1章 あかね、クッキング部に入部してしまう No.2
その日の放課後。
「じゃあまた明日ねー!」
「うん、部活頑張って」
そう言って夏帆ちゃんを見送った後、私は廊下が騒がしくなっているのに気がついた。女の子達がキャーキャー言う声も聞こえる。私は教室のドアの方を見た。
そこにいたのはとんでもなく長身で、切れ長の目にシャープなあごのライン、体型は俗にいう細マッチョな感じのイケメン。でも、制服は女の制服。
じゃあ女の子?え、でもこんなにイケメンなのに?
「転校生のあかねちゃんって子いるかな?」
声もかなりハスキーなイケメンボイス。って、あれ?
「え、私ですか?」
「これを君に」
彼……じゃなくて彼女が名刺のようなものを差し出してくれた。そこには「クッキング部」と「西棟1階家庭科教室」という二つがシンプルに書かれている。
「クッキング部……?」
「うちの学校にはそういうのがあってね。私はたまにしか顔を出さないけどこれでも一応部員でさ。よかったら君もどうかな?と思って」
へぇ、そんな部活があるんだ……。ちょっと興味あるかも。
「ま、気が向いたら行ってみて。じゃあまたね」
そういって彼は軽く手を振って去って行った。あ、違う、彼女だ。
次の日、私は昨日おきたことを、夏帆ちゃんに話した。
「それ、Sクラスの楓様じゃない!?いいな~!」
「え、Sクラスって特進クラスだよね?」
「そう、しかも楓様はその中でも成績はトップ5って噂」
「すごい……!」
「しかも楓様って弓道部なんだけど、次期部長って噂されてるくらいの実力の持ち主!」
私は思いきって聞いてみた。
「……女だよね……?」
「そう思っちゃうよね!?」
興奮でなのか、思わず声を張り上げる夏帆ちゃん。
「あんなにカッコいいのに、あんなに紳士なのに、女なんだよ!おかげで女子から大人気。男子も憧れてる人多いんだって。」
なるほど、だから楓“様”なんだ……。
「ほんと、楓様はみんなのアイドル。ジャ○ーズみたいなもんだから。いや、それを超えてるかも」
「たしかにすごく素敵な、カッコいい人だった……!」
「で、何を言われたの?」
「これを渡されたんだけど……」
私はポケットから昨日もらった名刺を出して見せた。
「よかったら入ってくれって言われて。」
しばらく夏帆ちゃんは黙って真剣にそれを見ていた。そしてようやく静かな声で喋りはじめた。
「この春乃宵高校ではね、密かにクッキング部のことをこう呼ぶ人たちがいるの。『最狂クッキング部』」
「さいきょう……クッキング部?」
「そう。さいきょうのきょうは狂ってるっていう漢字をあてるの」
「え……なんで?」
夏帆ちゃんは真面目な顔で私を真剣に見つめて重々しい口調で続ける。
「『最狂クッキング部』そう呼ばれるのにはわけがある。一つは信じられないくらいの部員たちの料理の腕前。そしてもう一つは……信じられないくらいの部員たちの変人さ。」
「変人さ……?」
「確かにかなりの実力の持ち主が集まってる。それこそ、そのあまりの美味しさに気がおかしくなった人がいるらしいって伝説も残ってるくらいなの。でも、部員は普通とはちょっと違う変人揃いだとかで……」
私はいまいちピンとこなかった。
「あともう一つはね、女の子も最初は何人か部活には入るんだけど、なぜかみんな次々やめていくの」
「え、なんで?」
「それは分からない。実は密かに学校の七不思議なんだよね」
「あれ?ってことは男の子しかいないの?」
「たぶん、楓様以外はね」
それはちょっとしんどいかも……。
「多分楓様も1人じゃしんどいから、料理上手って噂になってたあかねを誘ったんだと思うな」
うーん……そうかもしれない。
「でも、あかねにはあまりあの部活はおススメしないな」
「なんで?」
「私も部員の人たちを何回か見てるけど、ホントに変わった人たちばっかりだったから。しかもそれで男ばっかりのところなんて可愛いあかねが心配じゃん!」
「そんな心配してくれてありがとう」
「良いってことよ!」
照れたように笑う夏帆ちゃん。でも私の心の中はなんとなくモヤついていた。