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6.忌避


「さて! 今日中に街に行きたいから、急ぐわよ」

「……うん」


 朝から元気に声を張り上げるカトレアに、わたしは寝不足による体調不良と日差しにやられて気力が湧いてこない。

 やっぱり、眠れず……そのまま一晩明かしてしまった。


 それに、お腹も少し空いているせいか、体に力が入らない。


「あら?」


 わたしの様子に気付いたカトレアは、近寄ってきて……肩を露出させる。

 そこに垂れる黒い髪。

 それに対比するような白い肌に目が奪われる……。

 わたしは、より一層空腹を感じる。


 少ししか感じていなかった空腹が、一日中何も食べていないときのように酷くなっていく。


「う、うぅ……」

「我慢する必要はないわ。これは、お互いが承知したことよ」

「――っ」


 わたしを誘うように、一歩一歩距離を詰めていくカトレア。

 ……なぜか、わたしは後ずさって必死に空腹を抑えこもうとしてしまう。

 我慢、する必要はないのに。カトレアの言う通り、これはお互いの利害の一致……まあ、相手の思惑はあまり分からないけど。


 なぜ、今になって『食べる』ことを躊躇うのだろう。

 それは、わたしが生きることを否定することになるというのに。


 難しく考える必要はない。目の前には、食べてもいいものしかない。


「どう、して……っ」


 食べたいのに、食べたくない。

 なんで……と思っていても、わたしの【暴食】は勝手に発動する。

 わたしの意思は関係なく、わたしのお腹を満たそうと発動してしまう。

 【暴食】は黒い粒子となって、カトレアを襲う。……必死に止めようとしても、抑えきれない空腹が原動力となり、カトレアを包み込む。


「んんっ……やっぱ、不思議な感覚ね」

「…………」


 わたしの空腹が収まると、なんてことのないように振る舞っているカトレアが近づいてくる。

 やっぱりその体には傷ひとつ付いていなくて、カトレアの言っていたことに間違いはないらしい。


「いやー、容赦ないわねー。アイリスちゃんの【暴食】は」

「……抱き着かないで」


 大きな胸が顔に当たって息苦しい。

 柔らかいし、なんだか無性に悔しい。……思わずわたしは自分の胸に手を当てて、その原因を考えてみる。


「あら? うふふ、かわいいわねー」

「? なんの、こと?」

「いいえ、なんでもないわよ。それより、お腹はいっぱいになったかしら?」

「……うん。お陰様で」


 わたしの体は元気になり、力も溢れてくる。

 なぜか動いた分だけお腹が空いてくるけど、この体は満腹になるとこうして元気になるから、羨ましい。

 燃費のよさで言うなら、前のわたしのほうがよかったけど、どっちがいいかって言われれば、断然今のほうが良いに決まっている。

 というか、お腹いっぱいに食べること自体なかったから、知らなかっただけかもしれないけど。


「さて、じゃあお腹もいっぱいになったところで移動しましょうか」


 カトレアはそう言ってわたしから離れる。

 荷物なんかはあまりないようで、大きな革のリュックを背負うと「行こう」と呼びかけてくる。

 ……わたしは、カトレアの後ろを付いていく。

 小さいわたしでは、大きいカトレアについていくので精一杯――ということにはならなかった。


 本当に、この体は元気いっぱいだ。お腹が空いていないときに限るけど。



***



 森を抜けるためにカトレアに付いていく間に、すっかりお昼になってしまった。

 それだけ歩いても、森を抜けることはできなかった。


「……カトレア」

「ん? なにかしら」

「お腹、空いた」

「そう……じゃあ、いったん休憩にしましょうか」


 狼を狩ろうとうろついていたときよりはお腹は減らなかってけど、さすがにずっと歩きっぱなしだとお腹も空いてくる。

 幸い、わたしは【暴食】を使ってカトレアを食べれば満たすことはできる。お腹が空いてもすぐに食べられるって幸せだ。


「んー……やっぱり、直接じゃないとあの感覚(・・・・)は味わえないわねー」


 とか言っているけど、食べられてそんなことが言えるなんてカトレアはどこかおかしいと思う。

 人を躊躇なく食べるわたしが言えたことじゃないけど。


 カトレアはリュックから乾いた肉のようなものを取り出すと、それを口に入れて……どこからともなく水を生成する。

 ……? 今のはなんだろう。


「今のって……?」

「あぁ。魔術のこと? そう難しいものじゃないわよ」

「魔術?」

「そう。魔術。『現象を知り、万象を統べ、理を説く。そうして言葉を紡ぎ、世界を創る』……だったかしら? ともかく、大昔に酔狂な誰かさんが作り上げた技術のことで、色んな現象を再現するものよ」

「へー」


 難しいことは分からない。

 とにかく、便利な技術らしい。

 ……わたしにもできるだろうか?


 そう思って、カトレアに使い方を聞いてみたけど……何を言っているのか、まったく分からなかった。

 何なの……世界の構造とか、エネルギーがどうたらとか……わたしに分かるはずがないの分かっているくせに。


「うふふ。まあ、魔術はまだ早いかもしれないわね……それに、正直アイリスちゃんには【暴食】があるから必要ない気もするしね」

「そういう、ものなの?」

「ええ。魔術を使う時なんて戦闘とか、専門的な分野で活用するくらいだもの」

「ふーん……」


 そういうことらしい。

 休憩も終わりにして、わたしたちは移動を再開するのだった。





 ……森を進む。

 けれど、突然ザワリと背中に何かが走ったような感覚が訪れる。


「……っ」


 これ以上、進んではいけない。

 そう言われている、気がした。でも、カトレアは気にせず前へ進んでいる。

 行かなきゃ、置いて行かれる……それが分かっているのに、わたしの足は動かない。


(い、いやだ……いやだいやだいやだ)


 これ以上、進みたくない。

 死にたくない。

 なぜかそう思ってしまって、わたしは震えることしかできなかった。


「? どうしたのアイリスちゃ――」


 カトレアがわたしに声をかけようとする。

 ……でも、途中で途切れてしまい、最後まで聞くことができなかった。


「え……――っ!?」


 わたしの目の前に風を切る音が響く。

 かたかたと、わたしは震えるだけ……カトレアは血だまりになって潰されてしまった。


「グルルル……貴様か。火竜を殺したのは……」

「ひぅ――」


 そこには、悍ましい『影』がいた。いくつもの手が集まり、無理やり何かの形を取っている。

 見たくもなくて、咄嗟に目を逸らそうとして……体が動かないことに気が付いた。


「――っ」

「ああ。声は出ない……騒がれても面倒――む?」

「……その子から、離れなさいッ!」


 カトレアがその『影』に向かって、何かをする。

 先程使っていた魔術、だろうか。


「アイリスっ、逃げなさい! これは忌まわしき竜! 世界を蝕む害虫で、あなたとは相性が最悪よ!!」

「え、え?」


 声は出るようになった。

 でも、恐怖からか……わたしの体は言うことを聞いてはくれない。


「ちっ、仕方ないわねぇ!」


 パリン、とガラスが砕けるような音がすると……カトレアから凄まじい何かが溢れだす。

 ……『影』はそれをじっと見つめながら、何もしなかった。

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