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夢と現実

 海底には苔の生えた街が沈んでいた。

その街には音がなく、ただゆっくりと砂を舞わして崩れるのみ。

時が停滞しているような……死んだ街だ。


 かつて陸というものがあった時代には『日本』と呼ばれていたらしい。


 海に飲まれて、山のようにある歴史の一つとなってしまった場所。


 そんな崩れゆく過去の文明の中から1人の少女が出てきた。


 長い艶のある漆のような黒髪に、霞んだ宝石のような赤い目。肌は白いが、所々腫れている。比較的に幼い、そんな少女が街を泳いでいた。


「ぷはっ!」


 少女は海から顔を出し、海から突き出ているマンションの上に腰掛けた。


 乱れた息を整え、海底に落ちていた皿を眺める。


「あ、ひび入ってる」


 少女はため息をつき、その皿を海にポイッと捨てる。


「おーい、アレスー」


 そう呼ばれた少女は目線を移すと、泳いでくる少年に気が付いた。


 その少年は海に似合わぬ燃えるような赤い髪をもち、希望に満ち溢れた黄金色の目をゆがませてアレスに笑いかける。


「ヒバナ」


「お疲れ、そっちはなんかあったか?」


「売れそうなものはなにも」


「そっかぁ」


 ヒバナは、アレスの腰にかかっていた魚籠を注目する。


「おお、結構いるな。だが、……俺の勝ちだ!」


 ヒバナが対抗するように、魚が溢れんばかりに入った籠を見せびらかせてきた。


「競ってない……」


「おう、すごいだろ!」


「はいはい。すごいすごい」


 飽きれるアレスを他所に、ヒバナはアレスの隣に座る。


「何してたんだ?」


「休憩」


「んじゃ、俺も~。疲れたぁ」


 ヒバナは、アレスの横でゴロンと寝っ転がる。


「帰って寝たい」


「確かに。だけど、午後もサルベージしなきゃだからもうちょい我慢してくれよ」


「ん」


 二人は、日が出る前からここで潜っている。

あんなに低かった太陽がもう真上まできている。


 それなのに、成果はほぼゼロ。

取れたのはどこにでもいるような魚だけだ。

二人はわざわざ、そんな魚を取りに来たわけではない。


「隠された遺物の反応があるって噂はガセっぽいなぁ。真に受けたのは俺らとあいつらくらいか」


 ヒバナは、同年代くらいの少年少女が浮上を始めている姿を指差す。


「あっちは多分新人研修。ただの訓練。ほんとに真に受けたのは私たちだけ」


「そりゃそうだよなぁ」


 何を隠そうヒバナ達を、見渡す限り水平線のこの海上まで連れてきてくれたのは彼らだ。


 本当に遺物を狙っているのならば、ライバルなど連れてくるわけがない。


「それにしても、いい装備だな」


 ヒバナは自分の装備と見比べ、ボソッと零した。


「でも、いずれ追いつく。そうでしょ?」


 アレスがヒバナにそう微笑んだ。


「ああ! 俺は、いつか最強のサルベージハンターになる」


 サルベージハンター。この世の全てを沈めた海に挑む者達のことだ。


 海には、この街のように数々の文明が沈んでいる。

 ハンターたちの狙いは文明に残った遺産だ。


 魔法具や便利な機械、当時に使われていた家具ですら人生を揺るがすほどの価値がある。


 だが、ただで遺産が手に入るほど、過去の文明は甘くない。

魔法文明に生きた魔獣や機械文明に作られた殺戮兵器。更に、それらの怪物から生き残るため強く進化した海獣と呼ばれる生物。


 そんな化け物がこの海にうじゃうじゃと存在しているのだ。


 時には海に沈んでいる古代文明を冒険し、時には海を支配している化け物共と戦う。


 そういうのにヒバナは憧れていた。


「誰もが諦めた困難に立ち向かい乗り越える俺達! 最高にかっけえだろ?」


「ん。まずは夢叶えるためにお金貯めなきゃね」


 大きな船が波を掻き分け、少年少女たちを迎えにきた。


「あの人たちも、撤退するみたい。どうする? 続ける? 時間はもうほぼないけど」


 アレスが首にぶらさげている懐中時計を眺めながら、そうヒバナに聞く。


「いーや、こんだけ探してもないってことはそういうことだろ。この後も仕事がある。体力温存だ」


「了解」


「それにしても、別に隠されてもいない普通の遺物すらもなかったなぁ」


「仕方がない。安全な場所の遺物は大体取りつくされてるから」


 文明の危険性と遺産の量は比例する。

安全に入れる場所の遺産は多くの人が出入りするため、取りつくされる。


