4.捕食者と獲物
本日の零時に転生前の主人公の経緯というか、そんな感じの投稿する…予定です。間に合わなかったら、明日になるかも
とりあえず、食料と水の心配はしなくていい……と思う。
いざとなれば、【暴食】で飢えを満たすことは可能だから。とはいえ、あんな感覚はそうそう味わいたくはない。
……限界まで飢えると、辛い。
それこそ、死にたくなるくらいには。
「……とりあえず、今日も探索……で、いいのかな」
こういうとき、何をしたらいいのかさっぱりだ。
でも、とにかくご飯と水だけはなくしちゃいけないことは理解できる。
食事は命を支える大切なものだから。
……ともかく、わたしは半壊した馬車から抜け出して、外の空気と陽の光を思いっきり浴びる。
「んー」
腕を伸ばして、空を見上げる。
……空って、こんなにも綺麗なんだな。
知らなかった。天井ばかりを見上げてきた人生だったから。
窓から見上げることも、少なかった。
――でも、そんなこと「今」にはまったく関係ない。
わたしはとりあえず水で体や顔を洗って、さっぱりしたところで――探索に出向く。
***
……森の様子は昨日と打って変わって、静けさの中に生き物の気配をよく感じる。
その原因を考えたときに、まず思いついたのが……わたしの食事だった。
だって、あれだけ食べて、なんの影響もないはずがないんだから。
――狼。もう、食べられないかもしれない。
「なら、他のもの探しておかないと……」
わたしはどうやらすぐにお腹が空いてしまうようだから――それに満たしておかないと、動けなくなってしまう。
木の枝を見れば、リスや鳥などがいる。
それは、足しになるのだろうか。
狼一匹でも満たされなかったわたしの飢え……小動物では足りないのではないかと、不安になる。
――一応、まだお腹は空いていない。
満腹に近い、と思う。
だから、まだ動ける。
「……進もう」
わたしは、目先の餌よりももっと大きな獲物を狙うことにして――森の奥深くへと進んでいくのだった。
――しかし、まったくといっていいほど獲物は見つからない。
狼ほどでなくていいと、その内妥協し始めるのだが……それでも、全くと言っていいほど見つからない。
「なんで……?」
もしかして、昨日やっぱり食べ過ぎた? 半日過ぎたのに、まだお腹空かないし……。
でも、調子に乗ると、すぐにお腹が減ってしまうような気もする。
「……っ」
しかし、ガサガサッと草が揺れる音がしてわたしはバッと振り返る。
「…………」
「キュー」
「うさぎ?」
そこにいたのは、可愛らしいうさぎで――見たことのない角を持っていた。
角うさぎ……。
「――キュー!」
「えっ……!?」
しかし、可愛らしい見た目に反して、わたしの喉を狙って飛び跳ねてくる。
とっさに、うさぎを掴んでしまい……地面に押さえつけてしまう。
そのまま、首に力を込めて――ゴキリ、とへし折る。
「……えっと……どうしよう」
思わず、食べ物を得てしまった。
でも、火もないし、解体のやり方も分からない……。【暴食】が発動すれば、食べられれる――と思いたいけど、あれって植物とか水には反応していないから、どうなんだろう。
死んでいれば、植物と変わらないし――このまま腐らせるのも勿体ない。
「……えい」
とりあえず、口に入れてみる。
力に任せて、うさぎの足を引きちぎり、生のまま口に入れる。
血生臭いし、ぐちゅぐちゅと不快な音を立てる――が、おいしい。というより、味が分からない。
でも、おいしいのではないだろうか。
食べられるってことは、おいしいのだから。
おいしいってことは、食べてるってことだから。
……食べられないものは食べ物じゃない。
うん。完璧な理論。
「……(もぐもぐ」
内臓はさすがに怖いので、昨日みたいに土に埋めることにする。
すっかり慣れたもので、手を血と土で汚しながら、きっちりと埋めていく。味はしなくても、おいしいに決まっている。
胃に入ると、不思議な充足と快感のようなものを感じる。
【暴食】は効率がいいかもしれないけど、こういった満足感を感じることはできない。
……まあ、これでお腹を壊したら元も子もないけど。
とりあえず、生でもいけることを確認できたわたしは先に進むことにする。
