暴力衝動と平和主義者2
ストックなしで思い付きのまま書いています。
かなり、不定期更新にはなりますがよろしくお願いします。
あたしは魔王だ。
正確に言うと一方的に魔王という役職に就けられた不憫な女でもある。
なぜなら、いきなり異世界侵攻というものが始まって、なぜかその盟主に選ばれた私はどうしたらいいのだろうか?
もっと正確に言うと先代はいた。
あたしよりも遥かに強くて、カリスマだってばっちりだった。
あたしの言語能力が低い時点で察してほしい。
そういうレベルなんだよあたしは・・・
でも、盟主に選ばれてしまった。
単純に血縁という意味で。
「あいつら頭おかしいんじゃないか?」
そもそも異世界侵攻すら頭のおかしい発想だった。たまたま、異世界へのゲートを見つけた? もっと正確に言うなら我々の世界に人間たちが異世界からの勇者召喚を始めたのだ。そのゲートを察知した上で逆召喚。勇者たちへの世界に我々がゲートを開くという愚行をかましたのだ。その行為は何の意味があったのだろう? 勇者の世界を壊したところで勇者はいなくならない。そして、勇者の家族を人質に取ろうにも誰が家族なのすらわからないのだ。この時点で我々魔族は迷走していた。
もっとも異世界侵攻の最初は良かった。我ら魔族の侵攻に勇者の世界達は戸惑った。
ワイパーンを飛ばして火を吐くだけで混乱の極みだった。
しかし、時間を置くと白と黒の鉄の塊が街を疾走し、そこから出てくる人間が正体不明の武器を撃ち放ってきたのだ。弓とは違う。しかし、弓以上の速度で我らを穿つ武器を放ってきた。
ワイパーンはともかく、それを操る騎士は正体不明の攻撃を受けると落馬した。その後に聞き取れない言語で人間が群がっていったのは忘れられない。
カクホーだったか? 意味は分からんが無事であってほしい。
人間の蛮族は首を切り取った上で掲げたりするしな。
思考がそれてしまった。
あたしが盟主の理由だ。
先代というか先ほどまでの魔王はアホだった。
まじでアホだった。
戦果に調子をよくしたのだろう。ワイパーンに乗ったまま人気のなくなった市街地を遊泳していた。その直後、アホの頭が弾け飛んだのだ。顎から上が無くなって、ワイパーンごと落下する。同時にワイパーンの頭部が消し飛んでいることも目視した。
あいつはアホだった。しかし、魔王だった。
遺体を回収しないわけにはいかない。
だからこそ、あたしは部下を引き連れて前進した。
灰色の石と黒い大地を踏みしめながら歩を進めていく。
あたしの後方には部下がいる。全員男だ。ドラゴニア二体にゴブリンとホフゴブリンがいる。総勢22人の精鋭だ。
残念ながら誰も武器は持っていない。異世界転移の時点で身に着けている衣服以外すべてのアイテムがなくなってしまったのだ。それ以外にも無くなった物はあるのだが、その検証まで済んでいない。
なんにせよあたしはたどり着いた。アホの死体の前に。
「遺体を回収して後方に回せ」
それ以外何もできないだろう。ワイパーンの死体はここで放置だ。本来なら糧食にもできるが解体する時間が惜しい。というか、この世界の戦闘者は正体が知れないから、さっさと逃げるに限る。
しかし、この国はどうなっているのだろう? 奇妙な武器を使うとはいえ住人に対して騎士の人数が少なすぎる。白と黒の鉄の塊が来たときは焦ったがそれも一時のことだったし、気が付けば途切れていた。
異世界も人員不足なのだろうか?
まあ、そんなことは我々ですら想像もつかないが様々な理由があるのだろう。
しかし、教えてほしい。
あたしは言われるがままにこの世界に来た。
だが、この世界の何を終わりにして我々は行動を終えるのだろう?
