに興味はあるけど恥ずかしくて誰にも言えない年頃の子と致すってそられるもんがあるだろ?」

「へぇ~。最後にやったのはいつ?」

邪布の怪訝な目。

「邪布たんが来てからはしてないんだワー。もうねー、修行僧みたいな苦行よー」

それを聞いて満足気に頷いた。

「そうか。そのまま修行を続けてくれ」

「え!発散させてくれないの!?」

「一人でやってろ」

「は?一人は寂しいだろうが!いいですかぁ?人という字は二人の上半身がドッキングしてるんですぅ~。私の解釈ではこれはショタホモォ、或いはレズゥ」

左手の五本の指だけで人の文字を作れないかともぞもぞ動かす。邪布は呆れ果てて肩を竦めた。

「頭腐ってんのか。カニグラタンの方が脳味噌詰まってるわ!」

「意義あり!それカニ味噌入ってないやん!え?何?無より下なの私の脳味噌」

「それよりご飯にしよーぜ」

「え?無視?」

「いつもの世界一美味い飯でいいよな?」

「モチのロン」

歯を磨いてから、二人分のお箸やご飯を用意していく。コップにお茶を注いで待っていると、邪布が調理を終えて二つの大皿を運んできた。片方はサラダ。もう片方はボイルしたウインナーとだし巻きだ。

「「いただきます」」

ラミィは真っ先にだし巻きを口に運んだ。

「やっぱりお前のだし巻きは世界一だな(イケボ)」

「どうしたんだよ急に。イケボのつもりか知らんが、イケてないボイスだからな。余命短いババアが無理して喋ってるみたいな掠れた声になってたぞ」

「ウインナーの味付けも完璧だな(イケボ)」

「続けんのかよ。ウインナーの味付けって何だよ。茹でただけだろ」

「調味料がいい味してんだよ。愛情っていう」

「カッ...。ごめん今昭和のテレビドラマみたいな台詞で本気で気持ち悪かった」

「昭和っていつの年号だよ。逆にわからんわ。何だ?室町時代か?」

ドラマで聞いたワードを適当に言ってみる。鉄腕娘々は誕生から歴史が浅いので歴史に興味が薄いのだ。

「ヒャッヒャッ。テレビドラマって言ってんだから少なくとも戦後だろ。室町て。カッカッカッカッカッ」

「笑いすぎだろ。仙人みたいになっちゃってるじゃん。大体、そんな古典まで細かく勉強しないでしょ。何百年前の話よ。それに人間のドラマなんて」

「うん?」

邪布があからさまに不機嫌になった。

「悪口じゃないって。私達って感情の機敏に疎いじゃん。ドラマなんて観てもよくわかんないの。ロボットの作る作品は猿でもわかる単調なものばっかじゃん?そういうのに慣れてるから、複雑な展開とかちんぷんかんぷんじゃん。逆に何で理解出来るの!?ねぇ!何で!」

大きな声で威圧した。不利な立場も勢いで逆転するのがラミィの常套手段である。邪布も有耶無耶にしようとしているのを見抜きながらも、それを見過ごした。

「落ち着けよヒステリックババア」

「わかった」

「いや、急に冷めんなよ!感情のジェットコースターやめろまじで」

「戦場において、一気に冷静になれなければ死ぬ場面があるのである。ドン!」

ラミィの顔の隣に『ドン!』が飛び出した。

「効果音を口で言うなよ。何がドン!だよ」

邪布が『ドン!』を叩き落とした。

「漫画みたいに必殺技叫ばないだけましだろ。効果音なんて可愛いもんだ。オリ技を大声で言い出したら止めてくれ」

「止める前に他人の振りをするわ」

「そんな...。同じ釜の飯を食う仲間だろ」

「技名を叫んだり呪文を詠唱しなければね」

ラミィは過去を振り返り、呪文の詠唱も悪魔の召喚も試したなぁと思いつつ、それらを無かったことにした。

「そういや、こんなこと訊くのは気が進まないんだけどさ」

「...真剣な話っぽいね」

微妙な声色の変化を受け取った邪布は気持ちを切り替えた。

「うん...」

「言ってみ」

「邪布たんってさ、何のバイトしてんの?体調不良だなんだって言って一度も仕事してないし、どうやって収入を得てんのかなーって。同棲してるからちょっとは気になるっていうか...」

