8 友との出会い
三成の元に来てから3週間後、仙石秀久を裁く議に参加するため俺は三成と共に大坂城の廊下を歩いていた。
「お主の家臣の半右衛門、見てられないくらい落ち込んでおったな。何故連れてこなかった?」
「私情を挟み暴れられても困るので……。」
「なるほど、わしでも同じようにしたわ。」
「おお、治部。既に皆集まっておるぞ。」
同じ奉行の大谷吉継に案内され俺と三成は部屋に入る。
「千王丸はワシの隣に座ると良い。そうするように殿下からも言われておる。」
えっ、人質風情の俺が前から4番目?
いいのかよ。
向かい側に座ったのは増田長盛、その左に浅野長政と長束正家、で俺の隣が吉継か。
その後ろにもズラっと秀吉の家臣が並ぶ。
皆が集まった頃で青ざめた顔をした仙石秀久が入ってきた。
父上が降伏した時のあの憎たらしい笑顔はもう彼にはない。
「殿下の御成です。」
その声が聞こえると皆平伏した。
「表を上げよ。さて、権兵衛よ。お主はワシの指示を聞かず敵を目の前にしっぽを巻いて逃げ味方を見捨てたな。言い訳はあるか?」
「ありませぬ。」
「そうか、ならここで腹斬れや。」
えっ?ダメだそれは歴史が変わってしまう。
「お待ちくだされ!」
俺が声を上げた。
皆が目を丸くしてこちらを見る。
「これ、千王丸。」
三成が小声で言うが秀吉がそれを止めた。
「なんじゃ、申してみよ。」
「ははっ。いくら敵から逃げたとはいえ仙石殿は殿下のために今まで粉骨砕身働かれていたではありませぬか。それを1度の失敗で切腹はいささか勿体のう気が致します。」
「なに?」
「我ら長宗我部は今まで散々仙石殿に苦しめられてきました。(いや、ウザかったが正解。)それらの功績を考えれば切腹はどうかと申し上げておるのです。」
「千王丸!」
三成が怒る。
「どうか仙石殿のご沙汰、お考え直しを。」
俺がそう言って頭を下げる。
仙石や皆は唖然としてしばらく時が過ぎた。
「はっはっはっ!権兵衛よ、この小僧に救われたな。良かろう、なら讃岐は没収し高野山へ追放じゃ。その代わりに二度とわしの前に面出すんじゃねえぞ。」
そう秀吉が言うと仙石が悔しそうに泣きながら頭を下げた。
「くっ……。藤吉郎様、今まで世話になりやした……!」
「早う行け。シッシッ。」
秀吉が仙石に手を振る。
仙石は泣きながら部屋を出て行った。
「はっはっはっ。肝が座っとんな、千王丸。自分の兄を見殺しにした男を助けるか!」
「飛んだご無礼を致しました。されど譜代のものに厳しくしては今後の殿下の政に支障をきたすと思いまして。」
「うむ、よう考えておる。さすがは宮内少輔の子じゃ。宮内少輔には大隅を与えるとしよう。」
まあ辞退するけどな。
「よっしゃ、んじゃ九州攻めの準備にかかれ。来年には出れるようにしろ。」
そう言って秀吉が出ていった。
「このバカが!一歩間違えたら打首だぞ!」
ってな感じでこの後三成からこっぴどく叱られた。
でもその後に吉継が褒めてくれたのでwinwinかな。
それで帰り道だ。
「おい小僧、なぜ俺を助けた。」
そう言って俺を呼び止める声がした。
「なんだ貴様は!」
利宗が声を荒らげるが俺はそれを止めた。
この声は仙石だ。
「父上ならばあんたを責めようとはしないだろう。俺もそれに見習っただけだ。」
「ちっ……おめぇの兄貴のこと、悪く思ってる。この恩はいつか返させてくれ。」
そう言って仙石は満足した顔で夜の道に消えていった。
「あれで良かったのですか?」
「構わん。いずれ俺たちに危機が訪れた時にあいつが助けてくれるだろう。」
少なくとも漫画みたいな仙石秀久ならそうだろう。
現実は甘くないかもしれないが。
それからまもなく秀吉を始め三成や藤堂殿も九州に行くので俺は秀吉の妻の寧々の屋敷に預けられることになった。
「長宗我部宮内少輔が息子、千王丸です。よろしくお願い致します。」
俺は寧々さんに挨拶する。
「ああ、あんたが千王丸ね。噂は聞いてるしゆっくりしていきな。」
心の広そうな人でよかった。
「紹介しとくね、こちらあたしの甥の辰之助。あんたより2つ年下だけど仲良くしてやってね。」
そう言って寧々さんが子供を連れてきた。
秀吉の甥っ子ってことは小早川秀秋か!
