2.不滅
――わたしたちは決して滅びたりしない。
だからきっと死んだけど、転生して再び生を受けた。
「ここ、どこだろう」
わたしは真っ白な髪に、赤い瞳をした少女であることを部屋に取り付けられた鏡を見て確認すると、辺りを見渡して状況を把握することに務める。
機械っぽいものや計測器が並べられて、ごつごつしい雰囲気。
病室とか、手術室みたいな印象を受ける。
だというのに、窓の外はとても深い森らしく、木々で埋め尽くされている。
「なんか、すっごい違和感」
ちぐはぐで、この部屋が異物のように感じる。
なんというか全体的に気に入らない。
とりあえず、ぶっ壊してやろうと意気込み、【暴食】を使おうとして――
「あれ?」
なんの力も湧き上がってこないことに気が付く。
手を握ったり開いたりして、念じてみたりしてもうんともすんとも言わない。
……まあ、使えないなら仕方ない。
とりあえず、この部屋を出ようと扉を目指す。
扉にはなんの施しもされていなくて、閉じ込めることを考えていないのか簡単に開けることができた。
扉を開けると、そこは先ほどの部屋の景色とさして変わらず、ごつごつとしてどこか鉄くさい。
左右に道が分かれており、どちらに進めばいいか迷ってしまった。
「……ここ、どこなんだろう」
部屋を出たはいいけど、居場所も不明だし地図があるわけでもない。
でも、あてもなく歩くことにはなれているし、ここは平野ってわけじゃない。道沿いに歩いていればどこかにたどり着くだろう。きっと。
なにはともあれ、立ち止まっていてはなにも進まない。
「よし」
わたしは、とりあえず左に進むことにした。理由はない。
……ところで、わたしの性格ってこんなに前向きだったっけ?
***
部屋を出て、左の通路を歩いていく。
真っすぐに続く道。
分かれ道も、部屋につながる扉もない。
薄暗くて、よく見えない。
照明は切れかかっていて、かろうじて足元が見える。
暗闇を歩く。
延々と同じ景色が続くと、さすがに気持ち悪くなってくる。
そんなこと言っていられないので、それでも足を止めることはない。
行かないと手遅れになる。
そんな予感がわたしを前へと突き動かす。
「………」
黙って進む。
もとより、選択肢はないのだから。
それに、ここは、なんだか――嫌なところだ。
「……はは」
乾いた笑みがこぼれる。
気付いたからだ。どうしてこんなにも急ぐのか。
ここにいたくない、ただそれだけ。
でも、ここでしなくちゃいけないことがあると確信している。
欲求と直感の板挟み。
わたしはいつも、正反対の二つに悩まされる。
……今回は、直感に従おう。
なぜか、欲求を満たすための力が使えないし。
ここで、逃げたらいけない気もするから。
「……扉」
決意を新たに。
長く続いた通路も終わりを見せる。
その扉に手をかけて、わたしは深呼吸をする。
この先になにがあっても、動じないように。
「よし」
ぐっと、力をこめて、物々しい扉を開く。
錆びた金属がこすれる音を立てながら、ゆっくりと扉は開かれる。
わたしが通れるくらい開いたら、隙間に潜りこむようにして中に入る。
そして、そこで目にしたものをわたしは信じたくはなかった。
「あ――」
――中には、薄暗い通路とは正反対に白く明るい。
やすらぎと、懐かしさを感じさせる……そんな温かい光。
だけど、光あるならそれを放つものがある。
その中心に、それは在った。
「カト……レア……」
膝を抱えて、真っ白な繭に包まれながらカトレアは目をつむりうつむいていた。
死に分かれて、もう二度と会えないと思っていた。……それは、ありえないと知ったけど。
こんな形でまた会えるとは、予想していなくて……カトレアを包む繭の正体をなんとなく感じ取る。
「あれ、わたしの――」
『そう、君の本体と、君に宿っていた権能を具現化したものだ』
真っ白な世界。
魂を浄化する世界の管理者。
異星より飛来し、侵略者に居場所を奪われ、最愛であり片割れである母を奪われた哀れな少女の抜け殻。
それがわたし。
だけど、本来なら、その繭の中にはわたしがいるはず――
『ああ。本当ならここに君がいるはず……だがそうすると、せっかく封印した女神が目を覚ます。ならば、片割れを代役として据えるのは発想としては悪くないだろう?』
「……悪趣味」
『――だが、その悪趣味で我らはより上位存在へと至れる』
執拗にわたしたちを付け狙い、そして奪おうとするその目的。
上位存在――そんなもの、ありふれすぎているし、際限がないからどこを指しているのか分からないからどの程度の存在なのか。
わたしたちがどの程度か、他を知らないから何とも言えないけど――そう、大したものではないと思う。
「…………はぁ」
わたしたちを食らってところで、たかが知れている。
そう思ってため息を吐いたのだけど、影にはそう思われなかった。
『余裕とは、羨ましい』
「別に。ただ、呆れただけ」
『そうか……だが、いつまでそうしていられる?』
「――!」
いつの間にか、影は私の目の前にいて捕らえられてしまう。
影は無数の手を伸ばして、わたしの首や腕、足首など動きを封じるように掴みかかってくる。
わたしの小さな体なんて、簡単に持ち上げられて、地面から宙ぶらりん。
力が全く入らないし、息ができなくて苦しい。
なにもすることができず、ただただ影に締め付けられるだけ。
『呆気ない。かつて我らが目指したものですら、力を失えばこの程度か』
……とうとう、意識を保っていることが難しくなってきた。
無力で、わたしはなされるがままになるだけ。
そのままではいけない、と思うけれどどうしたらいいんだろう。
「あぁ……がっ……」
『まさか目を覚ますとは思わなかった……今度は念入りにしておくとしよう』
膝を抱えて眠るカトレアに助けを求める。
手を伸ばして、心の中で呼びかける――助けてと。
だけど、そう簡単に現実は動いてくれないし変わるわけでもない。
「……」
ここからどうすれば現実は覆るのだろう。
どうしたら、それだけがわたしの中にあるだけ。
「…………あ」
意識が落ちていく。
視界は真っ暗に。音は遠く、感覚は鈍く。
その中で、涙を流すカトレアの顔を見た。