とある海の上で
「見えてきたな。……もうちょいだ、アレス」
「ん」
数分痛みを耐え続けていると、さっき見たギルドフェリーに比べて小さい船が見えてきた。
主人は船の横にバイクを停めると、こっちに振り返る。
「紐」
あらかじめ解いておいた紐を渡す。
鈍臭いと言って殴りたかったのだろうが、その経験がある2人には読めたことだった。
「ちっ。バイクを船に括り付けとけ。もしバイクが流されたらわかってるだろうな」
ハンターはよく船メインで移動するが、大物戦以外の戦闘時には主にバイクに乗って戦うのだ。この海での足を失うのはかなり痛い。
しかも、結構な値段がするのだ。
そんなバイクが無くなるとサルベージハンターの仕事ができなくなる。それに加えて経済状況が深刻な場合、引退確実だ。
もし紐が解けてしまい、バイクがどこかへ流されてしまったりすれば、比喩表現なしで躊躇なく2人は殺されてしまうだろう。
「おせーぞ。リニア」
「悪ぃな。こいつらの回収忘れててな」
「まぁ、いい。ミーティングだ。早く来い」
主人が他の男達に連れられて行ってしまうと、2人は大きく溜息をついた。
「怪我ないか? アレス」
「大丈夫そう。ヒバナこそ大丈夫?」
「大丈夫だ。とりあえず、アレスはバイクの方縛ってくれ。俺はこの紐、船にくくりつけるから」
「ん」
二人は慎重にバイクを固定し終えると、ゆっくりと梯子に向かった。錆びついた金属が軋む音が、波の音に紛れて響く。
「……よし、ちゃんと縛った。ヒバナ、そっちは?」
「ああ、大丈夫そうだ。船のリングにしっかり結びつけた」
確認を終えると、ヒバナが先に梯子に取りついた。波に揺れる船体と足元の不安定さに注意を払いながら、手足を交互に動かしていく。
「気をつけろよ、滑るかも」
「わかってるって」
アレスも続いて梯子を登る。海風にさらされた金属が冷たくて、手が痛む。だが、それよりも今は、無事に戻ることが最優先だった。
やがてヒバナが上に到達し、身を乗り出してアレスに手を差し出した。
「ほれ」
「ありがと」
その手をしっかりと握り、アレスはデッキへと引き上げられた。足元に立つと、潮の匂いと共に、重苦しい空気が肌にまとわりついてくる。
そこは、奴隷ばかりが押し込められた甲板だった。
体に傷の残る者、うつむいたまま動かない者、誰もが言葉を持たないまま、ただ命じられた仕事をこなしている。
目が合えばすぐに逸らされ、けれど逃げることもできない視線が背中に刺さる。甲板には抑圧された沈黙が染みついていた。
そんな空気の中、突如、明るく通る声が風を裂いた。
「あっ! アレスちゃーん! ヒバナー!」
「あ、セーナ」
金髪の女の人が手を振っていた。
この船での唯一、私たちに優しくしてくれる『奴隷』の女性だ。
何度か助けてもらったことがある恩人でもある。
「二人で噂の隠された遺物を探しに行ったってのは本当だったのね」
「空振りだった」
「だと思った。ソースもわからない噂話を真に受けるか……よっと」
「痛っ」
セーナは、ヒバナにデコピンを食らわせた。
「仕方ないだろぉ。俺らみたいな弱者が成り上がるには、誰も信じないような噂話に賭けるしかねぇんだから」
「それで? 目標金額まではどのくらいかしら?」
「あと、98万くらい……」
自分たちの身代金、水上バイクと武器の値段。
合わせて、100万を目標に見積もった。
「サルベージハンターになれるまで、あと何年後になるかしらね」
「うっ。そ、それより、今日は何の仕事か聞いてるのか?」
周りを見渡すと、十数人くらいの奴隷がいる。