気まずそうに目を逸らして頭を掻いた。

邪布は少し考えてから、砕けた態度でこう言った。

「ここは歓楽街だよ。体を売る場所ならいくらでもあるじゃん」

ラミィは真っ直ぐに邪布を見詰めた。

「じゃあその店潰す」

「...」

ラミィの本気と正面から向き合ってしまったが故に言葉が詰まる。

「何処?」

邪布は右手で胸元をギュッと握り締めた。

「冗談だって。こんなまな板買いに来る物好きはいないよ」

作り笑いで誤魔化す。

「じゃあ、本当のことを教えて」

胸が痛くなり、右手に込める力が強まる。打ち明けて楽になりたい気持ちもある。だが邪布は、

「嫌だ。おめーには言いたくない」

秘密を抱えて自分が苦しむことを選んだ。

「何でだよ...。お前!私に何を隠してるんだよ!」

「何でもないよ」

席を立ち、そそくさと家を出ようとする邪布。そこへ自慢の脚力で飛び掛かり、左手で床に押し倒した。

「心配してる様なことじゃないって」

「言えないってんなら鵜呑みに出来ないでしょーが。こうなったら!貞操を守ってるかどうか体にきくしかねーな!」

ラミィはおかしくなっていた。

「楽しそうだなおい!わかった!言う!言うから!」

息を整えてからラミィの目を見た。

「...使用済みの下着を売ってんだよ」

また視線を外す。

「お、お前...プライドとか無いんか!デュフデュフ言ってる汚いオタク共のオカズにされてんだぞ!」

「大丈夫だよ」

邪布はゆっくりと目を閉じた。

「大丈夫じゃねぇ!私がもっと稼ぐからお前はもう何もしなくていい!」

ラミィは邪布の手を取ったが、すぐに払われてしまった。そして、邪布はゆっくりと目を開いた。

「僕が売ってるのはおめーの下着だから」

「...え?」

ラミィの頭に宇宙が広がった。

「だから言ってるだろ。こんなまな板じゃパンティも需要ねーんだって。その点おめーは巨乳だし元トップアイドルだからな」

「そういえば下着が何故か減ってたワー」

着古したのを邪布が捨ててくれているだけだと思って気にしていなかったが。

「もっと稼ぐって?あんがとさん。いやー、言ったらスッキリしたわ」

「え、待って。理解が追い付かないんだけど」

「実は今日も取引があるんだよね。自分の目で確かめとく?」

「そ、そうだな。まだ嘘の可能性はあるからな」

漸く邪布の上から退いた。

「おめーの部屋に招くから、時間になるまで僕の部屋で時間潰すぞ」

邪布はサッと起き上がった。

「ええ~。あの汚部屋に~」 

顔が引きつる。ラミィは知っている。邪布の部屋が物置小屋みたいになっていることを。

「安心しろ。あれから綺麗になったから」

フフン!と鼻を鳴らす。しかし、それでもラミィの不安は消えなかった。

「とか言ってー。どうせ汚いんでしょ」

渋々付いていき、勧められるがままに部屋の扉を開いた。

「うわぁ...」

案の定。住居の中と言うよりはゴミ捨て場と言ったが正確だと思ってしまうぐらいに汚かった。

「どう?綺麗になったでしょ?」

「細かいものが消えたけど、代わりにダンボールが山積みだな。足の踏み場が無いし、ジュースの空き缶でタワー作るのやめなー。もー。空き缶は捨てるぞ。って、ウワァ!床めっちゃザラザラする!何?何?粉でも撒いてんの?」

