9.進化
……目を覚ますと、見えたのは空ではなくカトレアの大きな胸だった。
「……えい」
「ちょ、なにしてるの? アイリスちゃん」
「何となく……?」
わたしはそこにあった胸を下から掴み上げる。
ずっしりとした重みが両腕にのしかかり、わたしは密かに敗北感を抱いてしまうのだった。
まあ、わたしはまだこれからというところがあるので気にはしてないけど……柔らかくて、おいしそうだから、かじりつきたくなる。
そんなことを思ってしまったせいかぐぅ、とお腹が鳴ってしまった。
「…………」
「あら? お腹空いてるの?」
「……うん」
別に恥ずかしいことではないし、何とも思っていないけど……カトレアが目を輝かせて、顔を近づけてくるので少しうっとうしい。
まあ、お腹は空いているので遠慮なく――
「? どうしたの? 食べないの?」
いや、今はカトレアを食べることに何にも感じていない。
せいぜい、感謝していることくらいだろうか?
ともかく、わたしは躊躇いを捨てて、【暴食】でカトレアを食べる。
黒い粒子を発動させようとして……わたしはそんなことをしなくても、触れているところから食べられるとなぜか確信できた。
初めて【暴食】を理解できたときのように、するりと頭の中に入り込んでくる。
「……」
わたしは、その感覚に従いカトレアの手を掴みそこから捕食する。
肘から先の手がかじられたように消えて、血が噴き出す。
膝を枕にして寝転がっていたわたしに思い切りかかってしまうが……口に入った血の味が思いのほか、『おいしい』と感じて、ぺろりと口の周りの血も舐める。
「もう……せっかく、乾いてきたのにまた血で汚れちゃったじゃない」
「ごめん……でも、おいしかったよ?」
「そ。ならよかったわ」
カトレアは汚れたことを笑って流してくれた。
しかし、触れただけで食べられるというのは今更のような気がしてならない。
あの黒い粒子を使ったほうが、いっぺんにたくさん食べられるし、離れていても問題はない。
なら、なんで手で触れて食べられるようになったんだろう?
そんなことを考えていると、わたしは満腹になって体に活力が戻ってくるのを感じる。
「よし」
起き上がろうと、体に力を入れるがカトレアにおでこを押さえられて、カトレアの膝に頭をのせられている。
どうしたのかと、見上げるようにカトレアの目を覗き込むと……
「まだ、食べられ足りないわよ。もっと、私を食べなさい」
「えぇ……もうお腹いっぱいで……ん?」
「――なんだ。まだ食べられるじゃない」
なんだか怖いことを言っているカトレアにわたしはもう食べられないと返すのだけど……おでこを押さえている手に触れて、わたしはその腕を食べる。
おかしいな。もう満腹で、黒い粒子を出すことができないはず。それは【暴食】の力が使えないことを意味するものだと思っていた。
でも、わたしは限界を超えて、カトレアの腕を食べることができている。
もしかして……と思って、黒い粒子を出そうと頑張ってみるも、出てくる気配はない。
「……?」
しかし、手で触れるとカトレアを食べることはできる。
確認のためにもう一度食べてみようと試してみる……。
「あ」
つい勢い余って、全身食べ尽くしてしまった。
肉片すら残さず、地面には血だまりしか残されていなかった。
……わたしのお腹はいっぱいのはず。でも、食べることはできた。
「ちょっと、そんないきなり激しくするなんて聞いてないわよ? びっくりしちゃったじゃない」
「えっと……じゃあ、もう一回いい?」
「いいわよ」
いきなりがダメなら事前に言っておけばいいのかな? と思って、言ってみたらあっさりと許可された。
頬を赤らめて、わたしに抱き着いてくる。
心臓の鼓動を感じながら、わたしはカトレアに抱き返して……
「はぁん……っ」
全身余すことなく食らいつくす。
「んー」
わたしはお腹の当たりを意識してみる。
けれど分かるのは満腹だということのみだった。
どうやら、余計に食べた分は分からないらしい。
でも、もしかしたら……『食い溜め』というやつなのではないだろか。
満腹なので、黒い粒子は出せないけど、直接触れることで相手を食べられるらしい。
「はぁ……アイリスちゃんの食事は本当に、容赦ないわね♡」
復活したカトレアは満足そうに、再びわたしに抱き着く。
……しかし、服を着ていないせいで服越しだった柔らかさが直に届いて……人の温もりというものを感じる。
元着ていた服はというと、ボロボロになっていたところにわたしが血塗れにするという追い打ちをかけて、もはや着られるような状態ではなかった。
だからといって、裸で過ごすというのもどうかと思うけど。
「とりあえず、服着て」
「はぁい」
いそいそと、リュックから予備の服を取り出し目の前で着替え始める。
思えば、わたしも血塗れだし、胸には大きな穴が開いている。
人に服を着てとか言う前に、自分の格好をどうにかするべきだろうか。
でも、きちんと服としては機能しているし、まだ着られないことはないから大丈夫だろう。
わたしは、カトレアがリュックから子ども用の小さな服を取り出していることに気付かないまま、呑気にそう考えていた。
ほのぼの()
あと、補足として【暴食】を通しての食事は味がしません。ただ、脳が勝手に「おいしい」と感じているだけです。