***
森を進む……日も傾いてきて、そろそろ戻ろうかと思っていたときのことだった。
「――っ」
不思議な感覚に襲われる。
吸い寄せられるようで……拒んでいる。
いったい、なんなのだろう。
好奇心に惹かれて、わたしは密度の高くなった森の中を進んでいく。
草木をかき分けて、枝を折ってそれを見つける。
「遺跡……?」
蔓が伸びて、建物に巻き付いている。
人によって作られたようにも見えるけど、ところどころに神秘的な意匠が見え隠れしている。
荒れ果てた神殿――そんな印象だった。
「……中に、なにが……」
全身が竦んでいる。
中に入ってはいけないと、本能が叫んでいる……。
でも、ここでお腹が空いてしまった。耐え難いくらい、強烈な空腹。
そこで鋭敏になった感覚で、中に生物がいると分かってしまう。
獲物が、目の前にいる。
「はぁ、はぁ……」
胸が苦しい。
【暴食】が発動する前兆だ。
そして、襲い来る倦怠感……先程まで感じていた充実感は消え失せて、いまは食べ物のことしか考えられなくなっていた。
……進めば、獲物がいる。引き返せば、何も見つからず飢え死にするかもしれない。
――二つに一つ。
「…………」
必死に頭を巡らせる――でも、お腹が減ってうまく考えられない。
お腹が減っている……それは、よくないことだ。難しいことは腹を満たしてから、考えよう。
だから、わたしは――足を、先に進めた。
……遺跡の中は思ったよりも荒れ果てていなかった。
外の音が一切聞こえず、静けさだけがこの空間を満たしていた。――そんなことより、お腹空いた。
静けさがなんだ。外の音が聞こえないからどうしたというんだ。
いまわたしに必要なのは、飢えを満たせる獲物だけ。
わたしは重い足を引きずって、気配の濃い場所へと進んでいく。
途中でいくつか部屋があったが、そんなものには興味がない。
この遺跡の最奥……そこにいる獲物にしか興味がない。
「…………」
空腹すぎて、痛みで訴えてくる胃袋を叩きつけて、黙らせる。
すでに、【暴食】は発動して、黒い粒子が辺りを漂っている。一見、無害に見えるこの粒子にかかった獲物はまだいない。
……やはり、奥にいる大獲物しかいないのだろうか。
どうやら、わたしは獲物――とくに食べ応えのありそうなものを前にするとお腹が空きやすくなってしまうらしい。
……不思議と緊張や不安はない。
あるのは、ただ『食べたい』という感情だけ。
「……待ってて」
わたしは、一歩一歩確実に進めていく。
さほどこの遺跡は広くない。
それに構造も複雑ではない。……真っすぐ進んで、目の前にある大きな扉を開けば、獲物にたどり着ける……。
扉に手をかけて、精一杯押したり引いたりしているけど……まったくビクともしない。
「……?」
空腹で力が入らないとはいえ……まだ動けないほどではない。
体は重いけど、身体能力は変わらない――はず。だから、これくらいの扉なら開けると思っていたけど……わたしの腕はまったく言うことを聞いてくれない。
仕方ないので、体重を乗っけて、頑張って扉を開く。
すると、あっさりと扉は倒れた。
……。
わたしが、重いせいではないと信じたい。
「さて――」
「……ナニヲシニキタ。ニンゲン」
「しゃべれる……トカゲ?」
そこにいたのは、赤い鱗を纏い、威風堂々と鎮座する大きなトカゲの姿……。
吐息からは火の粉が舞っており、火を使うのではないかと予想する。
しかし、何をしにきた……か。
「もちろん、飢えを満たすために」
「…………」
「おとなしく、無抵抗に、食べられてくれるとうれしい」
「……フ、フフフ、ハハハ! コノワレヲ食スト! ヨカロウ! ナラバ、ウケテタトウ!!」
「……? 受けて立つもなにも……もう、終わり」
「ナヌ? ――ッ!?」
わたしはすでにこの空間に粒子を満たしている。
あとは、【暴食】が勝手に食べてくれる。
……その筈、だったんだけど。
「コレハ――ソウカ、貴様ガ今代ノ……【暴食】カ」
「――え?」
『食べる』と明確な意思を持ったはず。しかし、トカゲはまるで苦しんだ様子はなく……豪快にしゃべっている。
むしろうれしそうに、わたしに目を向けている。
一体、どうして?
