第一話 最弱のモルモット
おそらく僕はこの世界で一番弱い人間だろう。
生まれた時から右目の視力はなく、右腕もない状態で生まれてきた。
それだけならまだマシで重い心臓病と、この世界では必要な魔力がゼロというとてもこの世界を生きていけない僕の名はカイリ。
伯爵家の三男として生まれてきたおかげで五年間、兄弟からのいじめ、屋敷の使用人からの嫌み、影口を言われながらも生かされてきたけど、今日正式に屋敷から追い出される事が決定した。
第二夫人の実の母親だけは僕を庇ってくれたが、実の父親であるグライン伯爵と伯爵の第一夫人は馬車に僕が入れられるまでゴミでも見るような目で見てた。
馬車が走り始めるとともに母親の泣き叫ぶ声が後ろから聞こえた。
付き人は、馬車を走らせている者と僕が逃げ出さないように馬車の中に一人だけ。
それでも僕は逃げれない。だって最弱だから。
夕方になる頃には人の気配がない山の中に到着した。
馬車が止まると馬車の中にいた付き人が僕を乱暴に地面に叩きつける。
「ぐっはっ!?」
叩きつけられた衝撃でまともに呼吸が出来ない。
その間に馬車は来た道を戻っていく。
呼吸が戻った頃には馬車の姿は見えなくなっており、日も沈み山の中は暗くなってきた。
ヤバいヤバい、このまま山に居ては魔物に襲われてしまう。
懸命に山を降りようとするけど、完全に迷ってしまった。
そして周囲から見られてるのを感じる。
魔物だ! 早くその場から逃げようとするけれど、心臓から激痛が起きてその場から動けなくなった。
僕が弱っているのを見越したのか茂みから数頭のオオカミみたいなのが出てきた。
しばらく僕の周囲をぐるぐる周り、僕に戦う力がないのをわかったのか、数頭のオオカミ達が一気に僕に噛みついてきた。
「ぐわぁぁぁあっ!! 痛い痛い痛いっ! 噛みつくなぁ!!」
どんなに叫んでもオオカミ達は噛みつくのを止めない。
ゴリゴリと骨が噛まれているのをダイレクトに感じる。
自分の血の臭いと足や左腕、腹を生きながら食われている状況が気持ち悪くて吐く。
それでも目の前の肉に夢中になっているオオカミ達は気にもしない。
こんな時に限って僕の心臓は壊れない。壊れてくれたなら早くこの地獄から解放されるのに。
……でも僕は死にたくなんかない。何で僕だけがこんな理不尽を受けねばならない。
自分の肉や骨を噛られながらふつふつとマグマの様な怒りが沸き始める。
「本当に神などいるならばこの理不尽をどうにかしろっ!! 僕はまだ死にたくない! 神が本当にいる筈ならばどうか助けろーっ!!」
最後の力を振り絞って、血反吐を吐きながら神に懇願し、意識が薄れていく中「よろしい、助けてあげましょう」と声が聞こえた。
◆◆◆
目から覚めると夢だったのかと安心するのも束の間、僕の体は胸から下がぐちゃぐちゃになっており、体を動かす事も出来ない。だというのに痛みを全く感じない。
知らない部屋で不思議に思っていると、ドアから眼鏡をかけた白衣の男が現れた。
「どうやら目が覚めたみたいだね」
この声は気を失う前に聞いた声だ。その現れた男性に今がどういう状況かを尋ねたいけど、声が出ない。
「君に投与した痛み止めで体の痛みを押さえているのだけれど、副作用で声は出せないよ。今の君が出来るのはまばたきぐらいかな。ではっきり言うと君の命はあと一時間あるかどうか。でも僕は助けると約束したからね、約束は守るよ右側を見てごらん」
首は動かせないので必死に目を右側に向けると、そこに透明な大きな筒の中に入った右腕と右目がない僕と、右目も右腕もある僕がいた。