あたしは侵攻目的のスタートラインすら知らないのだ。
そして、侵攻目的を知っていた王様は死体になっている。
同時に思う。元の世界に帰りたい。
こんな場所に来たくなかった。
言われるがままに来てしまった自分が恨めしい。
そして、アホが死んでしまったからこそ、直系に近い自分が盟主と言われて、この軍団を引き連れているのだ。
ゴブリンとホフゴブリン数十匹。これがいなくなればあたしの身を守ってくれるものはいない。なおかつ、意思の疎通がほぼできない。ホフゴブリンは多少知能が高いから単語程度で話はできるけどゴブリンは無理だ。本能で生きている部分があるのであたしですら時々襲われかける。その場合は殺していたけど今はお仕置き程度で済ましている。
人を襲った。
行き場をなくしたような人たちだった。
同情はした。
でも、謝らなかった。
あたしたちだって生きるために何かが必要なのだ。
ゴブリンは人を食べる。女は犯す。
それだけだ。
あたしができたのは襲われた女性の首を刎ねるだけのことだった。
ゴブリンが何するの? という顔をしたので殴り飛ばした。
女性の尊厳くらい守りたいんだよ。
魔王というか盟主が何言っているのだと思われるかもしれないが、あたしはそういうことを否定したくない。
変わりに我らの配下を殺すなら容赦しないけどね。
道を歩く。ひび割れてはいるものの黒くて固い大地だ。石を敷き詰めているのだろう。文化の高さを感じさせてくれる。
異世界転移したからと言って、必ずしも自分の達の文化レベルが高いとも限らない。実際、勇者召喚をされた際には知識チートと呼ばれる現象が発生し、大小かかわらずの産業革命が発生するとも言われている。もっとも、我故郷はゾンビが大量発生してそれどころの騒ぎできなかったので比較のしようもなかったが。
この世界は文明レベルが高いらしい。少なくともあたしたちのいた世界と比べても果てしなく高水準だ。なぜなら、灰色の石で造られた建物にはガラスが惜しみなく使用されているからだ。それだけではない。石造りの道路が見渡す限りに敷き詰められているし、使用目的に沿って色分けまでされているのだ。
道路の橋などに止められた鉄の馬車などを見るからに、徒歩で歩く人間と馬車用の道を完全に分けているのだろう。それはどこまでも効率的であり機能的だ。もし、国に戻れるのならば政策の一環に加えてもいいかもしれない。
もっとも、戻れもしないだろうし、あの世界を正常化するにはあたしたち魔族の力だけでは無理だろう。
どれくらい歩いただろう? 少なくとも四半日は歩いている。
相変わらず石造りのジャングルは変わらない。時折生き残っていた人と遭遇するが、たいていは悲しい結果で終わってしまう。こちらとしても無益な戦いをしたいわけではないのだけれど、我々は生きなければならない。場合によっては食事だって必要だ。
ここが森であれば獣などを狩って食事とすることもできるのだが、残念ながらそうもいかない。
だから、食糧調達のためにドラゴニアを周回に飛ばした少し後にそれは現れた。
「・・・・・」
小柄な人族だった。といっても我々から見たら小柄なだけで人族からしたらそうではないのかもしれない。しかし、背中まで伸ばした黒髪と薄い体は女性体であることは間違いないだろう。
運がなかったとしか言うしかない。
今の我々は食糧を欲しているし、薄い体とはいえゴブリンたちからすればごちそうとしか言いようがないからだ。むろん、凌辱を許すつもりはないが食糧を見逃すつもりはないのだ。むろん、あたしは人の肉を口にするつもりはないが。それでも見逃すという選択肢が存在しない。
一方的に転移してきて勝手な話だが、あたしたちだって生きているのだ。
生きているからこそ、必要なものはあるし、手放すことが許されないものを捨てることはできない。
すまないね、少女。恨むならあたしを恨んでくれ。
その時、視界の向こうで黒髪の少女が斥候のゴブリンに押し倒されるのが見えた。場合によっては押し入らなければならない。そう思った時、ゴブリンの汚らしい悲鳴が上がった。
本来なら獲物の胸元にこすりつけられているはずの頭がのけぞっていた。
悲鳴を上げてのけぞる頭部に添えられるのは己の手の平。そしてもそこからあふれ出すのは赤黒い血液であり、
「どういうことだ?!」
この世界の人間は弱い。騎士たちは強かったかもしれないが、今まで見た村人は泣きわめき叫ぶだけで武器の携帯すらしていなかった。
なのに、ゴブリンは悲鳴を上げてのけぞり、その眼窩に突き立てられた指がそのままそれを地面に叩き付けた。その勢いが指先で眼底骨を砕き脳を破壊したのだろう。しばらく痙攣したのち、そのゴブリンはピクリとも動かなくなった。
しかし、ゴブリンに馬乗りになった少女は止まらなかった。
馬乗りになったまま拳を振り下ろす。振り下ろし、再び振り下ろした。
死体の損壊でしかない。なんでそんなことをする?