【暴食】が効かないと知って、わたしは狼狽えてしまう。
……唯一の攻撃手段が、効かないなんて……どうすれば。
「――っ!?」
「ム、ソノ程度カ……ドウシタ? マダ、手札ハアルノダロウ?」
尻尾でわたしを壁に叩きつける。
骨が折れたみたいな嫌な音がする。……口から血を吐いて、咳き込む。
「ごほっ、げほっ」
「……弱イ。弱スギルゾ」
「――このっ」
わたしは、目の前にある尻尾に歯を突き立てる。
……しかし、そんな攻撃で傷を付けられるはずもなく――
「かはっ――」
ペシン、と叩きつけられてしまう。
地面にはヒビが入り、骨が折れる。
……痛みには鈍いつもりだったけど、どうやらそうではないらしい。
――お腹、減ったな。
「ハァ……【暴食】ノ使イ手カト思エバ……コノ程度……ツマラン」
明らかに落胆したような仕草。
ため息をついたつもりなのだろうけど、火の粉が散って熱い。
……どうして、【暴食】が効かない。
大きすぎるから? それとも単純に食べられないから? ……分からない。空腹と貧血で頭が回らない。
――お腹、空いた……。
「フゥム……マァ、苦シマセルツモリハナイ」
「……こせ」
「ム? ナニカ言ッタカ?」
「……よこせ」
もう、限界だ。お腹が空いたんだ。食べたい、食べたい……食べ尽くして、味わいたい。満たされたい。
飢えは嫌い。
わたしが死ぬのはもっと嫌い。
だから、食べる。
《システムメッセージ:飢餓率120%を越えました。【暴食】は『捕食者形態』へと移行します》
「お前を、よこせ……トカゲ」
「――ッ」
その瞬間、黒い粒子は突然なりを潜める。……変わりに、わたしの体には不思議な文様が浮かび上がる。
体は重く、そして感覚も鈍い――でも、これならいける。
「わたしは、飢えを許さない。飢えはいけないこと。食べて生きる。生き残る」
「コ、コレハナンダ!? 貴様、一体――」
「うるさい。お腹、空いた」
「マ、待テ! ワレガ死ネバ――~~っ!?」
うるさい口を閉じるために、わたしはまず尻尾に触れて――『食べる』。味はいつも通り、何もしないけど……辛味が利いているのか、ピリピリと舌が焦げる。
……まあ、頭が『おいしい』と思っているから、それでいい。
次は、どこを食べよう。
***
――満たされない。
「ガッ――グゥ、グアァァァ!!」
――足りない。全然、足りない。
「――――」
でも、もう、獲物はいない。
……わたしは、飢えをどうやってみたそう。
「…………」
疲れた。
この状態は満たされてもすぐにお腹が減ってしまう。
もう、嫌だ。
空腹なんて大っ嫌い。
どうして、空腹なんてものがあるんだろう。
食事、排泄、飢餓……ずっと繰り返される、この地獄。どうやっても抜け出せない。……地面に横たわりながら、わたしは誰もいなくなった遺跡で、ひとり天井を見上げている。
「……死ぬ、の……?」
確実に死ぬだろう。
この全身が落ちていく感覚を味わうのは二度目だ。……そして、今から食べ物を探しても間に合わない。
「あら? こんなところに子どもなんて珍しいわね」
「…………」
ぼやけた視界に映ったのは、人影……だったような気がする。
けれど、もう落ちていく意識に耐えきれず――わたしはそのまま、耐えることをやめて……沈みゆく意識に身を任せる……
……訳がない。
「っ、と。危ないわね」
「――ァアアア!!」
【暴食】の力を振るって、やってきた人を食べようとする。
罪悪感は感じないし、無意識というわけでもない。
……生きるためなら、わたしはなんだって食らってみせる。
それが、例え同族であっても。
わたしは食べる。
「って、【暴食】? つまり、転生したのね……これは、丁重に扱わないといけないわね」
「飢え、満たす。わたしは、生きる――っ」
「そう……お腹空いてるのね。いいわ、私を食べなさい」
「――!」
彼女は抵抗しなかった。
両手を広げて、わたしを抱き留める……。
……わたしは、そのままその柔らかい体に牙を立てて――
「あっ、ん……ふ、ふふ……食べられるって新鮮ね」
ようやく終わりない苦痛から解放されるのだった。