処刑?
海水の冷たさが、皮膚を突き刺すように突き抜けた。ヒバナは目を見開くが、体はロクに動かせず、水が口に入りかける。
必死に体を捩るが、縄の締め付けは強く、バランスを崩すたびに水中に引き込まれていく。泡が耳元で弾け、上下の感覚も曖昧になった。
隣で、アレスも必死にもがいている。顔は冷静そうに見えるが、その動きは焦りに支配されていた。
ゼーイは言っていた。
サルベージハンターには、海中で自由に動ける術が必要だと。
セーナはどうやって動いていた?
元主人リニアはどうやって動いていた?
ーー魔法だ。
セーナは風の魔法を自身に纏い、その風で海をかき分けて動いていた。
リニアは水の魔法で海流を操り自身を動かしていた。
一度だけ、セーナに魔法を学んだことがある。
しかし、ヒバナもアレスも使うことは叶わなかった。
ーー思い出せ。
〜
元主人の遠征に連れてこられた時の道中だった。
「まずは、ヒバナとアレスちゃんの魔法の素質について調べてみない?」
経緯は忘れた。
だが、ヒバナとアレスは迷いなく同意したのを覚えている。
セーナがヒバナとアレスの背中に触れた。
「熱っ」
その時、熱せられた鉄を押し付けられたような感覚が背中に走ったのを覚えている。
「ヒバナは火ね。アレスちゃんは……」
目を閉じて、ちょこんと座るアレス。
「魔法適性はないようね」
「そう」
「まぁ魔法適性がなくても、サルベージハンターには成れるわ。遺物の力を使って大成したサルベージハンターなんて数え切れないほどいるし」
少し俯くアレスに、セーナはすかさずフォローを入れる。
「そうだ。アレスは頭がいいし、力も強い。魔法なんか使わなくても強か成れるさ」
〜
ヒバナの肺が、酸素を求めて軋む。
ーーアレスは魔法を使えない。俺がなんとかしなければ。
火とはいえ、一瞬でも紐を燃やせれば脆くなるはず。
そう覚悟を決めて、アレスの方を見るとーー。
もう紐が解けていた。
ーーえぇ。
直後、アレスが縄を引きちぎり、ヒバナの体が浮かび上がる。
「ぷはっ!」
水面を破って息を吸った瞬間、世界が戻ってきた。咳き込みながら、必死に船へ向かって泳ぐ。すぐ近くでも、同じようにアレスが這い上がっていた。
「おっ、思ったより早く出て来たな」
「殺す気……?」
「死ぬ寸前で引き上げるつもりだったし、どっちにしろ無事で済んでたよ」
ヒバナとアレスは、ゼーイの差し出した手を掴み取って、船に引き上げられる。
「それで? どうやって抜け出した?」
「アレスが紐を引きちぎって、俺を助けたんだ」
「……まじ? アレスがゴリラパターンなのか」
「うっさい」
濡れた髪を払いながら、アレスが不機嫌そうに睨み返す。
「ゴリラじゃない。ちょっと力入れただけ抜けられる用になってただけ」
「ちょっと、ねぇ……」
少なくとも、ヒバナが幾ら力を入れても抜け出せなかった。
ヒバナは船の縁に手をかけて、びしゃびしゃの服から滴る水を見つめる。
その間にも、心臓の鼓動はまだ速く、さっきまで水の底で感じていた無力感が、じわじわと胸に残っていた。
「魔法、か」
思わずこぼれた呟きに、隣のアレスがちらりと視線を寄越す。
「魔法。ヒバナは火、だったっけ」
「……ああ。でも火の魔法なんて、海ですぐ消えちまう」
「そんなことないぜ?」
ゼーイが濡れた2人にタオルを掛ける。
「火は水蒸気を生み出せる。その水蒸気で推進力を得られれば、海中で自由自在に動ける」
「本当に……そんなことが?」
「ああ。でも、爆発的な推進力を得るには火力が必要だ。まだ時間はある。そこを重点的に鍛えるぞ」
「わかった」
「アレスは筋トレしろ」
「……ん」
少し不満気になるアレスを笑う。
「アレスは、思いっきり海水を蹴ることで圧力の壁を生み出せるようになる。その壁を使って、海中を自在に駆け回れるようになるはずだ」
「ゴリラってそんなことできるのか! すげぇな、アレス」
「……ヒバナ?」
セーナが歩み寄り、アレスとヒバナの間にしゃがむ。そして、それぞれの手を取った。
「海の底で生きる上で、海への恐怖は絶対に忘れちゃいけない。何度も何度も海に潜ると、慣れてき始める。恐怖を忘れないための訓練らしい、怖かったか?」
「ああ」
「ん」
「訓練方針も決まったし、一石二鳥だな!」
そう憎たらしいほどの満面の笑みを浮かべるゼーイに、2人はため息をつくしかなかった。