しかし、そんなことを言っても我々は同じ穴のムジナでしかない。むしろ、死体の損壊という意味では我々の方がひどい。ならば、彼女の行為を一概に責めることはできないだろう。
だが、あたしたちは死ぬわけにはいかない。だからこそ、目の前の少女を殺さなければいけない。いや、本当はそんなことしたくはないけれど、これは生存競争なのだ。ならば、あたしたちは覚悟を持たなければならない。
刹那、あたしは後悔した。
あれは、そんな生易しい存在じゃなかった。
最初のゴブリンが殺された瞬間に包囲陣形を組んで圧殺すべきだった。
ドラゴニアを呼び戻して空と大地の挟み撃ちにすべきだった。
やれる可能性はいくつもあった。しかし、その範囲を狭めたのはあたしの選択の結果だった。
その結果は人の形をした獣による一方的な蹂躙だった。
特に体格的に一回り以上巨大なホフゴブリンを一瞬で葬られた時は目を疑った。しかし、それはまぐれじゃない。黒い髪の下で揺れる赤い眼差しは常にあたしたちを捉えていた。逃がす気はない。そう言いたいのだろう。
まさか、こんなところで勇者ですらない化け物に会うとは思わなかった。
戦うならあたし以外は無駄死にになることが分かった。
だから、
『全員退却しろ!』
声にはしない。思考を周囲に伝える念話だ。こちらの言葉が理解できるとも思えないが、予防をしておくに越したことはない。
だからこそ、生き残りのゴブリンたちは示し合わすようにして散開して逃げ出した。
後はあたしがあれを食い止めればいい、そう思って振り返れば、
「さあ、お話を始めましょう♪」
同時に振り下ろされた拳に血の花が咲いた。
少女にまたがられたホフゴブリンの体は数度痙攣した後に動かなくなる。
当然だ。頭部を粉砕されて動ける生物がいるなら、それこそ人外でしかありえない。
そして、あの少女も人外なのだろう。
生身で魔族を屠ることができる時点でまともな存在じゃない。
大体お話をしようと言いながら頭蓋骨を粉砕するような奴がまともであるはずがない。
あたしたちは侵略者だ。そして、彼女たちは被害者でしかないはずだ。
なのに、そんな言葉ではくくれない何かを感じる。
現に赤い瞳の彼女は立ち上がりながら、その視線をあたしにだけ向けてくる。しかし、その視線に感情は感じられない。怒りも憎しみも悲しみすらない。むしろ、ただそこにある獲物に無機質な視線を向ける昆虫のようだった。
被害者はそんな目をしない。
つまり、彼女は被害者であるという自覚がないのだ。あたしたち侵略者はそれこそ羽虫のようにしか思っていないのだろうし、それ以上でも以下でもない。だから、たやすく命を奪うし、奪った後も感情を感じさせない。
そして、今その感情のない視線を受けるのはあたしだけだ。
この世界にどれだけの魔族が転移してきているかなんてわからない。だが、今のあたしはいやいやながらも彼らを率いて守らなければならない。集めて統率せねばならない。
だから、名乗りあげる。
「あたしの名前はクリムゾン! 魔王軍筆頭クリムゾン アーカイブである!」
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