おデブな悪役令嬢の侍女に転生しましたが、前世の技術で絶世の美女に変身させます
「本日よりお嬢様の侍女になりました。ムリス男爵家三女のモイスチュアでございます。よろしくお願いいたします」
そうご挨拶し、顔を上げてお嬢様を見た瞬間…私は目を見開いた。フワフワの金髪、陶器のように白い肌、宝石をはめ込んだようなエメラルドグリーンの瞳、そして…
むちむちのお肉。
…ををぅ…。見事なワガママボディー
その瞬間。
頭の中で、お嬢様の劇的ビフォーアフター計画が始動する。
…そうね、まず第一段階は温めからいきましょうか。脂肪で冷たくなったお肉をしっかり温めて血流良くしないと!そうなると、サウナ欲しいわね。ホットヨガスタジオにもなるようなのがあれば尚良し!!娘激ラブな公爵様に直訴してみるか?
サウナができるまでは半身浴必須だわね。その後は第二段階としてしっかり肉を揉み解して、老廃物を流しながら……
「ちょっと!!聞いてますの!?返事くらいしなさい!!」
「(ハッ!!)大変失礼致しました。それではお嬢様、本日よりよろしくお願いいたします」
「何サラッと退室しようとしてますの!?わたくし、軽くつまめるお菓子とお茶をと言ったのですわよ!今すぐ用意をして持ってきてちょうだい。もちろん、お茶は蜂蜜たっぷりのミルクティーね」
すすーっと退室しようとしてた私の耳に、聞き捨てならぬワードが入ってきた。
…え?さっき朝食食べたばかりなのに、まだ食べるの?というか、お菓子?お菓子って言った?こんな朝からお菓子ですって??
「お嬢様。大変差し出がましいのですが、お菓子は却下でございます。それから蜂蜜たっぷりミルクティーも却下いたします。この後お嬢様は私の組んだスケジュールをこなしていただきます」
「は?何を言ってますの?いつものお菓子とお茶をと…
「お嬢様。太っている人は!太るべくして太っているのでございます!!せっかくのお美しいお顔も、宝石のような瞳も。肉に埋もれていては勿体のうございます!!!私が侍女となりましたので、お嬢様には劇的ビフォーアフターしていただきます!欲しくないですか?キュッとしまったコルセット要らずのくびれ。欲しくないですか?桃のようなぷりんとしたヒップ。そして…重力に負けることのないツンと上をむいたバスト!!!」
「………。そ、そ…んなの…むりy
「はいそこ!!!無理とか言わない!!無理と言った瞬間に無理になるんです!!できます!お嬢様ならできます!!そして私のゴッドハンドがあれば!不可能を可能にいたします!!さぁ!どうしますか!?」
「うぐっ…そ、そうね。そこまで言うなら、や…やってみようかしら…」
よし!言質とった!何がなんでも良い女に作り替えてやるわー!そして、迫力満点の超絶美女な悪役令嬢にして送り出してあげるわー!!
ニヤリと笑った顔があまりにも黒すぎて、お嬢様がドン引きしてたなんて、この時の私は全然気付いてなかった。
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前世の私はエステティシャンだった。それも凄腕でこのサロンにはゴッドハンドがいると、口コミでどんどん顧客が増えるほど。
サロン勤めで長時間拘束に休みもほぼなし。お客様のお手入れに入りながら、新人の教育までもこなし、契約を取り売上げを上げ続けた。
歩合制だったので給料もたくさんもらってたけど、休みがほぼ無いため使うところもなく。預金残高は増えるばかり。
唯一の楽しみは、電車通勤中に暇つぶしでちょっとだけ遊んでた乙女ゲームだった。当然恋愛する時間もなかったから、枯れた心を乙女ゲームで潤せるかなー?程度の感覚。それも電車に揺られてウトウトしながら進めてたくらい、興味薄い感じ。
ただ一つ許せなかったのは、悪役令嬢がぽっちゃりしてたこと。ダイナマイツなワガママボディで、どすこいな感じでホーッホッホッホッと高笑いを決めてくるのがどうしても許せなかった。
仕事漬けでプライベートほぼ無しなくせに、私に!!私にその体を委ねてくれ!!と心の中で盛大に訴えたほど。
毎日忙しく働いてたはずなのに、気がついたら今の私に転生してた。
何か衝撃的な出来事が起こったわけでもなく。すっころんで頭を打ったわけでもなく。池で溺れて死にかけたわけでもない。
ごくごく普通に、前世の記憶があっただけ。
前世がどんな終わり方したのかは覚えてないけど、そんなに気にならなかった。親とは死別してるし、兄弟もいないし、飼ってたペットもいないし。
たまに荒んだ心に癒しを求めて猫カフェとか行ったかな。ペットショップもたまにふらっと寄ったりしたけど、留守が長い一人暮らしなのに動物を飼うと可哀想でなんとか踏みとどまった。
気付いたら新しい生が始まっており、貴族の端くれとはいえそこそこの生活…もうね。最高かよ!!って叫びたかったわー。
いや、心の中では狂喜乱舞してたけども。
貴族の生活って、やっぱりいいもん食べてるので、体型維持が大変なようで。やれお茶会だ、やれ夜会だとヨダレもんの美味しそうな食事やスイーツの山。
お父様やお母様の体を見て…もう黙ってられなかった!!