いつも連れていかれる時は、アレスとヒバナ、そしてセーナの3人くらいだ。
こんなにたくさんの人数が呼ばれることは滅多にない。
「危ない匂いしかしねぇな」
「まぁ、やることはいつもと変わらないわ。いつも通り、頑張りましょ」
「ん」
「おう!」
くぅー。
音の元であるアレスを2人は見つめる。
そのアレスは恥ずかしがるどころか、ケロッとした顔をしていた。
そんなアレスの様子を見て、2人は顔を見合わせて笑う。
「お昼にしましょうか!」
「ん」
「今日は大漁だぞ。調理はまかせた!」
「はいはい。そうだ! アレスちゃん。ヒバナに虐められなかった?」
「虐めねぇよ!」
「イジメラレター」
「棒読みやめろ」
「そうなの!? ヒバナ!!」
「信じるな! 俺はやってない!!」
そう言い終わると、セーナの姿がヒバナの背後に瞬間移動した。
「覚悟しなさい!」
「は! やめ。あははははははははは、死ぬ死ぬやめろぉ」
「いい? 女の子はみんなお姫様なんだから丁重に接しなさい」
「わかった! わかったから! 早く飯にしようぜ!」
くすぐられてもがくヒバナを眺めていると、ふいに一人の少年が近づいてきた。
「お前ら、相変わらず賑やかだな」
そう言って、腕を組んだままアレスの隣に立つ。年はアレスたちと同じくらいだろうか。目つきは鋭いが、どこか悪ガキっぽさの残る顔立ちだった。
「よぉ、ヒバナ」
「はぁ、はぁ……あぁ、久しぶりだな」
くすぐり攻撃の名残で息を切らしながら、ヒバナはその少年に軽く手を挙げた。
そのやりとりを見ていたアレスが、そっとヒバナの横に寄って小声でささやく。
「……誰?」
「あー……俺もわかんねぇなぁ」
「……え、知らないのに久しぶりって言ったの?」
「だって、お前誰? って聞いたら喧嘩売ってるみたいになるだろ」
アレスは呆れ顔でヒバナを見やるが、ふと気配に気づいて顔を上げる。さっきの少年が、じっと自分を見ていた。
「……なに?」
「い、いや、なんでもない……っ」
視線を逸らしながら、少年は唇を結んだ。そして不意に胸を張り、ヒバナに宣言する。
「見てろよヒバナ! 今回は俺も潜る。お前より活躍して、アレスの隣をもらうからな!」
「……はぁ?」
「覚えとけよ!」
そう言い放つと、少年はくるりと背を向けて、早足でその場を離れていった。
その様子を、セーナは少し離れた場所から見ていて、ニヤニヤと笑みを浮かべる。
「モテモテねぇ、アレスちゃん」
眉をひそめて何かを考えてるアレスを見て、セーナのニヤニヤは加速する。
「なぁに? 満更でもないのかしら?」
「あっ」
アレスは、思い出したように口を開いた。
「思い出した。私が奴隷になったばかりの頃、こいつがいつ死ぬか賭けようぜって話してた人だ」
「……台無しじゃない」
まさか馬鹿にしてた相手に、将来惚れるとは思ってもいなかったのだろう。
しかし、過去はどうやったって消せないのだ。
「あー……?」
隣でヒバナが、少し顔をしかめながら腕を組む。
「あらあらまぁまぁ!」
何かを勘違いして、突然はしゃぎ出したセーナが、声を上げた。
「あいつがどれだけ活躍しても、抜けるのは3人の中で成績がいちばん低いアレスじゃね?」
「……台無しじゃない!」
こいつの隣は絶対に譲らない――そんな熱い展開を期待していたセーナは、ガクッと肩を落とした。
その瞬間、アレスの無言のキックがヒバナの脛に炸裂した。
「痛っ、痛いって! 蹴るなよアレス! ちょっ、セーナも止め――」
「ヒバナが悪いのよ。ありがたく蹴られときなさい」
「そこまで酷いこと言ったか俺!?!?」