足裏に付いた細かいゴミを払い、険しい顔で邪布を見ると、彼女もまた不満顔だった。

「は?意味わかんねーし。埃とお菓子のクズだし」

「それは...女の子としてどうなの?こんなに汚いと結婚出来ないよ」

「あー、ハイハイ。考えが浅いですね。そこは愛さえあればなんとかなるもんよ。その程度で離れていくぐらいなら僕の王子様にはなれないね」

「なんかもう老後にゴミ屋敷に住んでるのが鮮明に浮かんでくるワ」

ラミィの目からボロボロと涙が流れ落ちた。

「そういう説もあるね。ま、適当にくつろいで」

粉まみれの床を指差され、ラミィの目が細くなった。

「立つスペースも無いのに何処でくつろぐんでしょうかね?ダンボールの上かな?」

「ダンボールには物が入ってるから乗らないでね」

「もう邪布たんの上に乗るしかない!」

押し倒そうとするラミィの顔を右手で押し返す。左腕の鉄腕は背中に回していた。

「掃除しろよ掃除!」

「お前の部屋やろがい!なんで私が掃除しなきゃいけないんだよ!」

正論だった。

「優しさとか無いんか!」

「その甘えがこの結果だろ!」

またまた正論。

「いいだろ!まだ子供やぞ!」

「子供って年齢でもないだろ!一人暮らしが許されたら大人じゃん」

正論。感情論で乗り切ろうとしていた邪布も流石にたじろいだ。

「う。そうだけど」

しゅんとなって上目遣いでチラチラ見ることしか出来ずにいると、ラミィも罪悪感に苛まれて大きく息を吐いた。

「しゃーねーなー。手伝ってやるよ床の掃除ぐらい」

邪布の顔がパァッと明るくなった。

「ありがとうな。物どけるわ」

ゴミを捨てて荷物をベッドの上にどけてから掃除機をかけて雑巾で拭いた。綺麗とまでは言えないが、不快ではない床になった。

ラミィはごろんと寝そべり、手足を伸ばした。

「邪布さーん!邪布ちゃーん!邪布たーん!」

「何だよ。三段活用すんな」

「疲れたからマッサージして~。あ、センシティブじゃない奴ね。肩とか足とか」

普段なら即断るのだが掃除を手伝ってもらった手前断る訳にもいかない。ラミィの足裏を右手をグーにしてごりごり押す。

「あ~そこそこ。イイよ。凄くイイ。九五点。おしっこ漏れそう」

「漏らす前にトイレ行けよ」

「最近残尿感やばいのよね~」

「もう歳だな。日常会話から若さを感じないもん」

若さ、か。ラミィは昔を思い出し、感慨深い気持ちになった。

「え~そんなことないよ~。まだピチピチでしょ?ほら、肌にハリがあってモチモチしてるでしょ?肌が赤ちゃんってよく言われるんだ」

邪布は目を細めて顔を凝視した。

「前より皺が増えてるぞ」

「え?嘘!伸ばして伸ばして!」

邪布の目が鋭く光った。マッサージしていた右手を顔へと向かわせる。

「お任せあれ!オラ!オラ!」

ゴキュッ、ゴキュッと鈍い音が鳴る。

「あんっ。もうちょい優しくして」

「こんぐらい?」

「そうッ!きくぅ~」

「もうすっかりおばちゃんになったな~。よく言われるだろ?」

「そうそう。烏兎匆々」

「今日もババアギャグがキレッキレだねー」

「バーじゃキレキレ丸キレ美って呼ばれてるからね」

「おめー外でもこんな感じなの!?」

ピンポーン。呼び鈴が鳴った。

「おっ、来たな。静かにしてろよ」

邪布が部屋を出ると、ラミィは扉に張り付いて耳を立てた。それからすぐに玄関のドアが開いた。

「おはようございます。本日もよろしくお願いします」

ラミィは声の主が遮音だとすぐにわかった。

「おはよう。上がって~」

「お邪魔しまーす」

二人はそのままラミィの部屋に入った。

「しゅんでる奴...いこうか」

邪布はまるでこの世の終わりみたいな声で言った。

「ッ!お~っと、何かあったんですか?」

「勘付かれた節がある。これで最後かも」

「えー!そんな急に!」

推しの引退をニュースで知ったドルオタみたいな声をあげた。

「まだわからないけど、心の準備は必要だろ。あいつがずっと愛用してるこれを持っていけ」

「いいんですか?これは流石にバレるんじゃ...」

「一応代わりに新品を入れておくから大丈夫だ。あいつは馬鹿だからな」

流石に新品になったら気付くわ!と言いたいラミィであった。

「なるほど。それで、いくらですか?」

「五...いや、四万でいい」

「五万でいいです!次があればまたお願いします」

邪布は一瞬躊躇ってから、

「ありがたく受け取ることにするよ。約束する。遮音ちゃんを優遇するよ」

「はい!ではまた~」

ドタドタという足音が玄関を通過し外へ消えた。

邪布がラミィのいる自分の部屋に戻った。

「よし、昼飯食いに行こうぜ!僕が奢るから!」

最高の笑顔で握り締めた金を突き出す。

が。

「ふざけんな!それ私の金だろ!驕るなよニート!」

ラミィは金を奪おうと手を伸ばした。邪布は金を後ろに回し、取られまいとする。

「違いますー。使い古して捨てるだけのゴミッカスの販路を開拓したのは僕なんだぞ!」

「人の下着をゴミッカスとか言うな。需要があるんだから」

「確かにな。ごめん。さ、飯行こう」

「わ!急にあっさり終わるなよ」

「サラダバーでいい?」

「お!いいねぇ。行こ行こ」

二人は外に出た。ネオン街は空がコンクリートで覆われているので、朝も夜も同じ景色だ。昨日の夜と変わらぬ朝の中で、二人は【どら焼き】に乗り一気に十メートル越えの高さまで上昇し、レストランに向かった。

