思い出
木漏れ日の中で、車椅子の老人は笑っていた。
もう自分の妻も、子供も分からなくなってしまったこの老人。
そんな彼の膝の上には、言葉がやっと話せるようになった頃の幼児が、ちょこんと膝に乗っかっていた。
老人は思う。
日々忘れていく。過去も、今も、自分ですら。
なのに、この子のことは、忘れない。
正確には、この子が部屋に入ってきた瞬間、脳内にぱっと花が開くかのように、その子のことが蘇る。
最初は、おくるみの中で。
次には小さな手で枯れ枝のような指を握ってくれた。
この前は、2本の足でよたよたと、女に手を握られながら歩いていた。
今では辿々しくも、話しをしてくれる。
「じいじ」
あぁ、自分は「じいじ」なんだ。
この子が、思い出させてくれる。
この子が、思い出になってくれる。
老人は、車椅子の上で、笑った。