延期
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「起きろ、お前ら!」
甲高い怒号が、船室に響き渡る。
ヒバナとアレスは同時に目を開け、寝ぼけ眼で声の主を確認する。
「訓練の時間だ」
ゼーイは腕を組み、豪快に笑う。
目をこすりながら起き上がろうとするが、違和感に気づく。
「……なぁ俺ら、なんで縛られてんだ?」
二人は見事な簀巻きにされ、まるで荷物のように転がっていた。
「うちは実力派揃いで有名だからな。一時的とはいえ、その一員が弱いとなるとうちの名前に傷が付く」
「なるほどな……。でもさ、まず顔洗いたいんだが」
「それは気にしなくていい。勝手に洗える」
「……は?」
「くぅ……」
「おい、アレス寝るな!」
ヒバナが焦って隣のアレスに声をかけるが、すでに半分夢の中だった。
ゼーイは無言で二人から伸びる縄を掴むと、ズルズルと引きずって歩き出す。
向かう先は、どう見ても船の外。
「なぁ、なんで海の方に向かってるんだ?」
「海に適応するための訓練だ。そりゃ海に行くだろ?」
「いや、縛る必要あるのか!? 俺、そこの模擬戦みたいなのがいいんだけど」
ヒバナが指差した先では、複数の海賊たちが組手や剣術の稽古を行っていた。
「お前ら、サルベージハンターに成りたいんだろ?」
「うん、そう」
いつの間にか目を覚ましていたアレスが、真顔で即答する。
「だったら、まず海に慣れろ。海中で戦う方が多いんだ。海の上で戦う癖がついたら逆に弱くなるぞ」
「なるほどな……。で、縛る必要は?」
ゼーイはヒバナを無視して続ける。
「サルベージハンターってのは、自分より何十倍もデカい化け物と、やつらの得意な“海”で戦わなければならない」
ゼーイの声に、どこか重みがあった。飄々とした振る舞いの裏に、現場を知る者ならではの実感が滲んでいる。
「だから、サルベージハンターは海中で自由自在に動けなければならない。極稀に泳ぎが速いただのゴリラもいるが、殆どの場合はなにかしらの才能が要求される」
アレスもまた、黙ってゼーイの言葉を咀嚼するように目を伏せる。
「魔法でもスキルでも何でもいい。お前らは、その術を持ってるか?」
問いかけは、どこか静かで鋭い。海風がピタリと止まったような錯覚さえ覚えた。ゼーイの視線は、からかいでも冗談でもなく、純然たる“戦場の目”だった。
ヒバナは小さく息を吐き、首を振る。
「ない」
アレスもそれに続く。
「……同じく、ない」
ゼーイは、それを聞いても何も言わず、ただ一つ大きく頷いた。その目には、どこか――嬉しそうな色すら浮かんでいた。
「そうか。なら、覚えろ」
「「え」」
「じゃ、行ってこい」
「ちょっ――」
ゼーイはにやりと笑うと、迷いなく二人に巻かれる紐を掴み、見事な背負い投げで船の外へと放り込んだ。
ドボォン――!
海面が派手に弾け、水しぶきが空に舞う。
――あれ? 海賊にこんな処刑方法、あったような……
ヒバナはそんな妙に冷静なことを思いながら、泡に包まれ、海中深くへと沈んでいった。