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1.目覚めと空腹

 ――ああ、お腹空いたな。


 わたしが最期に思ったのは、そんなささいなことだった。


 『飢え』――それは、なによりも耐え難く、どんな困難よりも苦痛なことだ。


「――ァ」


 声が掠れる。

 喉も渇く。

 お腹、空いた。


 ご飯、最後に食べたのはいつだっけ?、そんなこと、覚えてもいない……。

 わたしは、誰もいない部屋で、ひとり孤独に耐え、飢えを凌ぐ。


 もう帰ってきもしない、親を待つ。


 わたしは、いったい……なんのために生きているんだろう。

 親に疎まれ、学校にも通えず……家のことを怒鳴りつけられながら、過ごす日々。


 ずっと、何かをさせられ続けた日々。


 ――ふつふつと、なにかが湧いてくる。


 それがなんなのか、わたしには分からない。

 まともな教育を受けていないわたしは、テレビでやっているような事柄しかしらない。当たり前、なんてものは知らない。

 だから、この胸にこもるなにかを知らない。


「ァ――」


 眠くなってきた。

 まぶたが重たい。

 ……このまま眠りにつけば、わたしはきっと起き上がることがないだろう。

 そうしたら、「怠けている」と叩かれ、蹴られるだろう。


 ――でも、そんなことをしてくる存在はもういない。


 だったら、この飢えはどうしたらいいんだろう。


 わたしには、分からない。

 なにも知らされず、与えられなかったわたしには分からない。


 わたしは、なんなのだろう。いったい、なんのために生きていたんだろう。


 わたし、わたしって……誰? 何者? わたしは、わたし? でも、他のみんなは、『名前』がある。


 わたしは、『わたし』ということしか知らない。

 「おい」とか「お前」とか、そんな言葉でしか呼ばれない。


 ……わたしは、なんのためにあんな人たちのために生きていたんだろう。

 利用されて、たまに怖い目に遭って……それで、生きているって言えるんだろうか? それは、なんて言うんだろう……とても、辛いことのようにも思える。


 言葉が見つからないから、実感が湧かない。


「……い、や……いやっ」


 必死に乾いた喉を震わせて、わたしは叫ぶ。


 わたしはその衝動に身を任せて、叫ぶ。


 ……でも、それに気付くにはもう遅かった。


 意識が沈んでいく。



 ――わたしは、そうして……。





「――あぐっ」


 目が、覚める。


***


「ここ、は――」


 気が付けば、わたしは森の中にいた。

 身なりも、そして視点の高さまで変わって……。

 そして、わたしは体が身軽なことに驚く。


「えっ――どう、して?」


 先程まで、ずっと怠くて重かった体……なのに、まるで羽のように体が動く。

 イメージと体が一致して、思いのままに動く。

 それに、肩まで伸びた髪は――銀髪で、前とはっきりと違うと言える髪の色をしていた。前とは真逆で、どこかうれしい気持ちになっているのは何故だろう。


 それと、


「これ、は――?」


 じゃらり、と鎖の繋がった枷が気になった。

 首輪……と言えばいいんだろうか。それに、かろうじて隠れているに過ぎないぼろ布一枚の格好。


 それと、さっきから漂う不快なこの臭いは……なんなのだろう。



「ヒッ――!?」


 周囲を探ると、そこは血みどろに塗れた地獄だった。


 白目をむいて、泡を吹いて倒れている多くの人。女、子どもは問わず……大の大人の男まで倒れている。

 毒でも食らったかのように、倒れている。


 ……それと同様な倒れ方をしている、凶暴そうな狼や熊の数々。


 テレビでしか見たことのない、動物……でも、わたしが見たのとは少し違っていた。


「……?」


 一応、鎖は途切れており、移動は制限されていない。

 立ち上がり、軽く跳ねる。


「――ふ、ふふっ」


 ああ、こんなにも元気なのはいつ以来なんだろう。

 ずうっと、空腹で怠くて……軽快に動ける。

 楽しい。楽しい。……楽しい。ずっと続けていたい。


「…………」


 けれど、ふと我に返り……現状を確認しないといけないことを思い出す。

 そもそも見た目すら変わって、これではまるで……


「『生まれ変わり』――」


 学校に通っていないわたしでも予想できるくらいに、有名な出来事。

 ……ということは、わたしは、死んで……しまったのだろうか。

 いや、仕方ないのかもしれない。あれだけ飢えて、苦しんで――水も飲めなくて。それでよく生き永らえていたと、いまになって感じる。


 いや、そんなことはどうでもいいんだ。いまこうしてわたしは生きている。

 姿かたちは変わっても、生きている。

 ただそれだけで、いいんだ。


「……それより、ここはどこ?」


 見たところ、森のようだけど……なんだか不思議なくらい綺麗なところだ。

 水は澄んでいるし、森も廃棄物なんてものはなく美しい自然の風景だ。

 敢えて言うなら、倒れている人間や動物が景観の妨げになっていることくらいだろうか。

 まあ、それはさておき――。


「ご飯、探さないと……」


 そう、ご飯。食料だ。

 飢えは前のわたしが一番辛かった出来事だ。耐え難くて、最期までずっと感じるもの……だからこそ、もう二度とあんな経験はしたくない。

 ……あんな耐え難い苦痛……もう、味わいたくなんてない。


「でも……」


 怖い。

 未知の居場所に、訳も分からない状況。

 周りが倒れているのに、自分だけ無事な理由。……なにもかもが分からない。体は動くけれど、野生動物にでも出くわしたら一たまりもないだろう。


 だけど……なにもせず、ただただ飢えていくのを待つのは、もっと怖い。


「…………」


 わたしは歩き始めた。

 とりあえず付近になにか食べられそうなものがないかを探す。

 近くには、倒れている人間と半壊した馬車がある。もしかしたら、旅の途中なのかもしれない。


「よい、しょ」


 小さな体を活かして、するりと隙間から中身を改める。

 穴の空いた袋や、縄、鎖ばかりで……食料らしきものは食いつぶされていた。


「そん……な」


 ほんの少し、落ち込んでしまう。

 だけど、切り替えていこう。ないなら、探せばいい。そんな簡単なことじゃないか。……動物は無理。

 なら、野草だけど……どれが食べられるかなんてわからない。


「むぅ……」


 そんなことを考えていると、少し空腹になってくる。

 体が動くうちに、さっさと何か口に入れないといけない……。


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