「それがわからないから、ヒバナは粗○ンなのよ」
「その言葉、アレスに教えたのお前かぁぁあー!! しかも違えからな!!」
「はいはい。アレスちゃん、ご飯作るのにヒバナ邪魔だから、ちょっと抑えといて」
「らじゃ」
アレスが無言で袖をまくると、ヒバナはさっと後ずさる。
「落ち着け! アレス! 話せばわかる!!」
〜〜〜〜
「やっぱ、うめぇな!」
「ん、美味しい」
「ふふ、ありがと。……あ、そうだ。聞いてよ。今日ね、ヒバナにそっくりな人を見かけたの!」
鉄の器に盛られた、湯気立つ温かな食事。
それを囲む、束の間の安らぎ――ほんのひとときの、静かな時間だった。
だがその穏やかさは、長くは続かなかった。
甲板の扉が開き、主人の仲間たちがぞろぞろと現れる。
その気配を感じた三人は即座に表情を引き締め、動作を止めた。
「今から『鑑定』を行う。並べ」
先頭にいた男がガラス玉のような器具を取り出すと、それに従うように奴隷たちが一列に並び始める。
「セーナ、『鑑定』ってなに?」
列に向かいながらアレスが小声でたずねた。
「自分のスキルとステータスを見ることよ。あれみたいな第一次魔法文明の『鑑定オーブ』や『鑑定タレット』で判別できるの」
「へぇ」
「まぁ、第三次魔法文明の名残がある場所なら、“ステータス”って唱えるだけでも確認できるから、道具の需要は下がってるけどね」
「とりあえず、自分の能力があれでわかるってこった。アレスにもスキルがあるといいな」
「ん。ヒバナにも」
アレスがにっこりと微笑むと、ヒバナは少し照れたように目をそらした。
「……100人に1人いるかいないかの確率よ。あんまり期待しない方がいいわ」
スキル。異能。呼び方は様々だが、その力は時に人の運命を一変させる。
ある日突然目覚めることもあれば、修練の果てに覚醒するという報告もあるが、今もってその仕組みは完全には解明されていない。
ただ一つ、確かなのは――その力の価値が、圧倒的に高いということ。
スキルを持つ者は奴隷であろうとギルドにスカウトされ、時には戦士として引き抜かれる。
その存在だけで、価値が跳ね上がるのだ。
当然、奴隷として売られる前には『鑑定』が行われる。
だが、ここに並んでいるのは、ほとんどが“ハズレ”と分類された者たちだった。
セーナも、まさかこの中に新たなスキル持ちがいるとは思っていなかった。
「なのになんで、今さら『鑑定』なんか……?」
そう呟いたときだった。列の前方から突然、けたたましい声が響いた。
「スキルだーーーっ!! ひゃっほい!!」
全員の視線がそちらに向く。
「あ、さっきの人……」
アレスがぽつりと呟いた。
そう、先ほどヒバナにやたら絡んできた少年だった。彼はガッツポーズを決めながら、嬉々として叫んでいる。
「スキル『咆哮』か。まあ、当たりだな。次」
無感情にそう告げた男の声を背に、少年は満足げに列を抜ける。そのまま、ヒバナにだけ向けてニヤリと笑った。
「……くっ、腹立つ」
ヒバナが歯噛みするのを、セーナは苦笑混じりに見ていた。
「それにしても珍しいわね。まさか本当にいるとは思ってなかったわ……ただ――」
「ただ?」
「んー、いやね。主人たちの顔見てると、それが本来の目的じゃない気がするのよ。妙に落ち着いてるというか、何か狙ってるというか……」
「ま、まだ、俺にも希望があるんだな!」
ヒバナが顔を上げ、拳を握る。
セーナがくすりと笑った。
「ふふふ、そうね。……次よ、ヒバナ」
「おう」
列の先頭に進んだヒバナが、ガラス玉にそっと手をかざす。