「どうだい驚いただろう。君をコールドスリープさせている二週間の間に君の遺伝子を採取して、元々の心臓病で魔力がなくて右目と右腕がないありのままの君のホムンクルスと、丈夫な心臓を持ち、魔力もあって、右目と右腕があるどこにも疾患のない君のホムンクルスを作ったんだ。君に三つの選択を選ばせてあげる。一つ目は何もしないままその状態で死を待つ。二つ目はありのままの君のホムンクルスに今の君の頭を首を切ってくっつける。僕は超一流の医者だから百パーセント成功する。三つ目は何の疾患もない僕が遺伝子情報を弄った君のホムンクルスに今の君の頭を首を切ってくっつける事。これは僕が遺伝子情報を無理矢理変えているから今の君の頭をくっつけると拒否反応を起こす可能性がある。手術の成功率は五十パーセントしかない。一つ目の案を受けるならまばたき一回。二つ目の案を受けるならまばたき二回。三つ目の案を受けるならまばたき三回だ。さぁどれを選ぶ」
白衣の男の提案。
まず一つ目は死にたくないから選択しない。
悩むのは二つ目と三つ目だ。
確実に生きれるのは二つ目。だけど、それは前の最弱だった僕と何も変わらない。
三つ目は半分の確率で死ぬ。でも生き残れれば僕が欲しかった健康で魔力のある体が手に入る。
……元々オオカミに教われた時に死んでいたんだ。
なら選択は一つしかない。
僕はまばたきを三回した。
白衣の男はニヤリと笑うと僕の口にハンカチを当てる。
すると眠気がやってきた。
目が覚める。辺りを見ると先程居た部屋と違う部屋みたいだ。
だけど体を見ると右腕があるし、視覚も左目だけでなく右目にも感じる。
体を動かそうとしたけれど上手く力が入らずベッドから起き上がれない。
体を必死に動かそうと力を入れていると、先程の白衣の男が入ってくる。
「おぉ、目が覚めたみたいだねぇ。君が眠っている間の三日間、拒否反応はなかったみたいだけど一応確認させてもらうね」
近づいてきた白衣の男は僕の右手をつねる。
「い、痛っ!? 」
「おぉ~、痛みがあるという事は神経は見事繋がっているという事だ。おめでとう実験体君。君は見事に実験に成功した」
「じっ、実験? どういう事ですか?」
「本当の事を言うと手術の成功確率は三割もなかった。色んな魔物でも実験したんだけどほとんど成功しなくてねぇ。本当に君が成功してくれて嬉しいよ実験体君」
「なっ!? 騙したんですか!?」
「だって本当の事を言えば賛同してくれなかったかもしれないだろう? でも結果的に成功したんだから良かったじゃないか実験体君?」
「僕は実験体なんかじゃない。カイリというちゃんとした名前があります!!」
騙していた白衣の男に向かって一発でも殴りたかったけど、体はちょっとベッドから浮くだけで自由に動かせない。
「殴りたくても殴れないでしょモル、カイリ君。神経が繋がったばかりだし、ホムンクルスの体にはまだ筋力がない。リハビリを一年間頑張れば普通の子供の様に動ける様になるよ。それと僕の名前はパドリッド。人々からは神の使徒第十席――ドクターパドリッドと呼ばれているよ」
か、神の使徒だって!? この世界において唯一神と対話でき、使徒の証である聖痕を持つ絶対強者の十二人。それが神の使徒だ。
本来僕がまともに喋っていい相手じゃない。
「か、神の使徒様とは知らず失礼しましたっ!」
「いいよいいよ、そんなに畏まらなくても。僕はそういうお堅いのが苦手でねぇ。普通に喋っていいよ。呼び方も好きに言ってもいいし」
「それでは先生、この度は命を助けてもらってありがとうございました」
「モル、カイリ君は実に幸運だったよ。たまたま実験体に必要な魔物を探していたら、ブラックウルフに喰われてるんだもん。本当に幸運だったよ僕にとってもね。どうせ行くところなんてないだろうし、体が自由に動かせるようになるまではここで暮らしていいよ」
「何から何までありがとうございます。早く自由に動けるように頑張ります!」
「うんうん、頑張ってね。その方が観察しやすいし」
「今何か言いました?」
「たいした事は言ってないから気にしないでリハビリに励んでね」
「はい、頑張ります!!」
多少変な人だけど命の恩人で神の使徒様だ。期待に添えるように頑張らないと!!
