4 人質
天正13年、俺は数えて6歳になった。
つい二ヶ月前に父上は念願の四国統一を果たしたが以前より対立していた羽柴秀吉は父上に伊予と讃岐の返還を命令した。
父上は阿波と讃岐の返還を提案したが伊予を毛利家に与えたい秀吉と結局噛み合わず10万の兵の前に父上は降伏した。
で、俺は父上に呼び出された。
まあ大体呼び出された理由はわかる。
「千王丸、此度はお主に謝らねばならない。」
父上が頭を下げる。
「秀吉への人質でござりましょう。覚悟は出来ております。」
「うむ。お主は誠に物分りが良いのう。まだ幼いお主には辛いかもしれぬがこれもお家のためじゃ。半右衛門らはつける故我慢してくれ。」
まあ確かに土佐を離れるのは辛いがむしろ東軍諸侯とコネを作るチャンスだ。
それに兄上が死んで落ち込む親父を見なくていいのもありがたい。
てなわけで俺は土佐を離れることになった。
盛親以外の兄上や福は泣きながら見送ってくれた。
ちなみに盛親は来てくれさえしなかった。
とりあえず秀吉に謁見するために俺は父上と家老の谷忠澄、福留隼人、桑名吉成らを連れて摂津大坂城にやって来た。
「長宗我部殿ですな。蜂須賀修理大夫でござる。」
そう言って俺たちを大柄なおっさんが出迎えた。
こいつが蜂須賀小六か。
「蜂須賀様、わざわざお出迎えいただき恐悦至極に存じまする。」
父上が深々と頭を下げる。
おいおい、元だとしても100万石の大大名が敵対した大名の家臣に様付けなんて……。
「蜂須賀様などとお止めくだされ。長宗我部殿は西国一の弓取りと言われたお方。恐れ多きことでござる。さあ、殿下もお待ちです。」
小六に案内され俺たちは大坂城の本丸に通された。
脇にはズラっと秀吉の家臣が並んでる。
右の優しそうなのが秀長で左の狐目の若いのが秀次かな?
大体肖像画に似てるな。
「殿下の御成である!」
そう言って石田三成っぽい奴が大声をあげると皆頭を下げた。
俺も親父に続いて頭を下げる。
「ほう、そなたが長宗我部か。」
そう言って猿の顔をした猿みたいな奴がやって来た。
ああ、秀吉か。
「小六つぁんの言ってた通り大人しそうじゃのう。ワシに刃を向けたとは思えぬわ。はっはっはっ。」
下品な笑い方だ。
現代の俺も大概だが。
「殿下、ご沙汰を。」
「まあ早まるな権兵衛。お主は思うところがあるじゃろうが小六どんと約束したからのう。して隣の童はなんじゃ?」
「それがしの五男、千王丸にございます。」
「長宗我部宮内少輔が5男、千王丸でございます。」
父上に紹介されると俺は秀吉に挨拶した。
「ほぉ、賢そうな子じゃ。人質はそいつか?」
「左様でございます。」
「つまりワシに逆らう気は無いのじゃな。あれを用意せい!」
秀吉はニヤッと笑うと三成らしき男に襖を開けさせた。
そこには真っ黒な立派な馬が立っていた。
内記黒かな?
「わしでもなかなか手に入らぬ名馬じゃ!これをお主にやろう!」
秀吉の懐の大きさに父上は感動しているようだ。
「有り難き幸せにございます。これよりはこの宮内少輔、殿下のためいかなる戦も先陣を切りましょう!」
んで、兄上死ぬんだけどね……。
「おお、よう言うた!そなたが味方であることほど心強いことはない!期待しておるぞ。」
「お待ちくだされ。長宗我部は幾度となく我らに刃を向けた男。誠によろしいのですか?」
「黙れ権兵衛。それはお主の不手際ではないか!」
秀吉が口答えした男に怒鳴る。
ああ、こいつが仙石か。
「そいじゃ、その童は小一郎に預ける。安心せい。小一郎は子供好きじゃ。」
俺が秀長の方を見て会釈すると秀長は笑顔で会釈してくれた。
なんていい人なんだ。
会見の後、俺は父上に別れを告げて秀長の元へ向かった。
これからは秀長様と呼ぶべきかな。
「千王丸殿、遠路はるばる疲れたであろう。数日は大坂にてゆっくりすると良い。」
秀長様の個室に通された俺に秀長様は笑顔で語り掛ける。
「お心遣い感謝致しまする。されど宰相様のお手を煩わす訳にはいきませぬ。」
「いやいや気にせんで良い。土佐は僻地と聞いておる故、畿内に慣れるのにも時がかかるであろう。それよりも腹は減っておらぬか?高虎よ菓子を持ってまいれ。」
そう言って秀長様は隣に控える傷だらけの大男に命じる。
そう言うとおそらく藤堂高虎は部屋を出て行った。
「ではお言葉に甘えさせていただきます。」
俺は藤堂殿が持ってきてくれた餅をひとくち食べた。
「う、美味い!」
思わずその言葉が出てしまった。
頬がとろけるような美味さだ……。
「以前世話になった茶店の餅でござる。殿もお気に入りなのじゃ。」
「美味いようなら何よりじゃ。これよりはこの高虎が面倒を見るゆえ不自由があればこの者に申すが良い。」
「格別な待遇、かたじけのうございます。」
「親元を離れ大変でしょうがしばしご辛抱なされよ。」
秀長様は笑顔でそう言うと部屋を出て行かれた。
「では千王丸殿はしばらくワシの屋敷にて過ごされよ。3日後に紀伊のわしの所領に向かうぞ。」
3日後、紀伊の猿岡山城に連れられた俺は城にて藤堂家からの歓迎を受けた。
出された料理は少量ながらも豪華なものばかりでどれを食べようか迷ってしまう。
「紹介しておこう。ワシの甥の仁右衛門じゃ。お主より3つ上じゃが仲良くしてやってくれ。」
そう言って高虎が少年を紹介する。
む、高虎の甥ってことは盛親に討ち取られる高刑か?
「仁右衛門でござる。どうぞ良しなに。」
「よろしくお頼み申す。」
俺も箸を置いて挨拶する。
いやぁそれにしてもこんなところであいつに殺される藤堂の家臣に出会うとは奇遇だな。
「西国一の弓取と言われた宮内少輔殿のご子息と聞きお会い出来るのを楽しみにしておりました。いつかお手合わせ願いたい。」
「はっはっはっ。仁右衛門は中々血気盛んじゃのう。千王丸殿もよろしいか?」
「はい、畿内に来てから体が訛っておった故是非ともお手合わせして頂きたい。」
そんな訳で俺に畿内で初めての友達?ができた。