天才少佐と魔法王女
アンクはミンガス島南東部に位置するアングル基地にいた。
「ミンガス王国……思ったよりも進んでいる国だな…」
アンクは1人呟いた。マニシピオ大陸とデセスペラ小大陸の間に位置する面積約12.7万km²・人口260万人の島、ミンガス島に位置する第128管区、いやミンガス王国はアル・ファシルと対峙し幾たびもの軍事衝突が起きている地域であるが故に中央政府の機関が少なく、さらに中央からの支援が他地域に比べ非常に低い事から地理的位置と相まって《最果ての地》と呼ばれる。
「中々悪くない所ではあるな」
しかしいざ駐留部隊の指揮官として赴任し、寸暇を利用して王国内の各地を副官のコールスと回ってみたが、さすがに連邦首都たるオムルスほどの活気はないが、住民は精気にあふれ、幸せそうな光景が見て取れた。
往々にして中央の貴族や役人にとっては《ミンガス派遣命令》は左遷の片道切符だと言われている。軍人以外は。と言うのもミンガスは四種族最強だと言われている天族の国アル・ファシルの最強軍隊と対峙し、兵士であるならばその戦闘力が、指揮官であるならばその戦闘指揮能力が連邦軍の中央参謀本部の規定で《特に優秀である》と認められた者しかこの島の駐留部隊、陸軍であるならば第687特殊即応打撃群や第234特殊急襲海兵団、海軍ならば第172海上国境防衛艦隊、空軍ならば第457機動即応航空団の隊員になることが許されないからだ。
「少佐、お時間です」
いつの間にか傍らに来ていたコールスがアンクに小さく告げる。
「そうだったな……ところで連中の動きはどうだ?」
「依然動きはありません。暫くは地下活動を続けるのではかと」
アンクは頷いた。ミンガスでは反乱因子の動きを警戒しておけ――赴任の日に父、オムルス六伯の1人に数えられるアーガルス・ローウェン連邦公爵兼カムス行政省長官がアンクに言った言葉だ。
「それと少佐、1人来客が」
「来客?誰だ」
「もうじき来られると思いますが」
コンコン!
「と言ってたら来られたようですね」
アンクがコーラスに頷くと、彼が執務室のドアを開ける。そこには、銀色の髪を肩まで伸ばした1人の女性、いや少女が立っていた。年はアンクとあまり変わらないか。
「アンク少佐、彼女は第687特殊即応打撃群魔法科遊撃中隊中隊長のユニア・ウェンス連邦陸軍大尉です。………ウェンス王家の第2王女にして、ミンガス王立の魔術研究所の所長も務めてます」
魔法科部隊。元々人族は魔法を操る手段を持たなかったが、幾たびものアル・ファシル軍の侵攻を受ける内に彼らの機動兵器である竜騎兵隊に対抗するための手段としてここミンガスで魔術の研究を始め、50年近い年月を掛けてミンガス島に初の魔法科部隊が実戦配備された。そして配備の翌年のアル・ファシル軍約5万の大規模侵攻作戦の際にすでに実戦用に各所に配備されていた魔法科部隊計4000を竜騎兵隊1万と会敵させたところ、なんと魔法科部隊が竜騎兵隊を圧倒し、魔法科部隊側の死者423名に対して竜騎兵隊側の損害は約6000名という大戦果を挙げた。さらに歩兵部隊と協力し各地でアル・ファシル軍を撃破し、魔法科部隊単独でアル・ファシル軍に2万名近い損害を与え、アル・ファシル軍を完全勝利した。それから各地で魔法科部隊の配備が進み、現在では連邦陸軍全部隊の内28%が魔法科部隊もしくはそれに準ずる部隊となっている。
「この度第687特殊即応打撃群に配属されたユニア・ウェンス大尉であります。アンク少佐の名はかねがねお聞きしていました」
アンクはそこで気付いた。なぜ一国の王女が地方軍隊、此処で言えばミンガス王国軍ならまだしも連邦軍に入るんだ?しかも10代で。
「大尉、1つだけ質問させていただこう。なぜ君は連邦軍に入ったのだ?君はこの国の王女、わざわざ軍隊に入る必要はないと私は思うが」
「それは私が第2王女であるからです」
「ん?どういうことだ」
「我がウェンス王家では王位継承権が第1王女もしくは第1王子にしか存在しません。故に第2王女や第2王子以下の王子や王女は国家機関の長になるか王国軍に入って司令官となるかあるいは、連邦軍に入るかという選択しか存在しないのです」
王位継承権が第1王子及び王女にしか存在しない、か。
「と、言うのも、この国では今から100年前に王位継承を巡って内戦がおこったのです。私の祖父の祖父であるウェンス1世が王位を第2王子のアースルに与えようとしたところ、第1王子のクツィアが自派の貴族や軍隊を率いて反乱を起こしたのです。国王とアースル王子はクツィア王子派の攻撃に耐えられずに隣国であるミンプスカ公国に脱出し連邦軍に助けを求めました。要請にこたえた連邦軍は3個師団をミンガスに派遣しました。連邦軍はクツィア王子派を攻撃し、これを破りました。そのあとミンガス島は連邦軍に支援されたアールス王子率いる国軍が掌握しました……が、この事件を機に連邦からの支援は極端に減り、《最果ての地》と呼ばれるようになってしました。そのため、この国では第1王子や王女のみが王位継承権を有すのです」
「しかし、なぜ連邦軍に?王国軍の司令官の方が待遇が良いはずだが」
アンクの問いかけにユニアは一瞬思い詰めるような表情を見せたが、すぐに顔を上げ言った。
「国民のために、です」
「ほう?」
アンクは訊き返した。国民のため、とは変わった王女様だ。
「私はこの国の事が好きです。王家も国民も、もちろん此処に駐屯している連邦軍の軍人の皆さんも。だから、私はこの国を守りたい。後ろで指揮するんじゃなくて、前線で戦う兵士としてこの国を守りたい。そう思って、父上……ウェンス国王に連邦軍への加入を嘆願しました。しかし、私は戦いとは無縁の王族の身、銃を執って戦うことなどできません。だから、魔法兵として入隊しました」
「なるほど、なかなか度胸のある王女様のようで。それではこれからよろしく、ユニア大尉」
「こちらこそよろしくお願いします、アンク少佐」
「コールス少尉、これからオーウェン城で王国軍との打ち合わせだったな?」
アンクは傍らのコールスに聞いた。
「ええ、1時間後に」
「そうか……彼女も一緒に来てもらおう。いいかな、ユニア大尉?」
「ええ、アンク少佐」
フランは軽く頷いた。
「では、行くぞコールス少尉、ユニア大尉」
アンクは2人の部下を連れ、執務室のドアを開けた。