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5.自覚


 ――目が覚める、パチパチと何かが弾ける音が聞こえてくる。


「……? ここは」


 起き上がり、空を見上げるとすでに真っ暗な夜で……たき火によってわたしの周りは明るくなっている。


「あら、起きた? おはよう」

「――っ、だ、誰!?」


 声がして、わたしは飛び起きる(・・・・・)

 ……体は動く、ということはお腹は空いていない。


「いやねえ。そんな怯えられると、お姉さん悲しいわ……」

「……し、知らない人だし」


 罪悪感を煽るように、その女性――腰まで伸びた黒髪に、赤い目をした明らかに年上の人は俯いてしまう。

 女性らしい体型をしていて、わたしみたいにやせ細ってはいない。


 ――そこで、わたしは気絶する前のことを思い出す。


「あ、貴女……わたしに食べられて……どうして?」

「どうして? そうね……中々、面白い体験だったわよ? 生きたまま食べられるって心地は」

「そ、そうじゃない! どうして、わたしに食べられたのに……!」

「なんなら、もう一度食べてもらいたいと思えるくらいには気持ちよかったわよ? どう? お腹空いてない?」

「――っ。な、なんなの!?」


 狂ってる。

 それに、おかしい。

 わたしは今、『お腹が空いていない』。加えて、元気に動くことができる。……それに、記憶が確かなら、わたしはこの人を食べた――そのはずなのに。


「はぁ……ま、私は特殊体質でね。命をストックすることができるのよ。殺した数だけね?」

「……なに、それ……」


 わたしは後ずさって、この人から距離を取る。

 本能的に恐れている……逃げないと。今すぐ、ここから。

 幸い、飢えは感じていない。

 今の体なら、この森の中を駆け抜けることくらいならできるはず――


「ふふっ。怖い? でもね……どちらかといえば、あなたの『魂』の方が、業が深いわよ」

「……どういう、こと?」

「興味が湧いてきたみたいね? じゃあ、まずはそうね――『ステータス』って知ってるかしら?」

「知らない。なにそれ?」

「あらあら。本当に……元奴隷みたいね。じゃあ、教えてあげるから、座りなさい」

「…………分かった」


 だけど、不思議と惹きつけられる。そんな魅力も彼女は持っていた。

 ……いざとなったら、逃げればいい。

 少なくともその時はそう楽観的に考えていた。


「ステータスっていうのはね、いわばその人の魂を形にしたもの。そうね、実際に見せたほうがはやいわね」


 そういって、女の人は地面に枝でなにかを書き始める。


「さて、これが私のステータス。レベル、スキル、称号……それらを表したのが、ステータス。ここまでは分かる?」

「……あの」

「ん? なにかしら?」


 自慢げに言い張るその人に、わたしはおずおずと手を上げて質問を繰り出す。



「それ、なんて書いてあるんですか?」

「…………」


 地面には何かが書いてあるんだろうけど、わたしはまったく読むことができなかった。


***


「ま、いいわ。ステータスってのは元々私だけが知ってる概念だし。……それより、あなたの魂についてお話ししましょう?」

「……うん」

「貴女の魂は……ごちゃまぜね。鍋みたいに、適当に具材が放り投げられて、煮込まれている。これがどれだけ業深いことかは――分からないみたいね」

「…………」

「まあ、魂ってのは形が決められているものよ。それを後から付け加える――まあ、異端よねえ。私もだけど」

「えっと、お姉さんも……その、魂が、ごうふかいの?」

「ええ。何せ、私は殺した魂を自分の魂にすることができる――【色欲】の力を持っているからね」


 【色欲】――意味は分からないけど、なぜか胸がドクンと脈打った。

 思わず、距離を取ってしまう。

 ……その人は、悲しそうにしつつも……どこか嬉しそうに、微笑んでいる。


「そういえば、自己紹介がまだだったわね。私は、カトレア。あなたのお名前は?」

「わたしは……」


 迷った。

 名乗っていいものか。

 でも、ここで嘘を吐いても面倒なだけだと結論付けて――


「アイリス。それがわたしの名前」

「そう、いい名前ね。さて、それじゃあ……お話はここまで。これからのことを話し合いましょう」

「え……? どう、して?」


 当たり前のように、彼女……カトレアと行動を共にすることが決定していた。

 しかし、彼女はまた当たり前のように――わたしの現実を突き付けてくる。


「だって、アイリスちゃん。食べないと死んじゃうでしょう? でも、この森にいる魔物は……うん。ほぼ全滅よ?」

「――っ」

