20 さらば父よ
学校って行く前はめっちゃだるいけど行ったら楽しいけど帰る時は幸せですよね。
慶長3年の夏、秀吉が病死した。
いや、正確には公表されていないがまあ死んだ時期は知ってたし噂を聞いていたら分かる。
それを機に朝鮮に渡海していた全軍の撤退が始まった。
俺自身はそれなりに淡路で軍備を整えて政治抗争に参加させてもらうために大坂に戻っていた。
大坂について2日もすると秀忠が家臣と共に尋ねてきた。
「日本水軍の英雄の屋敷はここかな?」
「皮肉を言いに来るよりやることがあるんじゃないのか?」
「何を言う、労いの会を開くために酒まで持ってきてやったのに。」
「いいね、ちょうどお前と話がしたかった。」
俺は秀忠とその家臣を招き入れた。
「そっちの者は誰だ?」
「申し遅れました、榊原式部太夫でござる。」
「おお、お主が名高き榊原康政殿か。1度お会いしてみたかった。」
榊原康政は個人的に徳川四天王で1番好きなので会えて嬉しい。
「さて、わざわざ徳川権中納言様がお越しとはよっぽどの事なのでしょうな。」
俺は酒を注いでもらいながら聞く。
「父上がお主に官位を与えたいそうだ。侍従への任官だ。どうだ、悪くない話だろ?」
「そんなものを貰わなくても初めから俺は内府殿に味方するつもりだよ。16年前の同盟を忘れてはいない。」
「だが太閤殿下とは親しくしていただろ?」
「太閤殿下と長宗我部の縁は15年前からだ。それに恩義よりも俺は大局を取る。」
「ほう、変わった男だな。何が欲しい?」
「それはまだ考えてないな。ともかく政治の話より俺の活躍を聞きたくないか?」
「ああ、そりゃ良いね。」
その日は夜まで俺の自慢話をした。
途中で秀忠は飽きてしまったが榊原の方がずっと聞いていて俺も榊原から小牧長久手や姉川の話を聞かせてもらい特に実りのある時間だった。
すっかり俺は榊原と意気投合した。
「とても楽しい時間でした。今度は平八郎や直政も連れて参ります。」
「ああ、是非とも。」
そう言って俺は2人を見送った。
その次の週には清正や長政が帰国し宴が行われた。
ココ最近宴ばかり参加しているのは気の所為だろう。
しかしみんな三成や小西行長の悪口ばかりであんまり楽しくは無かった。
そして次の日は俺の屋敷に藤堂殿を招いた。
労いの意味もあるが今後の立ち回りについて相談するためである。
「大坂の大納言(前田利家)と伏見の内府の対立が深まってきています。藤堂殿はどのように立ち回られますか?」
「大納言は確かに太閤殿下の信頼が厚く槍働きなら天下無双の兵であろう。されど大軍率いる将としての能力は未知数じゃ。」
「やはりそうですか。格も実力も内府の方が圧倒的に上ですね。」
「うむ、そもそもあくまで信長や太閤殿下に従い所領を得た大納言と今川の家臣から130万石を得た内府とでは比べ物にならん。」
「ではやはり内府に従うのが得策ということですね。問題は毛利、上杉あたりでしょうか。」
「毛利も所詮は小早川隆景がいたから成り立っていたもの、上杉に関しては石高だけであとは論外じゃ。」
藤堂殿って意外とズバズバ言うなぁ。
まあ同意見だけど。
「ではどれだけ子飼い衆を抱き込めるかですな。」
「うむ、ともかく気を伺って徳川殿の屋敷に共に行こうではないか。」
そしてそのチャンスはすぐにやってきた。
家康が伊達政宗たちと私的に婚姻関係を結ぼうとしそれを利家や三成が追求しようとしたのだ。
一触即発の状態となったこの事件の際に俺は藤堂殿と共に真っ先に家康の屋敷に駆けつけた。
「これは佐州殿に淡路殿、わざわざ馳せ参じていただきかたじけない。」
家康は俺たちの手を握り感謝の言葉を述べた。
「この長宗我部と内府殿とは14年前に共に戦おうとした言わば戦友でござる。友の危機に駆けつけない男がどこにいるでしょうか。」
こんなくさいセリフを言ってるがこれが家康とは初対面である。
「おお、それは頼もしい。ところで本家の当主の盛親殿は?」
げっ……
「いやぁ、兄上はまだ当主と決まってはおりませぬし父上はもうお歳なので……。」
「そうか、近々宮内少輔殿にもお会いしたいと考えています。その時は貴殿も共に来ていただけるかな?」
「是非ともご一緒させて頂きたい。」
その後家康の屋敷には伊達政宗や正則らも集まったが戦を避けるために家康側が和議を呼びかけ事態は一応の解決を見た。
そして数日後、俺は家康と共に父上の屋敷を訪問した。
「これは内府殿、わざわざよう起こしくださった。千王丸も淡路を与えられてより一層大人の顔になったな。」
父上に案内されて俺達は大広間に通された。
「土佐の味付けなのでかなり濃いがよろしいかな?」
「三河もかなり濃いですからむしろありがたいくらいです。」
家康は美味しそうに飯を食べた。
俺も久しぶりの地元の味に泣きそうになりながら飯をかきこんだ。
「で、内府がわざわざお越しとは何事かな。」
「今後の事でござる。」
それを聞いた途端父上は全てを読み取ったようだ。
「申し訳ないが信親の亡き今、私は中央のことに関わりたくない。それに千熊丸は奉行衆と親しく先の騒動でも大納言の元に駆けつけた。もうお分かりであるな?」
「長宗我部は豊臣と共に立つということですな。」
「少なくとも千熊丸はそうするでしょう。されどそこにいる千王丸は違います。中納言殿とも親しくしているのだろ?」
父上が俺に聞く。
「ええ、まぁ。」
「ならお前は内府殿に尽くせ。それで宜しいかな?」
「ええ、戦上手の淡路殿なら頼もしい限りです。では私はそろそろ。」
家康は挨拶すると帰っていった。
「父上……先程のことは。」
2人きりになると父上が話し始めた。
「40年前、初めて戦場に立ち15年で土佐を統一した。その後10年かけて四国を手に入れ3ヶ月で殿下に奪われた。そしてその後信親も親茂も隼人も失い親泰も死んだ。もはやわしの夢は途絶えた。」
「……」
俺は黙って父上の話を聞く。
「自分の引き際くらい、いくら衰えても分かっておる。天下をとは言わぬ。せめて四国を取り返してこい。それまで戻って来るなよ!」
「父上!」
「今上の別れじゃ。例え千熊丸と争うことになっても長宗我部の名は残すのじゃ。」
「ははっ!」
俺は泣きながら答えた。
この後俺は最も尊敬していた武将、長宗我部元親と再会することは無かった。
ともかく時代は関ヶ原に向かって着々と進み始めていた。