閑話『幸福を呼ぶ鳥』
……わたしが初めて目を開いた時、巣の中には他に5羽の雛が居た。
親は必死にご飯を運んで来るが、雛が成長するにつれ全員の腹を満たすことはできなくなってしまった。
……親は身体の小さい2羽を抱き、巣の外へと飛び立つ。それ以来、巣の中には3羽の雛だけが残った。
ある日親が運んでくるご飯の量が減り、自分でご飯を探さなければならなくなった。
外の世界は巣の中とは比べ物にならないほど広く、美しく、……そして残酷だった。
空から黒い影が降ってきたと思ったら、その影は兄弟の1羽を掴みそのまま飛び去ってしまった。
咄嗟に木の影に隠れられたわたしにできたことは、震えながら見ていることだけだった。
そして母が卵を産んだ時、わたし達2羽は巣から追い出され、一人で生きてゆくことになった。
一人で居るのは辛く、寂しく、そして大変だった。
いつ敵が襲って来るか分からない恐怖に神経を削られ、夜もまともに眠ることができないでいた。
そんな生活を続けるうちに、強く優しく、深い蒼の羽が美しい彼と出逢う。わたし達が番になり、愛を育むのにそう時間は掛からなかった。
……だが、幸せな日々は唐突に終わりを告げる。
わたしが身籠った時のことだった。彼と一緒に産卵し、子育てをする為の巣を探している最中、ニンゲンと出会ってしまったのだ。
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「……おい、噂は本当なのか?この森に青い鳥が出るって」
「当ったり前よ、この俺様を誰だと思ってるんだ?」
「いや、高値でお貴族様に買って貰える青い鳥を捕まえられれば、こんな生活とはおさらばできると思うと信じられなくなってな……」
「お前ぇは阿呆か?せいぜい5年遊んで暮らせるぐらいだろ?」
「それでもかなりの金額だろ?その金で新しい剣とか鎧とか買えば。……俺達もっと上を目指せるんじゃないか?」
「なに言ってんだお前ぇは!?俺達みてぇのが装備を変えたぐれぇで簡単に変われるかよ!手前ぇの分の金は好きにしたら良いが、俺様を巻き込むな!!」
「わ……悪かったよ、そんなに怒るなって。……そういえば、お前は昔から自分の店を持つのが夢だったもんな」
「分かったなら、さっさと探すぞ!」
「……おい、この羽って青い鳥のじゃないか?」
「よく見つけたな!お前ぇは昔っから阿呆だが、目端が利くことだけは凄ぇと思ってたんだよ」
「酷い言い方だな。……この辺りに居るんじゃないのか?」
「そうだな、ここら一帯を探すとするか」
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ニンゲンがわたし達のすぐそばまで来てしまった時、彼は自分からニンゲンの方に飛んでいった。
……身籠って素早く動けないわたしを庇う為に。
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「よっしゃー!!自分から飛んでくるなんて、どうなってるんだ!?今の俺様は最っ高についてるぜ!!これからは俺様の時代ってもんよ!すぐに帰って売っぱらうぞ」
「そうだな、……だが他にもまだ居るんじゃないのか?この広い森に1羽しかいないってことは無いんじゃ……」
「だからお前ぇは阿呆なんだよ!俺達が1羽探すのにどんだけ時間が掛かったと思ってるんだ?3日だぞ!?そんなに時間を掛けちまったら、折角捕まえたこの鳥は死んで売りもんにならなくなっちまうだろうが!!この阿呆!!!」
「……まだ近くにいると思ったんだがな」
「そんなに探してぇなら一人で探しなっ!……売っぱらった金は俺様が全部いただくが」
「待ってくれよ、……分かった。俺も一緒に帰るから、だから置いてかないでくれよーー!」
「しっかし、お貴族様の考えることは分からねぇなぁ。なんで青い鳥が幸福を呼ぶなんて迷信を信じるんだ?まぁ、そのおかげで俺達は大金を手に入れられるんだがな………」
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そしてわたしは、また一人になってしまった。……いや、このお腹の中には彼が残した子ども達がいる。1羽も欠かさずに育て上げないと彼に叱られてしまうわね。
幸運なことに木の高い所にちょうどいい穴が見つかり、わたしはそこで卵を産んだ。
一人での子育てはとても厳しかった。
初めは5羽居た我が子のうち、1羽は病気で死んでしまった。……しかし、子ども達のご飯を探す為に悲しみに暮れる間もなかったのだ。
子ども達のご飯を探してきた帰り道。突然子ども達の悲鳴が聞こえ、わたしは急いで巣に戻った。
なりふり構わず巣に飛び込むと、見たことの無いバケモノがこちらを見ている。その背後には糸に絡まった1羽の我が子が、……息をしてない。
視界が真っ赤に染まり、衝動的に翼でバケモノの頭を打った。
怒ったのか、バケモノは身体を振り回す。バケモノの尻尾が胸に当たり、わたしは吹き飛ばされ、壁に勢い良くぶつかる。
一瞬、意識が飛んだが最期に我が子を見ようと顔を上げると……バケモノが迫ってきていた。
薄れゆく意識の中、子ども達に謝る。愛しい我が子、守ってあげられずごめんなさい、最後まで育ててあげられずごめんなさい、……怖い思いをさせてしまって……ごめん……なさ……い。
そして……一筋の涙を流した青い鳥は、無情にも潰されて生き絶えたのだった。