「だ・か・ら……私と一緒に、旅をしましょう? 幸い、私はいくら食べられても生き返るし。相性バッチリよ!」


 ……正直、信じることなんてできない。

 目的も不明だし、この人はいちいち怪しい。

 でも……定期的に、ご飯を提供してくれる。

 そうなったら、わたしは飢えなくてもいいということになる。


「…………」


 悩む。

 今度は空腹を言い訳にすることはできない。……でも、空腹に苛まれなくていいというのは魅力的すぎる。

 ……昨日、一昨日の空腹のときを思い出す。


「………………」

「どうかしら? 私としては、あなたと手を組みたいのだけれど……」


 やっぱり、もう味わいたくはない苦痛だ。


 ――となるとやっぱり、手を組んだほうがいいんだろうか。

 分からない……この人が何を考えているのかも。目的も。理由も。

 でも、飢えなくていい。

 この一点のみを考えるなら、わたしは手を組みたい。

 もう、飢えるのはいやだ。


「……そう、だね。でも、あなたに何にもお返しできないよ?」

「そうねえ……そんなことはないわよ?」

「……? どういう、こと?」


 不思議なことをいうカトレア。

 疑問に思い、聞き返してみると考え込むようにうつむいてしまう。

 そして、頬に手を当てて、若干頬を赤らめて……こう言い放った。


「だって――あんなコト味わっちゃったら、もう戻れないわよ……っ」

「……」

「いい。相手に食べられるって、よくよく考えてみたら、ものすごく神秘的なことだとは思わない? ええ、絶対にそうよ。だって、ひとつになるのよ?」

「……そ、そう。分かったから……」

「ちなみに、あなたの中には私の魂の一部が混ざっているってことになるから! よかったわね!」

「ひぇ……」


 そこで、わたしは初めて……食べたことに対して後悔をしたのかもしれないのだった……。


***


 ……カトレアがいわゆる『変態』だった。

 なぜかわたしに食べられようとしてくるし、べたべたと体に触れようとしてくるし……わたしにとって、他人とはわたしを傷つける者でしかなかった。

 ドラマやアニメのような、明るくて温かい人なんて存在しない……空想上のものだと思っていた。

 でも、カトレアの心は分からない。

 分からないから、怖い。


 ……森を出よう。

 そう言われて、わたしは怖くなった。外の世界が恐ろしい。

 ここに来てからまだ短い間だけれど……人間が恐ろしいということには変わりないに違いない。

 でも、カトレアは「私が飢え死にしちゃうわ」といって、わたしは口を噤んでしまった。


 ……飢え死にが何よりも苦しいことは身をもって知っている。

 わたしはいざとなればカトレアを食い尽くせば、生き永らえられる。


 それをよしとする、カトレアの心が分からない。

 普通、自分を食べようとしてくる相手を嬉々として受け入れられるだろうか? わたしなら、即座に殺して、食らっている。


「…………」

「すぅ……すぅ……」


 眠るカトレアを眺めて、わたしはそんなことを考えている。

 過剰なスキンシップもわたしにとっては未知のことで、戸惑いばかりが生まれてしまう。

 こうして、目の前で呑気に眠ることもできないわたしは――人として、間違っているのだろうか。


 生き物として間違えているとは思わない。

 ……でも、人として見たときに……わたしは、『普通』ではない気がしてならない。


「……わたしは」


 変えられるわけがなかった。

 わたしにとって、生きるということは辛くて、苦しくて……手放せない。痛みと途方もない飢餓感。

 そうして生まれ変わって得られた充足と身の丈に合わない力。

 ……歪。

 飢えを満たすことしか知らず、何のために生きているのかすら分からない。


 わたしは、こうしてまともに人と接することもできない。


 分からない。分かりたくもない。

 余計なことを考えてしまうと――わたしはまた、飢えて死んでしまうのではないか。


 他人が怖い。世界が怖い。


 またわたしを傷つけるのではないか。

 また、わたしを見捨てるのではないか。

 そんな考えばかりがずっと頭の中を支配している。


「わたし、は……」


 一体、何がしたいんだろう。

 生きて、食べて、飢えを満たして……それで、生きていく。

 でも、何も残せはしない。

 それは、生き抜いたということになるのだろうか。……死にたくないのは、本心だけど……果たして、この生き方で良いのか。カトレアと接して、疑問に思ってしまう。


 獣ではない。人と接して、確信してしまった。


 わたしはおかしい。

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