「お父様!!お母様!!!そのお腹の脂肪…私に揉みしだかせてください!!!」
揉み出して揉み出して毛穴という毛穴から脂肪と老廃物を絞り出してやりたい!!
娘からの衝撃発言で、何だか一気にお父様の白髪が増えた気がしたけど。そして盛大に抵抗されたけど。最終的にはまな板の鯉ならぬ、陸に打ち上げられたトドになってくれた。
前世のエステティシャンとしての知識をフル活用して、食事指導にゴッドハンドの施術、そして維持のためにビリーさんのブートキャンプ並みの運動もさせてみた。
お母様には、しなやかな筋肉をつけてもらうためにホットヨガも取り入れてみた。
今や両親は服の上からでも分かるほどのナイスバディとなり、イケオジと美魔女として社交界の注目夫婦となっている。
後進育成として、私の技術を余すことなく叩き込みたかったんだけど…この世界には解剖学がない!!つまり、人体についての知識がない!!
ここのコリを取るためにはこの筋肉を緩めるとか、骨格が歪んでるからこの部分を触って歪みを整えるとか、リンパが滞ってるからこのラインを流すと小顔になるとか…全く!!まっっっったく!!伝わらない!!
仕方がないので、後進育成が後回しになり…男爵家の三女という限りなく平民に近い私は、高位貴族ひっぱりだこなスーパー侍女としてその名を轟かすことになった。
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「ところでお嬢様。その後ろ手に持ってらっしゃるものはなんでしょうか?」
「ヒッ!な…何も持ってませんわよ?」
「ふふふ…ご冗談を。口の横にも何かついてらっしゃいますよ?さあ、正直に白状しやがれでございます。隠れてコソコソと、何を食べたのか!!何を!!どれだけ食べたのか!!!!その食べたものを消費するのにどれだけの努力が必要なのか!!!!コンコンと教えて差し上げますわ。体に。」
「ヒィィィッ!!ごめんなさい!ごめんなさい!!ごめんなさい!!!だって…お腹が空いて空いて仕方がなかったんですもの!!!一口だけ…ちょーっとだけって思ったら、目の前のクッキーが全部なくなってただけですわ!!!」
「ほほーぅ。来客用のクッキーを全てお食べになったと?なるほど。本日のメニューが決まりました。ムリスズブートキャンプ3セットとホットヨガのフルコースですね。さぁ、行きますよお嬢様。」
「ヒッ…いやぁぁぁぁ!!だっ誰か!!わたくしを!助けてくださいませ!!」
「ふふふ…誰に助けを求めてらっしゃるのです?皆様とっっっても協力的なので。お嬢様をお助けする愚か者など、この屋敷にはおりませんよ?」
「おっお父様!!お父様ぁー!!わたくしの味方のお父様はどこっ!?!?」
「公爵様は、百害あって一利なしですので、お金だけ出して暫くはこちらに顔を出すなと申し伝えております。お嬢様の劇的ビフォーアフターを、それはそれは楽しみにしてらっしゃいました。大好きなお父様のご期待に添えるよう、今からフルコース頑張りましょう。全てこなしたご褒美に、私の施術で筋肉疲労も全てリセットしてさしあげます。内臓の位置も正しい位置に戻す施術もいたします。極上タイムを提供致しますので頑張りましょうね!」
「うっ…ううっ…ぐすっ…はい…。頑張りますわ、先生…ぐすっ」
「よろしい。では、行きますよお嬢様」
「ねぇ…食事ってコレですの?仔牛のシチューは?チーズたっぷりのラザニアは?わたくしの大好きメニューがありませんわ!!こんなに…こんなに!飢えてるのに!!草なんて食べたくないですわ!」
「まぁ!お嬢様、ご冗談を。そんなハイカロリーな食事を摂るなんて…またムリスズブートキャンプをしたいのですか?これはライザップサラダです。体が喜ぶ、今のお嬢様に必要なものしか入ってないサラダです。私監修の元きちんとバランスを考え、料理長にご協力いただき作っております。女性は食物繊維をしっかり摂らないとお通じが悪くなります。お通じが悪くなると腸内環境が悪くなり、デブ菌が増えますよ。しかもお肌にも悪いです。文句言わずに、しっかり噛んでゆっくりお食べください」
「デ…デブ菌…。デブ菌…。デブ…」
「そうです。お嬢様の腸の中は、デブ菌が大繁殖してると思ってください。そのデブ菌を、痩せ菌に変えるのです。私のいうこと聞いてれば、痩せ菌がたくさんの、素晴らしい腸内環境になりますよ」
「痩せ菌!?痩せ菌!いいわね痩せ菌!わたくし、頑張りますわ!先生にどこまでもついていきますわ!!」
食事療法、運動、施術と毎日徹底した監視と管理のもとで頑張ったお嬢様は、誰もが三度見するほど美しくナイスバディになった。過酷なトレーニングと指導の副産物として、なぜか高圧的な悪役令嬢な性格もすっかり変わってしまい、楚々とした思わず守ってあげたくなるような御令嬢になっていた。
あれ?
