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帯屋後編 戸口からのぞくファムファタル

長右衛門は一人布団の中。お金の使い込みも、隣家のお半との浮気まで許してもらったはずなのに涙ながらに呟いています。

「俺みたいなダメ人間に尽くしてくれる妻、いまだに世話になっている親父様に申し訳ない」

なにやら顔に死相が出ていますが、解決されていない伏線がありましたよね。

「すり替えられた正宗を見つけられない以上、俺が死ぬしかない」

そうです正宗の脇差の中身は長吉の道中差しでした!

「お絹が許してくれても、許されないのはお半のお腹の子」

えーっ!!こっちは超展開!なんと長右衛門はお半を妊娠させていたのです。

これは何とも皮肉な話。先段でお話した何故お絹はダメ人間の長右衛門に尽くすのかの中で書き忘れたんですが、この夫婦十年経っても子供がいません。

三年子が無ければ去れと言う江戸時代で、孤児出身の長右衛門や養子を取った繁斎は子どものできないお絹を責めたりしなかったんじゃ。

お絹のあまりに健気な尽くしぶりにそんなことも想像します。

一方一晩の過ちだけのお半とはこんなことになろうとは、何やってんだよ長右衛門。


これだけの事をしでかしてはもう生きてはいられない、それでもお絹ともっと一緒に居たかった、余命幾ばくもない繁斎に孝行したかった。

何とも正直な内心の吐露を続ける長右衛門のもとにお半が現れます。


お隣の信濃屋から帯屋の戸口を首をかしげ、のぞいてから入ってくる振袖姿のお半。

先ほど身重の身と言いましたが、この動きは愛らしい少女のままです。

「長右衛門さま、おじさん、ちょっと会いに来ました」と呼びかけて寝ている長右衛門のところに入ってきます。

ところでこの「おじさん」呼び、もともとの台本にはなかったらしいんです。

誰かが改変したら大受けして以降定番になったらしいんですが、妹キャラに「お兄ちゃん」とか「兄くん」とか呼ばせて喜ぶオタク文化の萌芽は古からあったわけですね。


ともかく再び深夜に長右衛門のもとに忍んで来るってどんな用件かと、こちらがやきもきしていると意外なほどお半は素直です。長右衛門の言う通り、思いを捨ててお別れしますと。

だから最後に一度だけ顔をよく見せてとお半にお願いされた長右衛門、思わずお半を抱きしめてしまう訳です。

おまけに(この世での)お別れだと声に出し、逆に二人は隣人に戻るだけで死に別れるわけじゃないなんて口走ったり、先ほどまで十年来の妻に死を悟られなかった男には到底見えません。隠しているつもりの本心ダダ洩れ。

で、お半が去った後、長右衛門にイヤな予感が走ります。

いやそうでしょう、真夜中にお別れの挨拶にくる女の子がいるかよと突っ込みたいところですが、案の定書き置きが残してあります。

「他の誰かと結婚するなんて私にはできません、お腹の子の事でお母さんに叱られることも、その相手として長右衛門さまの名前を出すことにも耐えられません。長右衛門さまはお絹さんと仲良くお元気で、たまには私の事を思い出してください」

これはもう遺書以外の何物でもない内容です。長右衛門慌てて帯屋から飛び出していきます。

台所ではお絹が自分のために夫婦水入らずの肴をつくり、仏間では大恩ある繁斎が南無阿弥陀仏なまいだの声を上げて祈っています。

それらを全部振り切って一人で死のうとしているお半のために走り出します。

……

良いシーンでしょ、でもここで長右衛門とんでもないことを口走るのです。

15年前に芸子と心中騒ぎを起こして相手だけ死なせてしまった、お半はその生まれ変わりなんじゃ……

いや待て待て待て。突然ものすごい設定を後付けで生やすな。

不倫、かつ歳の差ではあるものの悲恋に生きる男と思ったらダメ人間に逆戻り。

心中騒ぎは15年前の一件それっきりですか、あなた何度もやらかしてるんじゃないの?疑念が拭えません。

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