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05.怪物

「グルァアアアア―――!!!」


 目の前で吠える醜い獣。

 飢えているのか、よだれをぽたぽたと垂らしながらギラギラとした目つきでこちらを見つめる。

 大きな口と四足歩行で歩き、全身は童話の中に出てくるオオカミのよう。


 全身がぼやけていて、輪郭がはっきりしないのは『影』だった頃の名残なんだろうか。

 けれど、口の中と目だけははっきりと見えている。


 今にも飛びついて食らってしまいたいと、必死な様子。


「…………」


 このまま何もしなかったら、全身を丸呑みにされて咀嚼されて、胃袋に収まってしまう。

 かといって、今のわたしにできることは少ない。

 逃げるか、諦めるか。


「……痛いのは嫌だなあ」


 逃げても捕まって終わり。諦めても終わり。

 なんとかしたくてもできないし、嫌ってだけで痛くても死ぬわけ・・・・じゃない。


 わたしたちは決して死なないけど、また出会うまでにどれくらいかかるのか……想像したくないな。


「わたしたちの邪魔をするなら、なにをしてでも」


 絶対に離れ離れにはなりたくない。

 もう二度とあんな感覚を味わいたくは、ない。寂しさを埋めるために空腹を満たすことは、どれだけ満たされてもむなしいだけだから。


「っ、だったら。わたしは」


 わたしに噛みつこうとする『影』の口に自ら飛び込み、呑み込まれる。


 突然、異物が体内に入り込んだものだから驚いたのか、吐き出そうともがく『影』。

 だけどわたしは必死にそれに抗い、


「……!」


 体の中を貪り始める。

 まずくて、こちらが吐き出しそうになったけど、我慢して呑み込む。


「……(ごくん)」


 呑み込んだら、また食らいつく。

 何度も何度も、食べては呑み込んでを繰り返して……だんだんと、わたしの力が戻っていくのを感じる。


「ぅえ……」


 けれど、そこにはわたしの力以外のものも混ざっていて、体内に入り込んでくる感触が気持ち悪くて仕方なかった。


 カトレアと一緒に、幸せになるため……そう自分に言い聞かせて、『影』を食らっていく。



 苦しい苦しい。

 胸の辺りがとても気持ち悪い。

 胃が締め付けられるように痛い。

 体が震えて、寒くて、でも汗は止まらなくて。


 食べることがこんなに苦しいなんて、初めてのことでわたしは我慢することしかできない。


「……うぷ」


 けれど、いまのわたしに底なしの空腹感はなく、どこまでも胃に入れることはできず、食べた分だけお腹が重くなっていく。

 吐き戻しそうになる胃袋を無理やり押さえつけて、喉元まで出かかったものを塞ぐ。

 ひりひりと焼けるように喉が痛いけど、我慢だ。


 耐えることは得意でしょ。

 痛いのも苦しいのも、ずっとそうされてきたんだから。



***



「はぁ……はぁ……」


 何分、何時間。

 どのくらいそうしていただろうか。

 内側から文字通り、食い破ってからは動かなくなった『影』。

 時間をかけて、休みながらゆっくりと全身を食らい……あとは、頭部だけという状態。


 かすれるようなうめき声をあげるだけで、言葉を発していない。

 あれだけ高らかに、執拗に狙ってきた『影』の姿は見当たらなかった。


 そこにあるのは、ただ哀れな怪物となり果てたものがあるだけ。


「…………」


 力を求めて、ようやく手に入れたのに……それは身に余るもので、制御する術を知らないままここで終わる。


 『影』ごと食らったせいなのか、悔しいという感情とわたしたちみたいなと特別な力を持った存在を妬む感情が流れ込んできた。

 別に、他は知らないけど……少なくともわたしたちは、どうであろうと孤独に耐えきれなかっただけなのにね。


 そこまで特別に見られてるなんて考えたこともなかった。


「そういう意味だと、ずっと一人で力を求め続けたあなたは……きっと、わたしたちよりも強くて、脆かったんだろうね」


 哀れみからか、怪物となった『影』の頭をなでる。

 こんなことができるのは、カトレアが近くにいることで心の余裕があるからなのか。


 単に、感情に左右されて同情しているだけなのか。わたしには分からない。


「でも――」


 ぱくり、と最後の一口。

 頑張ってかみ砕いて、飲み干して……ようやくすべてを取り戻すことができた。


「さて、と。じゃあ、カトレアと一緒に……帰らないと」


 眠っているカトレアを抱き寄せて、その存在を確かめる。

 温かくて、どこまでもわたしを安心させるような匂い。

 まどろむように、瞼を閉じて……わたしはそのまま眠りに落ちていくのだった……。

次回、ラスト。

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