決着
(……攻撃が当たらない?)
そう感じながらも、リニアは手を止めなかった。
幸運補正がかかっているはずのスキル攻撃を、ヒバナは一発も喰らわずに回避し続けている。
これは、ただの子供にできる芸当ではない。
サルベージハンターの中でも、限られた者しか持ち得ない身体能力と戦闘センス。
「このっ!」
焦ったリニアが繰り出した大振りを、ヒバナは見事に躱し、その腕を掴んだ。
リニアは振り払おうとするが、腕が思うように動かない――
ヒバナの力が、信じられないほど強い。
振り払うのを諦め、頭を掴もうとした瞬間、ヒバナは素早く距離を取る。
すかさず、リニアは追撃へ。
「くそっ……!」
“元通り”になるためには、アレスを絶望させ、殺す必要がある。
順番を間違えれば、欠けた記憶は戻らない。
残り時間は──1分。
スキル使用可能な、限界だ。
しかし、ヒバナの肉体は限界に近い。
息が荒れ、判断力が落ち始めている。
消耗戦。
どちらが先に倒れるか――それだけの勝負だ。
「くたばれッ!」
叫んで拳を振るったその瞬間、リニアの動きが止まった。
──記憶が、一つ、消えた。
熱く燃えていた闘志が、ひとしきり静まる。
目を細め、リニアはアレスを探す。
すぐに見つけた。
背後から、アレスがリニアの首に腕を回し、締め上げる。
『無敵』スキルの、もう一つの弱点――拘束技。
リニアは咄嗟にアレスを投げ飛ばそうとするが、アレスの身体にしがみつくように、ヒバナが飛びついた。
「耐えろ、アレス! あと1分切った!!」
その声と共に、リニアの中からまた一つ記憶が消えた。
もはや残り時間は、秒単位。
──勝機は、ただ一つ。
「クソがあああああ!!」
渾身のパンチをアレスに叩き込む。
だが、その一撃を――ヒバナが受け止めた。
ゴキッという鈍い音が響き、ヒバナの左腕が無残に折れる。
それでも、ヒバナは笑っていた。
「……これでもう、お前は……スキルを使えない」
その瞬間、リニアの体を包んでいた金色のオーラが、スッと消えた。
「終わりだ!」
ヒバナが鉄パイプを振り上げ、リニアの後頭部を狙う。
リニアはその刹那、ゆっくりと目を閉じようとした。
(……俺は、なんでこんなに頑張ってる?
早々に諦めてれば、こんなことには……)
――そのとき、耳に届く声。
『あなた。私を忘れようなんて、一生許しませんよ』
目を、見開いた。
「リリー……!」
そして、スキルが再発動する。
「ぐわああああああっ!!」
悲鳴を上げたのは、リニアではない。ヒバナだった。
アレスが目を見開く。
「……は?」
「ははははっ、思い出したぞッ!!」
倒れたヒバナを引き寄せ、その身体をアレスへの盾にする。
「そんな……! 私たちは、時間を正確に計っていたはず……!」
スキルの発動限界時間は、アレスの懐中時計で厳密に計測されていた。
だが、リニアは不敵に笑う。
「MPの消費が激しいのは【ゲットラッキー】だけ。
【ラッキーカウンター】は常時発動、確率30%。
その最後の一手に、俺は賭けたんだよ」
リニアの拳が、絶望の現実を叩きつける。
「幸運が味方したのは、俺だ。クソガキども」
長年サルベージハンターとして死線を潜り抜けてきた猛者――
ヒバナが憧れ続けた、“どんな逆境でも勝利する姿”。
皮肉にも、それを今、体現しているのはリニアだった。
「嘘だろ……」
ヒバナが、それでも立ち上がろうとする。
「……これでも駄目か」
リニアは溜息をつき、空を仰ぐ。
夜空には、色とりどりの花火が打ち上がっていた。
次の瞬間、表情が野蛮な笑みに変わる。
「……お前の絶望は、ここからだ」
リニアはヒバナの腹に拳を叩き込み、気絶させる。
そのまま彼女を肩に担ぎ、アレスに銃口を向ける。
アレスは怯んだ。
先ほど、空のはずの銃弾が自分を貫いた――その記憶が脳裏をよぎる。
そして、その一瞬の隙を、リニアは逃さなかった。
ヒバナを抱えたまま、甲板の端へ走り、飛び降りる。
「なっ……ヒバナァッ!!」
アレスは叫び、手を伸ばすが、届かない。
自由落下するリニアとヒバナの姿が、視界の彼方へ消えていく。
高所からの落下――
いくら海の上とはいえ、水面はコンクリートと同じ強度を持つ。
……助からない。
そう悟った瞬間、アレスは絶叫した。
「嫌ああああああああああッ!!」