数キロに及ぶネオンの街並みは高さによって道の用途変わる。地面から三メートルあたりまでは歩行者用。三メートルから十メートルはロボット用。それより上が鉄腕娘々用だ。つまり、鉄腕娘々は使い道の無い空間を使えということである。

「ちょっと!くっついてくんなよ!危ないだろ!」

邪布の右側にラミィがべったりと張り付く。

「おいおい照れてんのか~。私は公衆の面前でもイチャイチャするタイプだぞ」

「時速八〇キロで移動中に馬鹿やってんのはおめーぐらいだよ」

「お前なぁ!ムラムラしてる時ぐらい体を触らせろよ!」

と大声を出して脇腹をつんつんする。

「自分の下着の取引現場を目撃した直後によく発情出来るな!引くわっ!あと触ってくんな!」

「触らないからペロペロさせろやぁ!足の裏でいいから。お願いっ」

ラミィのウインクでバチーンと星が飛んだ。

「きっつ。ウインクすんな。誰がペロペロさせるか」

邪布は息を吹いて星を撥ね除けた。

「ふふ。私ね、最初は嫌なのに段々受け入れていく系が性癖なんだよね」

恍惚な表情で語るラミィ。

「そんなこと知るか!うわ!近寄るな!看板にぶつかるだろ!」

「邪布たんは僕が守る!」

邪布を庇う様に前に躍り出た。

「うわぁ!前を走るな!前が見えねぇだろ!」

「心配し過ぎだって。こんなんぶつかばりぼうっ!」

「ちょっ!」

目の前でラミィが看板にぶつかった。こういった事故を見越して頑丈に作られているので、壊れはしない。即ち、邪布の眼前にあるのは不可避の壁だった。

「べぇ!」



ファミレスに到着した二人は一番安いハンバーグとサラダバーとドリンクバーを注文し、まず飲み物を取りに行った。

「邪布たんは何飲む?ほう。炭酸抜きの炭酸水ですか」

「何がほうだよ。それただの水じゃん」

「で、何する?」

邪布はピッチャーで置かれたコーナーを見て答えた。

「パイナップルジュース」

「チッチッチッ。ドリンクバーは混ぜてなんぼだよ?」

「はい出た。それ馬鹿騒ぎする系の客がやるイメージが強いからあんま好きじゃないんだよねー」

ラミィは目を逸らした。

「偏見だって。ラミィはやっちゃうよ〜。抹茶ラテとコーラ混ぜたら美味しいもん」

「味覚音痴だろ!ヒャッヒャッ!前はコーヒーにメロンサイダー入れてたじゃん」

「違いますー。まだ評価されてないだけですー」

「変なもん好きなオタクの常套句だね」

「オタクじゃないもんっ。アイドルだもんっ」

渾身のカワボを出した。

しかし邪布には効き目が無い。冷めた目で、

「じゃああのオリキャラ描いてるノート何なの。口に出すのも恥ずかしい台詞書いてるけど」

「貴様っ!くっ。さては弱味を握って屈強な男共にラミィの体を好き放題させる気だな!エロ同人みたいに雑な導入で感度百倍とか屈辱を受けながらも、最後には自分からおねだりしちゃうんだろぉ!やれよ!満更でもないぞ!」