ナイスバディな超絶美女の完璧悪役令嬢として送り出すつもりが…なんで??
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爽やかな朝日が差し込む早朝。トレーニングウェアを着たお嬢様と一緒に、朝日を浴びながらヨガ。深呼吸をしながらゆっくりと細胞一つ一つにしっかりと酸素を送り込む感じで。
その後湯浴みをして朝食。温野菜にヨーグルトとフルーツ。そして特製スムージー。ゆっくり噛んで満腹感を。
今日からお嬢様は学園へ入学する。この2ヶ月ほど前に、王太子様と婚約された。ゲーム通りの婚約なのに…王太子がゲーム通りじゃなかった。
お嬢様を一目見て、完全にノックアウトされたらしい。一目惚れした王太子は、正直気持ち悪いほど溺愛モードが発動しており、でろでろのあまあま。そりゃ、私の最高傑作と言ってもいい仕上がりのお嬢様に惚れるなという方が無理だとは思うけども。
でろでろあまあまなのは王太子だけじゃない。元々娘激ラブだったのに、劇的ビフォーアフター後は更に溺愛が度を越してる公爵様も、お嬢様にメロメロである。
「よくやってくれた!!なんて素晴らしい!!亡き妻によく似て女神のようではないか!!」
涙と鼻水をこれでもかと垂れ流しながら、力強く手を握られ労われた。成功報酬としてお給料もはずんでもらい、私の仕事は終了した。…はずなのに、私は未だ公爵家にいる。
絶対的信頼を得たため、学園へ行く際1人だけ付けれる侍女として来て欲しいとお願いされたためだ。
内心、えーなにそれーそんなの私のやりたい仕事じゃないー。美容の仕事がやりたいのにー。とか思ったけど。
リアル乙女ゲームをモブとして見れるという、面白そうな仕事引き受けるしかない。もう内容はほぼ覚えてないけど。
「きゃっ!」
お嬢様をエスコートして歩く王太子の前で、派手にすっころんだ令嬢が…
推定ヒロインがあんなに派手に転んだのに、王太子はお嬢様しか見えていない。いや、そんなに視野狭くて大丈夫?この国の未来。
「大丈夫?どこか怪我をしたところはない?」
お嬢様が推定ヒロインへ手を差し伸べた。きゅるんと潤んだ瞳で王太子を見て、ふるふると小動物のように震えながら、
「痛いですぅ~。立てないですぅ~」
と王太子にしなだれかかった。
「まぁ、それは大変だわ。医務室へすぐに運んでさしあげなくては。王太子様、わたくし誰かを呼んで参りますわ」
その瞬間、王太子から凄まじい冷気が立ち上った。
「君。大丈夫だよね?全く怪我なんてしてないよね?ていうか、なに勝手に触れてきてるの?私と婚約者の時間を邪魔するとか何様?まだあと5分一緒にいられたのに。ねぇ、どう責任とってくれるの?」
「ヒッ!!す…すみませんでしたぁぁぁー!!」
光速で走り去る推定ヒロイン。呆然とするお嬢様。黒い笑顔で目を細める王太子。ナニコレ。
秒で乙女ゲームが終わりを告げた。
その後もチョロチョロと出没する推定ヒロインを一切視界に入れることなく、お嬢様を溺愛しまくる王太子。乙女ゲームってこんなんだったっけ?
まぁ、次期国王が次期王妃を溺愛してるのは国にとっては良いことだよね。
そして私は…
次なるお客様のご要望に応えるべく、貴族のお屋敷を渡り歩くのである。
さて、次はどんな方かしら?
楽しみだわ…
ー完ー