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05.姉



 ――つまり、記憶喪失なのね。


 わたしが本当に受付さんのことを知らないと伝えると、少し悲しそうな顔をして、そういうことなのだと納得してくれた。

 森の中で目を覚まして、ある人のお世話になりながら、この街までたどり着けたと説明する。


「じゃあ、これからは一緒にいましょう。失った分はこれから取り戻していけばいいんだから」

「……うん」


 断ることができない。

 受付さん――イーリスさんというらしい――の顔が不安に満ちていて、どうやって前のわたしと別れたのか。きっと、ひどい別れ方だったんだろう。

 だから、わたしは断ることができない。

 それに、一緒に居られるなら、生活の保障もしてくれるだろうから。ありがたい申し出ではあった。


「うーん、一応母さんたちにも報告したいし……明日、村に帰りましょうか」

「村?」

「そう。私たちの故郷。すぐ近くだから、馬車で行けばすぐだよ」


 お昼になり、組合に隣接されている酒場で食事を取りながらイーリスさんと話をする。

 過去のことはなるべく避けるように、これからのこととか、何気ない会話が続いていく。


 記憶喪失だと気にかけてくれていることが痛いくらい伝わってきて、わたしは目の前にある固いパンをほおばる。

 素朴な、特にこれといっておいしいものでもないけど、お腹にはたまる感じがする。


「………」


 ……話すことも、話す気もないわたしにできるのはちらちらとイーリスさんを盗み見ることくらいだった。

 長い黒髪を揺らしながら、こちらをニコニコと眺めてくる。

 自分のご飯には手を付けずに、ひたすらに見つめてくる。


 目が合わないように、こっそり見ているつもりなのに、見透かされているのでは? と錯覚してしまう。

 それくらい、熱心に見られている。



 なんだか、恥ずかしくなってきてうつむいてしまう。


「そういえば、アイリスは小食だったのに、今はたくさん食べるのね」

「わたしが、小食?」


 それは何気ない、一言。きっと、イーリスさんからしたら、ただの独り言だったのだろう。

 だけど、食べることに関することを聞き逃すわたしではなく、普通に反応してしまう。


 小食……むしろ、前よりお腹が空く燃費の悪い体だと思っていたからびっくりだ。


「それ本当なの?」

「うん。いっつもあんまり食べないから、倒れるんじゃないかって心配になるくらいには」

「……へぇ」


 食べないと動けないのに、変なの。


 わたしはやっぱり、不思議に思いながらそのままパンをかじるのだった。



***



「さ! ここが今、私が暮らしてるところだよ!」


 イーリスさんの案内で、組合の近くにある集合住宅にやってきた。

 組合の受付が、ここの一室を使えるらしく、イーリスさんもその例にもれていない。


「……わたしがいて、せまくならない?」


 寝床が確保できるのはうれしいけど、相手に迷惑がかかるのは不本意でしかないし、面倒。

 そう思って訊ねたんだけど、イーリスさんはさして気にした様子もなくあっさりと答える。


「家に大きい家具なんてベッドしかないから、大丈夫よ。アイリスひとり増えたくらいで、狭くなるなんてことは……ないはず」

「そう……なら、いいけど」


 中に案内され、イーリスさんの言ったとおりベッドしかない簡素な室内。

 台所があるのに、使われた形跡もなく、服が少し散らかっている程度。

 ……たしかに、わたしがいても邪魔にはならなさそう。


「お風呂とトイレはこっちだから。台所も気にせず好きに使っていいからね~」


 そう言って、イーリスさんは受付の服を脱いで、きれいに折りたたむ。

 下着一枚となって、わたしの前を通りすぎていくと、床に散らばったズボンとシャツを手に取って着こむ。


 ……一連の動作に、隙がなくておどろく暇すらなかった。


 姉妹同士って、こうも遠慮がないものなんだろうか。

 家族のイメージがアレしかないから、わからない。

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