3.埋葬
謎の粒子により、狼はどさりと倒れている。
【暴食】の力により、わたしが食らったのだ。……その証拠に、わたしは多大な幸福感――前には感じることのなかった満腹感がある。
それに、再び体に力が巡っている。
でも……あの、込み上げてくるような熱い力は全く感じられない。
あれの正体は、分かる……でも、その扱い方がまったく分からない。先程から、腕を伸ばして念じてみたり、「【暴食】……!」と言ってみたりしているのに、何も感じない。
「……はぁ」
そんなことをしていたら、余計に疲れるだけだった。
分からないものは分からない。今はそういうことにしておこう。
今は、それより……食べられるものの捜索をしないと。
「でも……必要、あるのかな?」
わたしは、それを満たす方法を知っている。
知っているからこそ、わざわざ食料を集める必要があるのか分からない。
じゃあ、さっきのところまで戻る?
でも、わたしは進みたいと思っている。
その理由は――
「食べ、たい。もっと、もっと……食べ尽くしたい」
簡単だ。
魅入られてしまったからだ。
食べるという行為の喜びに。知ってしまったら、もう戻れない。どうして抑えないといけないのか。
生きることは、食べること。
食べなければ死んでしまう。
「…………」
わたしは、無言で足を進める。
もう、狼も動物も怖く……はあるけど、それ以上にこの欲を抑えられそうにない。
怖い。怖い以上に、食べたい。
「……あは」
見つけた。
先程の群れとは違う、別の狼。しかし、先程のような空腹感は湧いてこない。
「……そっか。違うのか」
見ることが発動の条件ではないらしい。
……息を潜める。
グルルル、と唸り声をあげている狼。……どうやら、気付かれてしまっているようだ。じゃあ、隠れている必要もない、か。
「……っ」
その眼差しは、こちらを獲物としか見ていない。
だけど、それはこっちだって同じこと。
わたしだって、食べたいがために狼を探していたんだから。
狼はわたし一直線に襲い来る。
しかし、その動きは読みやすく……思い切り横に避けることで、難を逃れる。しかし、着地した狼はそのまま方向転換し、再び飛びついてくる。
「――っ!」
未だ空中にいるわたしは回避をしたくてもできない状態……だからやぶれかぶれに、近づいてくる狼の頭に思い切り拳を叩きつけてやる。
何かを殴るなんて初めてのことで、その抉るような感触に戸惑いつつも……前を見れば……
「え?」
顔面の半分が横からめり込み、ぴくぴくと痙攣している狼の姿があった。
そうして、わたしは自分の拳を見下ろすと――そこには、血と肉に塗れていた。
「――グルルルッ」
他の狼も飛び掛ろうとして、一斉にわたしに襲いかかるが――その時、全身に倦怠感と飢餓感が襲い……餌を見つけた野獣のように、わたしの中から何かが飛び出した。
あの時も感じた【暴食】の力だ。
それは、わたしの中に帯びる熱となり、そのまま外に放出される。
「――キャウン!?」
そのまま、辺り一帯に黒い粒子は広がり、狼たちはそのまま地面に倒れ伏してしまう。
「っ、ごほっ、げほっ」
しかし、わたしの空腹は満たされない。
むしろ、より空腹が刺激されてしまい……空腹による痛みがひどくなってくる。……そして、まだ【暴食】の力は続いている。
わたしは獲物を求めて、森を彷徨う。
空腹は徐々に強くなっていく。
……それに比例して、わたしから排出される粒子が増していく。
原理は不明だけど、今はそれを気にする余裕がない。
「あ……ぐゥ……」
一歩一歩が重たい。
進む度に、わたしの体から何かが体力が抜けていくようだ。飢えはさらに広がり、視界がぼやけていく。
――そうして、狼の群れを見つけた。
遠吠えをあげ、わたしに向かって突撃してくる。
数も多く、先程よりも強そうだ。……でも、今のわたしには大きくて食べ応えがありそうだとしか分からない。
「――暴、食」
わたしの意思に従って、粒子は群れを包み込み、食べ始める。
……飢えは少し満たされた。でも、足りない……足りない。
足りない、足りない……この程度ではわたしの飢えは満たされない。
空腹が酷くなる。
喉も渇いた。
……ああ、意識が薄らいでいく。嫌だ。死にたく、ない。
「死にたく、な――」
どさり、とその場に倒れてしまう。
もう手足に力が入らず動かそうにも気力が湧かない。
瞼が閉じかけている。眠たい。……このまま眠りについてしまったら、どうなるのだろう。
――せっかく生まれ変わったのに。
こうして、チャンスがやってきたのに。
また、飢えに苦しんで……死んでしまうのだろうか。
餓死寸前――お腹が空いて仕方ない。
だけど……。
「あ――れ?」
途端に、わたしの『飢え』が消えていく。
遠くから、『飢え』を満たす何かが送られてくるのを感じる。……それもたくさん。
「どういう……こと?」
立ち上がる元気も戻ってきて、見れば――黒い粒子が、周囲一帯を埋め尽くしていた。
しかし、先程までのように制御が利かない。どんどんと拡大していき、わたしの飢えを満たそうとしている。
……また、少し飢えが満たされた。
「これって……」
そこで、少し考える余裕ができて――この現象の謎について思い当たる。
――これは、わたしの『飢え』が原因なのではないかとそう思った。
お腹が膨れてきて、冴えてきた頭を振り絞って、色々と考えてみる。
わたしが飢えると、この力――暴食は発動する。
それは、わたしが飢えれば飢えるほど……その効果は増していく、とか。
肯定するように、わたしの力は飢えを満たしていく。
「……そっか」
そうして、『満腹』になると――すぐに黒い粒子は消えていく。
それを出そうと思っても、なんの手応えはなく……代わりに目覚めたときのような、充実してあふれ出そうなエネルギーを感じた。
「…………」
わたしはとりあえず湖のところに戻ることにした。喉も渇いたし、それに確かめたいこともある。
しばらくは大丈夫だと思うから――でも、なるべく急いで来た道を辿っていった。
体はすこぶる、調子がいい。
それは、怖いくらいに……。
***
……やっぱり、死体は狼たちと同じような状態――栄養が抜けて、枯れ果てたような姿をしている。
「……わた、しが……」
やってしまったのだろう。
おそらく、目覚める前に『空腹』で【暴食】が勝手に発動して……だろう。
目が覚めたときにはお腹が空いていなかった。それは、わたしが食べたから……。
「でも、それがどうしたの?」
誰に言う訳でもなく、口に出していた。
お腹が空いた。だから食べた。それだけのことだ。同じ姿、同じ種族……それを言い訳にできるのはお腹が空いていないから。
ニンゲンを食べたって、わたしはなんの罪悪感も抱くことはない。
でも、せめて……わたしの糧となったなら、弔ってあげようとそう思えるくらいには、まだわたしに感情が残っている。
「…………」
土に埋めることくらいしか思いつかない。
道具もなく、これだけの数を埋めるのは大変だけど――今の、力に溢れているわたしならできると、そう背中を押して、わたしは一日かけて、全員分の埋葬を終えるのだった。