「ヒャッヒャッヒャッ!恐すぎなんですけど。ちょっと離れろおめー、仲間だと思われるだろ」

視線が集まり、慌てる邪布。

「うるせぇ!仲間だろ!ドン!」

「...先にサラダ取ってくるねー」

邪布はスススと横にスライドして離れた。

「待って邪布たん!兎は寂しいと死んじゃうんだお?」

「孤独死キボンヌ」

「僕は死にましぇぇぇん!」

「じゃあ放置しても大丈夫だな」

「くそ。揚げ足を取られた。しょうがないここは負けを認めよう。しかし次のサラダバー対決ではこうはいかんぞ」

「何の対決だよ」

サラダバーのコーナーに到着した邪布の横にラミィもやって来た。

「で、邪布たんはどの野菜食べんの」

と、邪布の顔に頬擦りする。

「うるせー。食べ物全部口出しすんじゃねぇ!お局ババア!」

「お局ババア!?」

驚いて後ろに下がった。

「私は邪布たんが野菜もきちんと食べてるか管理してるだけじゃん」

ハンカチを取り出して涙を拭う仕草をする。

「それは母親にも心配されてないわ」

「そりゃそうだろ。母親なんて顔も知らんだろ」

と、ボケるのを忘れてつい素で返してしまったラミィ。邪布は目を泳がせて何と言おうか迷った様子を見せてから、

「で、ラミィはいつものあれにするの?」

と、話題を変えた。ラミィは深く考えずに返事した。

「あたぼうでい。オリーブ一択の助」

「オリーブなんて何個か食べたら満足するだろ。酸っぱいしサラダに入ってるとウワッて思うわ」

「あの酸っぱさがいいんだワー。苦しいからこそ修行でしょ」

「食事で修行すんなよ。発想がドM過ぎるっつーの」

「ごちゃごちゃ言ってるとケツにオリーブぶちこむぜぇ!」

「馬鹿野郎!食べ物を粗末にするなよ!」

邪布の急な大声にラミィは一瞬戸惑ったが、普通に返した。

「ああ、大丈夫。何も知らない遮音に食わすから」

「ヒッ。ゾッとしたわ。状況がカオス過ぎて言葉にならねぇよ」

「そういや、遮音は私の下着買って何に使うの?」

何に。返事に困って邪布の目は縦横無尽に泳ぎ回った。

「それは...本人にしかわからないね。プライバシー大事だから」

「ふーん。遮音以外にもいるの?」

「いるよ。ババアだ何だ言いながら、コッソリ買いに来てるよ」

「まじかー。何か気まずいな。でもサイズも合わないし穿けないよなー」

何するんだ?とラミィは頭を掻く。

「遮音は出汁取ってたよ」

邪布がボソッと言ったのをラミィは聞き逃さなかった。

「出汁?」

しかし、邪布は露骨に無視した。

「あ、この後本屋とか行きたいし、別行動ってことで」

「うん。じゃあ晩御飯でね」

食事が終わり、一人になると案外することの無いラミィはパトロールのバイトを入れて時間を潰した。



夜。宍麺(ししめん)と書かれた暖簾を潜り、店に入った。

「邪魔するぜぃ!元気そうだなとんがりチンチン!」

「また来たぞ凹凸珍宝!」

二人が元気に挨拶すると、凸珍は心底うざそうにしながらコップに水を注いだ。

「また来たのか疫病神共」

「おぅ!お客様にそんな態度でいいのかなー。帰っちゃうよ~ん」

「ああ。帰れ帰れ。目障りだ」

「帰らないよ~ん!野菜たっぷりラーメンのチャーシュー大盛り山盛りてんこ盛りで!」

「僕は煮干し昆布ラーメンと餃子一人前ね」

「あいよ」

早速ラーメン作りに取り掛かる凸珍。

ラミィはキョロキョロと店内を見回した。

「相変わらず寂れた店だねー。ラーメンは美味いんだけどなー」

「あれじゃない?若い子向けのお洒落な店が多いし、味さえ拘らなきゃラーメンなんてカラオケにもあるし」

邪布の方を向いて、

「でもさ、やっぱ冷凍とトッチンチンが打った麺は食感が違うじゃん?その違いがわかるうちらが玄人ってことだよな!」

顔を凸珍の方に戻した。

「拘りもねぇし、ロボットに違いがわかると思うな。適当に麺しばいてるだけだ」

「じゃあさー、女の子向けの可愛いラーメンにしたら?お花を乗せたり、カラフルな麺にしたり」

凸珍は手を止めて、邪布を見た。

「カラフルな麺とか食べにくいって。青とか緑のカレーでも食欲そそられないじゃん」

「そうかなぁ。僕は好きだけどなぁ」

「もっと万人受けするメニュー考えようぜ」

凸珍は再び下を向いてラーメン作りを再開した。

「気持ちはありがたいが、客がこねぇ理由は他にあるんだよ。ニュース見たろ?」