正直、リハビリはきつかった。最初のうちは指を動かすのもきつかったけど、先生が用意してくれたリハビリメニューのおかげで、三ヶ月はかかったけど初めて全力で走れるようになった。
「う~む、実に素晴らしいねカイリ君は。本来はリハビリには一年かかるだろうと思っていたんだが、君は面白いねぇカイリ君」
僕の何が面白いのかわからないけど、日課になった筋トレを始める。
「君は何でそんなに体を強くする事に貪欲なんだい?」
「僕は最弱でした。一人では生きていけない程の。だからこそ力に憧れます。強さがあればどんな理不尽でも覆させられるでしょ? だからこそ力が欲しいんです!!」
するとパドリッド先生は何が面白かったのか爆笑した。
「アーハッハッハァ! カイリ君は本当に面白いね、決めたよ、君は実の親に捨てられた訳だし、このパドリッドが君の親代わりになろう」
「本当ですか?」
「もちろん本当さ。君は面白い可能性を秘めているからね。研究者として君を観察させて欲しいのさ」
「パドリッド先生の期待に応える為にも先生が作ってくれた筋トレメニューをしっかりとこなしていきます!」
「ああ、頑張ってね。体を壊さないように作ったつもりだから安心して体を鍛えてね」
「はい、頑張ります!!」
◆◆◆
――神の使徒第十席ドクターパドリッド視点
体を壊さないように筋トレメニューを作ったつもりだが、かなり厳しめで作っている。
それなのに普通の人間が一日でも逃げ出しそうなメニューを彼は一ヶ月も続けている。
この子はもしかしたらと思う程に頑張っている。
僕はこの世界で最強と言われている十二使徒だけど、僕は戦闘向きの人間じゃない為、武術や魔術を教える事ができない。
出来る事といえば医師の立場で作った、体が壊れない為の土台を作る事だけだ。
それでも僕のモルモット――カイリは一ヶ月も弱音を吐かずに筋トレメニューをひたすら頑張った。
僕はこの世界で最弱だったカイリを最強にしてみたいと思ってしまった。
ならば実行あるのみ。戦闘の得意な十二使徒を魔導通信機で呼び出す。
「お前が呼び出すなんて珍しいなぁパドリッドよぉ。俺はよぉ今修行中で忙しいんだよぉ」
「あなたが修行してるのなんて毎日じゃない」
「げぇ、何でお前がここにいるんだぁ、魔法オタクゥ」
「あなたと一緒でそこの変態ドクターに呼ばれたからよ」
「変態は酷いなぁニコラ。でも来てくれて嬉しいよ二人共」
「で? この戦闘馬鹿と私を呼んだ理由は何? 下らない理由ならぶっ飛ばすわよ?」
「誰が戦闘馬鹿だとぉ! 今すぐお前との因縁を晴らしてもいいんだぞぉ!!」
「すぐに戦って決着つけようとするそこんとこが戦闘馬鹿って言うのよ! でもここであんたを消すのも良いかもね!」
やっぱりこの二人を同時に呼ぶのはまずかったかな?
でも僕の可愛いモルモット君にはこの二人の力が必要だ。
「おっと、僕の研究室で暴れるのは勘弁してくれよ? ここには貴重な実験サンプルがたくさんあるんだから」
せっかく山の中に作った研究所なんだ壊されるのは勘弁して欲しい。
「それなら早く用件を言いなさいよ! 私は暇なあんた達と違って一国の宮廷魔導師長を勤めてるんだから」
「暇なは余計だがぁ、引きこもりのお前がわざわざ俺達を呼んだ理由を俺も聞きてぇぇなぁ?」
「なに、面白い子供を拾ってね。君達にも教育を手伝って欲しくて呼んだんだ」
「はぁ? 俺に子守りをしろってかぁ? この神の使徒第五席であるブロッド·オーガスタによぉ!」
「この戦闘馬鹿と同意見になるのは癪だけど、神の使徒二人を呼びつけておいて子守りをしろですって? さっきも言ったけど私は忙しいのよ。それでも子守りをさせようと言うの?」
「ああ、わかっているさ。神の使徒第七席――『賢者』のニコラ·ヴェスタ。でも気まぐれに拾ったモルモットが実に興味深い子供でね。ニコラ、君だけじゃなく神の使徒第五席――『拳聖』のブロッド·オーガスタを呼ぶ程にね」
彼――カイリとの出会いから今までの経緯を二人に話す。
「なるほどね、それが本当の話なら五歳児の精神力じゃないわねその子。今もあんたが作ったこの紙に書かれている筋トレメニューをしてるのよね?」
「ああ、大人でも逃げ出すだろう筋トレメニューをあの子は一ヶ月も続けている。素晴らしいだろう?」
「ほう、底辺の子供の精神力じゃあねぇなぁ。ただの子守りだと思っていたがぁ、面白そうじゃねぇかぁ」
二人とも少し興味を持ってくれたのでモルモット君に会わせる事にする。
山の頂上に作った家に向かうと、モルモット君は朝の百リットルの水汲みを終えて、今は薪割りをしていた。
読んで頂きありがとうございました。