すると、ゆっくりと文字が浮かび上がってきた。
名前 ヒバナ
年齢 14
職業 『』
ステータス 攻撃20 防御10 素早さ30 魔力10 幸運値30
技能 『』
称号 『少女の守護者』『花火の如し』『一途な心』
「ないな……。ま、気に入った称号あったし、いっか」
「ふむ。次」
名前 セーナ
年齢 21
職業 『盗賊』
ステータス 攻撃120 防御20 素早さ250 魔力30 幸運値10
技能 『』
称号 『風に乗る者』『一途な心』
「素早さ、またあがってる」
「次」
蜷榊燕縲?繧「繝ャ繧ケ
蟷エ鮨「縲?14
閨キ讌ュウ縲
繧ケ繝??繧ソ繧ケ縲?謾サ謦?0 髦イ蠕。30 邏?譌ゥ縺?0 鬲泌鴨500 蟷ク驕句?、30
謚?閭ス縲弱?縺ォ縺九↑螻ア縺ェ縺九→縲
遘ー蜿キ縲主ー大ケエ縺ョ螟ェ髯ス縲上?弱◆繧?↑縺ォ縺セ縺ュ縺ェ縲上?弱∪縺ェ縺阪↓縺薙d縲
「なんだこれ」
「ああ、こいつ鑑定不可の呪いにかかってるんだったわ」
「この数字がステータスか?」
「いや、当てにならんだろ」
「それもそうか。まぁいい。次」
アレスは列から去ると、ヒバナたちがいる方へと向かった。
「一通り終わったな」
そう呟くと、立ち上がり片腕を天に伸ばす。
「いいか野郎共、今日の遺跡はインターネット文明の『中学校』だ。奴隷共を使って広く展開し、より多くの情報と電子機器を集める。準備はいいか!」
「「「「おう」」」」
「出港だ!!」
船が動き出す。
アレスは自分の髪が靡く感覚に気持ちよさを感じつつ白く泡立つ海を眺める。
「何やってんだ?」
「暇だから景色見てる」
「おぉー。風情だねぇアレスちゃん。ほーら、ヒバナもやっときな? じゃないと、アレスちゃんにいろいろ置いてかれちゃうわよ」
「はん。俺がアレスを待つ方だっての」
「おい、ヒバナ」
アレス、ヒバナ、セーナの誰の声でもない声の方向に視線が集まる。
「俺はスキルを持っている。お前が落ちぶれる日はそう遠くないみたいだぞ」
「だからなんだ」
「ふん」
ヒバナを見下したような目を向け、アレスの方へと視線を配る。
「なぁ、アレス、今からでも俺の女にならねぇか? こいつなんかより俺の方がお前を守れるし、将来性はこいつより上だぜ?」
「絶対、嫌」
「ふっ、今日の俺の活躍を見てもそう言い切れるかな。じゃあね」
そいつはそう言って、自分のグループへと戻っていく。
「なんだかこっちが恥ずかしくなってきたわね」
「なんで、今日活躍できることが確定してるんだろうな」
「負け犬の遠吠えにしか聞こえないわよー」
「そういうこというから、大人になっても彼氏の一人もできないんだろうな」
「なにおぅ!」
くすぐりの構えをするセーナとそれから逃げようとするヒバナが、対峙する。
アレスはどうせヒバナが負けるのだと確信し、さっきの男の子を遠くから眺める。
「アレスちゃん気になるの?」
勝負は一瞬だったのか、倒れるヒバナを余所にセーナが話しかけてきた。
「俺様系だったわよねぇ。どうするの? 確かに将来性はあっちの方が上よ」
セーナがそう言って笑いながら茶化してくる。
「あり得ない。私はヒバナがヒバナだから一緒にいるだけ。スキルとか将来性とかどうでもいい」
「だってよ、よかったね。ヒバナ」
「う、うるせぇよ」
そう言ってヒバナがソッポを向く。
「アレスちゃんの無自覚キラー出ました」
セーナの言葉の意味が分からず、アレスは首を傾げるのだった。
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