26.序章は終わり、そして始まる物語
カトレアと別れをすまし、そして街に戻る途中のこと。
後ろに振り返り、歩き出そうとして、なにかをグチャリと踏み潰す。
「……?」
なにかの肉片みたいだけど、いったいなんだろう。
持ち上げて、口に入れてみる。
……まずい。食べられたものじゃない。
「ぺっ。なんだ、もうおいしくないんだ」
吐き出して、地面に叩きつける。
魂が抜けて、もうわたしが食べられるものではなかった。ちょっとお腹が空いてきそうな気がしてたから、ちょうどいいと思ったのに……期待して損した。
さて、じゃあ気を取り直して――帰ろう。
これからどうするのか、考えないといけない。
***
街に戻ると、人が騒いで通るのが大変だった。
何を言っているのははっきりとは分からなかったけど、たぶん洞窟とか崩落とか言っていた気がする。
ギルドに辿りつくと、武器を構えた冒険者がたくさん集まっていた。
わたしが入ってくるのに気付くと、一斉に視線が寄ってくる。
「ねえねえ! アイリスもゴブリン洞窟の攻略作戦に参加するの?」
「なんのこと?」
その中に居たシスティアに話しかけられる。
傍には老人も居て、わたしを見てきょろきょろと周囲を見渡している。
「あれ、知らないの? 街の近くの森にね、洞窟があって……今からそれをみんなで攻略しに行くの!」
「そうなんだ」
その洞窟はもうないことを言ったほうがいいんだろうか。
でも、言ったらわたしが洞窟の近くに行ったことがバレるし……黙っていたほうがいいんだろう。
「でも、洞窟が崩れたって話も聞いてるのよねー」
「そうなんだ」
「――なあ、いつものお姉さんはどうした?」
システィアと話をしていると、とうとう気になり始めたのか老人が声をかけてくる。
お姉さん――カトレアのことを言っているのなら、
「死んだよ。ついさっき」
「っ! そ、そうか……それはすまない」
頭を下げて謝ってくる。
どうして謝るのだろう。
人が死ぬのは当たり前なのに。
「なにが?」
「なにが……いや、死んだことを思い出させて、嫌な思いを」
「……。そう、そういうこと」
とりあえずそう答えておく。
「じゃあ、もしかしなくてもアイリスって一人なの?」
「うん。そうだよ」
「なら、私と一緒に来ない?」
友達になろうと、手を指し伸ばしてきたようにわたしに近づく。
ふわりと、花のような匂いがしてわたしは自然とお腹が空いていることを自覚する。
……どうして、この子からはとてもおいしそうな匂いがするのか。
わたしは空腹を誤魔化すかのように、考える。
足りない頭を必死に回して、考える。
けれど、わたしが思いついたのは「システィアに着いて行く」こと以外になかった。
だって、今までカトレアに頼って、頼り切りで何もしてこなかったのにいきなり一人で何かできるとは思えない。
「うん。そうだね」
だから、わたしはシスティアの手を握る。
それが始まりであり、終わりへと向かう選択だと知らずに……。