 ハイリスクハイリターン、ローリスクローリターン。


 遺物が欲しければ、その反対のあまり人が入らない化け物がうじゃうじゃといる場所に挑まなければならないのだ。


「安全な場所に遺産があったら、私でも取り尽くす」


「アレスみたいな奴らがいっぱい居たせいで、俺らの取り分がなくなったんだな!」


「うるさい」


「あはは、ごめんごめん。頼りにしてるぜ『相棒』」


 アレスはヒバナから目を逸らす。

ヒバナはそれを見逃さずに煽るように背中をバンバンと叩いた。


「拗ねんなよ。それとも、照れてんのかぁ?」


「ヒバナの馬鹿、アホ」


「ハハハハハ!」


「粗◯ん!」


「ハハ……は?」


 その何気なく呟かれたアレスの言葉で、さっきまでの薄ら笑いが固まる。


「……おい、その言葉誰から教わった」


「同僚から。男の人なら絶対傷つくって。実際、効果絶大」


 アレスはヒバナが急に静かになったことによって傷ついたと勘違いしているようで、無表情のままピースを向けている。


「それ意味わかって言ってん……」


 ブゥウウウウン。

 突然の重低音に二人は背筋を伸ばす。

この音は、水上バイクのエンジン音だ。


 アレスは気を引き締めて、その持ち主に目線を移す。


 水上バイクに乗った男はアレスたちの目線に気づき、二人の目の前で急カーブして波を起こした。


 アレスは波に巻き込まれそうになるが、ヒバナが前に出てアレスの身代わりになり、全身で海水を浴びる。


 その男は、笑いながら水上バイクを再び走らせ、二人のいる建物の周りを旋回する。


「ひゃっはー!」


 遠くなったり近くなったりする笑い声を聞きながら、二人は表情を変えずに離れないよう手を繋ぐ。


「ちっ」 


 男は、反応の薄いその二人にイラつき、水上バイクのエンジンを鳴らした。

『轢き殺してやる』と言わんばかりの音が静かな海に響き渡る。


「死ねぇ!!」


 水上バイクが急発進して二人をひき殺すのかと思いきや、水上バイクは二人の頭上を通り過ぎる。


 そんな一歩、間違えれば死にいたるような状況であったが、二人は微動だにしなかった。


「はぁ、からかいがいのない奴隷だな。早く採れたものだせ」


 男は二人の主人であった。

そして、アレスとヒバナはサルベージハンターになれない唯一の身分。


 奴隷なのだ。


 隣に置いてあった魚籠を差し出すと、男はそれを数え始める。


「はぁ? これじゃ小遣いにもならねぇぞ。隠してないだろうな」


「主人、噂はガセみたい。かなり探したけど、何もなかった」


「ごちゃごちゃ、言ってんじゃねぇよ」


 主人の拳がアレスに向かうがヒバナがそれを庇い、ヒバナは衝撃で顔を左の方向へと移すが、無表情のまま目線を主人の方向へと戻す。


 庇ってもらったアレスもすこし唇を震わすだけで表情は変わらない。


「……気味悪りぃな」


 主人がそう呟くと、後方から主人の仲間の声がした。


「おーい、早くしろ!」


「すまん。今行く」


 突然の仲間の声に主人は反応して仲間に手を振ると、二人に紐を投げつける。

 二人はその後に起きることを察し、慌てて紐を自分の体に巻つけた。


「アレス。きちんと巻けてないぞ」


「ん。ありがと」


 主人はその二人のやりとりに舌打ちをして海水に引っ張り落とした。


 二人は水飛沫をあげ、着水する。


 アレスは海水を飲んでしまって咳き込むが、主人は気にする素振りはない。

 主人は、バイクのエンジンを吠えさせる。2人を引き摺り回して運ぶつもりなのだ。


「アレス、準備」


 下手したら体が引きちぎられる。

そのため、引っ張られる反動をなくさなければならない。


 ヒバナはカウントを数える。


「3……2……1……。今だ、アレス!」


 二人は先ほどまでいた屋上の手すりを蹴り飛ばした。

 水上バイクはが手すりを蹴るのとほぼ同時に急発進して、二人を引っ張る。


 急発進の反動を消えたおかげで二人の体は無事だが、引き摺り回されてることには変わりない。


 引っ張る紐が体に食い込んで痛みつけ、エンジン音が脳に響く。


 アレスが辛そうな顔を一瞬するがすぐに消す。

少しでも弱みを主人に見せてしまえば、主人は喜びさらに二人を痛めつけるのだ。


 辛そうな顔など言語道断。

見せた瞬間にさらなる地獄が待っているだろう。


 だから、我慢しなければならない。

奴隷として、生き延びるために…………。


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