10.他人
……日も暮れて、焚き火を挟む形でわたしとカトレアはお互いににらみ合っていた。
「…………」
「…………」
にらみ合っていた、というよりわたしが一方的に睨みつけてカトレアが笑顔でにじり寄ろうとしているといったほうが正しいだろう。
わたしはすっかり乾いて、肌にへばりつかなくなったぼろ布を着たまま、カトレアから距離を取ろうとする。
たいして、カトレアは何故そんなものを持っているのかまったく見当もつかない……ふりふりの黒いドレスを手に持って、わたしを拘束しようとしてくる。
「さあ、アイリスちゃん。観念して、着替えなさい」
「……着替える必要、ない。これで、充分」
「いいえ、ダメよ。女の子なんだから、かわいく……いえ、アイリスちゃんは元からかわいいから、もっとかわいくしなくちゃダメなのよ!」
深夜の森に、カトレアの大きな声が響き渡る。
かわいいとかはよく分からないけど、確かに代わりの服があるならこんなぼろ布なんかよりはマシだと思う。
でも、カトレアが持っている服は……なんというか、すごく動きづらそうだった。
もっと、ゆったりしたというか、あまり着替える必要もなく手間取らないものはないのだろうか。
前によく着ていたTシャツとか、ああいうのが理想的というか……。
この体は頑丈で夜の寒さにも強い。
だから、服で暖を取る必要はなく、いつ襲われるかも分からない状況でそんな動きづらい服を着るのはちょっと遠慮したい――ということをカトレアにも言っているのだけど、まったく聞く耳を持ってくれない。
ていうか、カトレアの目が血走ってちょっと怖い。
「いい? そんなえっちな恰好――こほん。穴だらけの服なんて、色々と危険なのよ? あまりそれを服とは言いたくないわね」
「……? 着れれば服じゃないの?」
穴だらけなんてよくあることだし、なんなら今のぼろ布は動きやすくて布面積も多くていいものだと思っているんだけど。
そうそう。どうせ、脱いだりするのにわざわざ窮屈そうな服を着るのか……前から分からなかった。
カトレアの服だって、スカートが足の動きを邪魔してそうなのにどうして着ているんだろう?
「ともかく、そんな服よりこっちのほうが似合うと思うのだけれど?」
「いや。動きづらそう」
「……じゃあ、こっちはどう?」
そう言ってカトレアは別の服を取り出した。
新たに取り出したほうは、白いワンピースで先程のように動きづらそうということはなく、今とそう変わらないような気がする。
「そっちなら、まあ……」
「はい。とりあえず、その服……というか布は没収。私が責任もって処分しておくわね」
「うん」
カトレアから白い服を受け取ると、わたしは代わりに今着ているぼろ布をカトレアに渡す。
さすがに、裸でずっといるのは落ち着かないのですぐにその白い服に着替える。
頭から覆い被さるようにして、そでを通すだけで簡単に着替えることができる。
動きも問題ないし、わたしは一瞬でこの服が気に入った。
「はぁ……まあ、それも似合うから良しとしましょう。白い髪に白い服で真っ白に見えるけど、これはこれでいいわね」
ぶつぶつと何かを呟きながらわたしが渡したぼろ布をリュックにしまい込むカトレア。
着替えたことで、気分もさっぱりして眠くなってきたところでわたしはカトレアの近くに寄って、眠りにつくのだった。
***
――朝早くから移動を開始することで、ようやくあの森から抜け出せた。
「んー! ようやく広い景色を拝めるわね」
カトレアは空に手を伸ばし、体をほぐしている。
わたしもこんなに強い日差しを浴びたのは久しぶりで、空を見上げるとそのまぶしさに目を細めてしまう。
森を抜けると、地平線まで見渡せるくらい大きな平原が現れた。
「さて、あと二日もあれば街に辿り着けるかしらねー」
「……そう」
街。
人がたくさん集まっているであろう場所。
……わたしは、そんな大勢の人がいるところに行ったことがないので、どんなところなんだろうと想像を膨らます。
せいぜい、テレビで見たくらいで……人がごちゃごちゃして歩き回っている、そんな感じなんだろうか?
「ところで、アイリスちゃん」
「なに?」
「……どうして、震えているのかしら?」
「え……?」
言われて、気が付いたけどカトレアに抱き着いて、体を震わせていた。
どうしてなんだろうと、考えてみて……ああ、なんだ簡単なことだった。
ただ単に他人が怖いだけだった。
カトレアは、大丈夫だけど……それ以外の他人は信じられない。怖い。
「大丈夫よ。何があっても、私がいるわ」
「……うん」
でも、まだ先の話だ。
だから、今はあまり考えないようにして……先へ進むのだった。
カトレアの服装は「村娘風の格好」って言えば分かるかな?