「辰之助だ。よろしく。」
辰之助はそう言って手を出してくる。
ちょっと生意気そうな口ぶりだがまあいいや。
「千王丸だ、よろしく。」
俺も辰之助の手を取り握手する。
「じゃあ辰之助、あんたがこの屋敷を案内してやんなさい。あたしは夜ご飯の用意してくるからね。」
そう言って寧々さんは屋敷の奥へと入っていった。
「よし、着いてこい。」
辰之助に案内されるがまま俺は彼について行った。
「ここが厠、向こうが風呂場だ。んであそこが寝所。それより土佐ってのはどんなところなんだ?」
「土佐か?いい所だぞ。飯は美味いし暖かくて人も優しい。」
「そういうことじゃない。軍事的な面だ。」
え、そういうこと気にするタイプなんだ。
「南に敵はいないし北は山がちだから一方の敵に集中出来る。でも山林が多くてなかなか田畑は作れないし半農半兵が続いている。」
「なるほど、よくそこからお前の親父は四国を統一したもんだ。」
「そりゃ父上は戦に強いからな。」
「だが俺の父上はもっと強いぞ。島津もひとひねりじゃ。」
「それは俺も同じ意見だ。恐らく島津の策略はあっさり見抜かれるだろうな。」
「官兵衛殿だろ?あの人は頭がおかしいよ。」
「常人には理解できない天才なのは見て分かった。喋ったことは無いがな。」
「いつか話してみたいものだ。んで、ここが中庭だ。いつもここで稽古をしてる。明日からはお前が付き合えよ。」
「はいよ、んでおれの部屋は?」
「ここだ、荷物はうちの屋敷のものに運ばせる。母上様はお優しいから好きにして良いとことじゃ。」
やったー!ソファーを置こう。
そんな感じで案内してもらってる時に寧々さんに呼ばれた俺たちは広間にやってきた。
「今日は千王丸が来るから気合い入れて作っちゃった。田舎の子だから濃い味付けの方がいいと思って濃くしといたよ。」
なんて気の利く人なんだ……!
俺は嬉しくて年相応の涙が出てきた。
「こ、こいつ、泣いてやがる!はっはっはっ!」
「これ、辰之助!あんたと違ってこの子は親戚も誰もおらんところから1年も暮らしてるのよ!ほーら泣かなくていいよ。」
寧々さんに抱かれて俺は久々に母上に会いたくなった。
だがそう思った翌日、母上の訃報を知らされた。
ああ、小説通りの展開だと思いながらもやはり悲しかった。
しかし悲しむ暇もなく辰之助に呼び出された。
「ほら!稽古だ!行くぞ!」
そう言って槍を投げると辰之助は直ぐに突撃してきた。
俺はそれを受け止める。
「素早いな!」
「お前が不意打ちしたからだろ!」
俺は辰之助の攻撃を弾き返し懐からリボルバーを取り出す。
「不意打ちがありならこれもありだな。」
「卑怯者め!武士なら槍で戦えよ!」
「言い訳すんなって。まあ引き分けにしてやるよ。」
「まあいいさ、まだやるぞ!」
辰之助と俺の稽古は連日続いた。
稽古の後の風呂はとても気持ちが良く、そのあとの寧々さんの濃い味付けの料理は最高だった。
しばらくすると俺も寧々さんのことを母上様と呼ぶようになっていた。
そして春、俺は母上に呼ばれた。
「もうすぐ藤吉郎様が帰ってくる。でもあんたは10になるまでここに居なさい。」
「よろしいのですか?人質の私がここまでして頂いて?」
「構わんのよ。あたしらには子供がいなかったからどんな子でも気にしないの。あんたもここに居たいんでしょ?」
見抜かれてたか……。
正直言うとこれから荒れるであろう長宗我部家に今は戻りたくない。
「はい、ここにいとうございます。」
「それじゃあ大人になるまでここに住みな。」
こうして正式に俺は大坂で暮らすことになった。