ラミィと邪布は互いに顔見た。

「見てない」

「僕も」

「マジか...。テロがあったんだよ。CloverDarts社が開発していた新型兵器を人間が盗んで暴れているらしい」

邪布はコップの水に口をつけた。

「へぇ。軍事産業で一番デカイとこじゃん。よく盗めたね」

ラミィはヒューと口笛を吹いた。

「人間を甘く見たってこった。最近レジスタンスの活動が活発になってたからなぁ」

「それで、暴れてる理由は?」

「武器のテスト&戦力を削る為だろうな。いつ全面衝突してもおかしくない」

ラミィと邪布は同時に体を震わせた。

ラミィが口を開く。

「それで、ロボット側の勝算は?盗まれた武器がわかっているなら、対策もしてるんでしょ?」

「鉄腕娘々が迎撃の要だろうな」

凸珍が目線だけゆっくりとラミィの方へ動かした。同様に、邪布もラミィを見た。それから凸珍の方へ目を戻した。

「つまり、ほぼ互角ってこと?」

邪布の質問に、凸珍は言葉を濁した。

「嬢ちゃんには言いにくいことだが、秘密兵器がある。対人間用のな。戦場は地獄だと思った方がいい。心が壊れるぞ」

邪布の額に汗の粒が噴き出した。

「もー。あんまり邪布たんをびびらせないでよね。こいつ、仮病で毎回休んでんだからそんな心配しなくていいの」

ビシビシと邪布の肩を叩く。

「そそ、そうそう。もう体調悪くなってきたわー」

邪布がぎこちなく笑顔を作ると、凸珍は声のトーンを落としてこう言った。

「ま、ラーメン食べたら寄り道せずに帰りな。トラブルに巻き込まれたくなかったらな」



ラーメンを食べ終えた二人はネオンが照らす夜の街をぶらぶらと歩きながら帰ることにした。

ラミィが戦争について考えていると、邪布が話し掛けてきた。

「ここってさ、何でネオンなんか使ってるんだろ?他の地域はもっと明るい光を使ってるじゃん」

「確かにロボット達は違うライト使ってるな。私が思うに、ここはオアシスなんだよ」

「オアシス?」

「そ。技術の進歩は日々加速している。そうなるとどうしても昔を懐かしむ声が出てくるのよ。休日は田舎でのんびり暮らしたくなるでしょ?ここはそういう憩いの場。バーでカクテルでも飲みながら仕事の愚痴をこぼし、また明日も頑張ろうって羽休めしていくもんなの」

ラミィが昔を懐古していると、

「へー。何かババ臭いね」

邪布があっけらかんと言った。

「なっ!誰がババアじゃ!」

「だって若い人は羽休めより仕事してどんどん向上していこうって前向きじゃん?」

「お馬鹿っ!休むことは大切なの!ノンストップで働き続けたから体も心もボロボロになって過労死するでしょーが!」

ラミィの熱弁に諭され、頷いた。

「確かにな。やっぱ亀の甲より年の功だな。説得力がちげーわ」

「何だろうこの敗北感。自分の意見は通った筈なのに、素直に喜べない」

と。

「にゃー」

路地裏から一匹の茶トラ猫が飛び出してきた。

「わ!猫じゃーん。可愛い~」

邪布は目を輝かせたが、ラミィはムスッとした顔で猫を見詰めていた。

「可愛いか?野良なら病気持ってて汚いぞ」

「シャーッ!」

「おわっ!」

突然飛び掛かってきた猫を、ラミィは咄嗟に鉄腕で叩き落としてしまった。猫は口から血を流し、ピクリとも動かない。それを見た邪布は怒髪衝天。

「なにも殺すことないだろ!」

邪布の鬼気迫る顔にラミィは強い恐怖を覚えた。そして、言葉を間違えば二人の関係が変わってしまうと感じ、パニックに陥った。

「違うの!つい、手が出ちゃっただけで!」

「言い訳するな!」

言葉を間違えたと後悔してから、そもそも正解なんて無かったんだと気付いた。

「反射だったんだ」

「うるさいッ!おめーのその腕は何の為に付いてんだよッ!!」

邪布の目から大粒の涙が零れた。

だがラミィはその涙の止め方がわからない。

「...ごめん」

「命を奪ってごめんで済むのかよッ!」

「え?邪布だってゴキブリ殺すじゃん」

邪布は歯痒くて歯痒くてキリキリと歯軋りした。

「もういい!」

邪布はその場から逃げる様に走り出した。ラミィは一瞬手を伸ばそうとしたが、すぐに引っ込めた。

家に帰ってからも、二人は口を利かなかった。

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