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jalousie 〜行き場のないこの想い〜

作者: ロゼ

彼の事は好きではなかった。



お調子者でヘラヘラしてて、掴み所もないくせにいつも何故か接点がある。

一人で静かに物思いに更けたい時も、彼は察するはずもなく、お構いなしにペラペラと喋り続ける。



でも彼には悪気は無い様で、あたしにもそれが分かるから跳ね退ける事は出来ない。

だから尚更苛つく時もあった。



とにかく彼はなんとなく苦手だった。


何を考えているかも読めない人はとても怖いからだ。

発する言葉が八割方信用出来ない。

冗談を言うくせに冗談の通じないあたしは、ノリで話しているような彼とは気が合わないと思っていた。



気が合わないのに会ってしまう彼に、あたしはお門違いな腹立だしさを感じてしまう。

だから今日は彼を無視した。

いつもの様に軽く挨拶をしてきた彼を、気付かない振りをしてそのまま人混みの中に逃げた。



彼は知らんぷりをしたあたしに気付いていないかもしれないけど、あたしは早足でその場から立ち去る。

彼がどんな顔したか見たくなかったからかもしれない。

話をしないで済んだのに、気持ちはすっきりしなかった。

今日の天気の様にどんよりとした分厚い雲が、胸の奥底まで浸透した様な感じがする。


早く時間が過ぎてしまえばいいと思う。

忙しくて余計なことは何も考えれない程、目の前にある事さえやっと消化出来る位、彼の事を考える無駄な猶予さえなくなればいい。

彼がどんなに楽しそうにあたしに話していたか、そんな彼を意味も無い単なる思い付きで振り払った事も、全部いつの間にか忘れられるくらい時が早く過ぎればいい。




もう会わなければいいんだ・・・・・・。



きっとすぐにでもそれが普通になる。


見かけることさえ意外性の一部になって、何かの事柄を結びつけて思う事も消える。


彼の一つ一つがあたしの中から消えて、消して、壊して、まるで初めから点同士を繋ぐ糸は存在しなかったかのように。




こんな救いようもない気持ちはすぐに消えるから・・・・・・。












───あれから3ヶ月くらいの時間が経った。



いつもと変わらない朝、誰一人代わらない友達、特別な事もない日常。

ありふれた時間の中を単調に、それでもそこそこ楽しく暮らしている。

3ヶ月前に心に必要もなく自分で開けた、無意味な風穴はもう閉じてしまったような気がしながら、ふと何の気まぐれかあの日以来避けるように通らなかった、『あの場所』を思い出した。


単に思い出しただけで行こうとしたんじゃない。

なんで急に思い出したのかも分からない。

それに理由もないからそこには行かない・・・・・・いや、行けない。

だって、だから、今までこの3ヶ月間避けて、逃げていたのだから。

最後に彼を見た日に、これが最後になるようにあたしが別のあたしに変わるまで、次の最後までを繋ぐ最初が訪れないようにと望んでしてきた事なのだから。


あの日からあたしは別のあたしになったのかは分からない。

彼がどうしているとかそんな風の噂も聞かなかった。

何がどんな風に変わったのかも分からない。

でももしかしたら以前のようには、あたしの心の中に沈殿していたモヤモヤが、彼に今逢ったとしても出てこないかもしれない。

半分迷っている気持ちとは裏腹に、あたしの足はあの場所へ少しずつ動き出している。

側まで通りかかって一瞬歩みを止めて、次に起こす行動を考えた。

でもどんなに考えても不思議なほど頭の中は真っ白で、足も思考も心もみんな地面に張り付いたように動けないでいる。

あと数歩であの場所に着く。

金縛りにあったみたいなこの足を動かして、この門を潜ればきっと居るであろう彼の久しい姿が目に入る。


道の途中で暫く迷っていると、友達に肩を叩かれた。

追い越そうとするその友達の後を追って共にその場所に近づく。

地面に張り付いていた足はいとも簡単に外れている。

8割がた迷いなんて消えた気がした。



久々のその場所に久々の彼の姿があった。

あの日以来逢わなかった彼は何一つ変わった様子もなく、側によるこちらに気がついて極自然に軽く手を上げる。

手前で出会った友達は彼と話し始めあたしも少し遅れて目の前に行く。


今日はとてもいい陽気で風もなく日差しが眩しかった。


久し振りの彼の笑顔は前と本当に同じで、最後に会ったあの日の事がまるで昨日のように鮮明に思い出された。

胸の奥が締め付けられて、ちゃんと笑えないくらい痛い。

何事もなかったように自然体でいる彼を見れずに、何かあったかのような顔をして生返事しかしないあたしは、別に前と同じようなモヤモヤはもう感じていない。


彼に会ったのはあの日で最後だったんだ。

今はあの時とは違うあたしで、今日はいつか来るかもしれない最後に繋がる最初の日。



そう、何事もなかったんだから。

あたしの中で何かが変わって別のものになっただけ。

でもまだどう変わったか分からない・・・・・・。




数分が経って誰かが彼を呼んだ。


活動的な色の服にスマートなロングブーツがよく似合う女の子。

肩まで伸ばした髪は微風に揺らされている。


彼とは仲が良さそうに話している。

あたしも知っている話だけど知らない振りをした。

勝手に自分で作った3ヶ月という空白が、彼と彼女の間にあたしが入ることを許されないような気持ちを生み出した。




3ヶ月前は彼の話を聞いていても辛かった。

自分の話を聞いてもらえなくて腹がたっていた。

人の気も知らないでへらへら笑いかける彼の側に居たくなかった。

得体の知れない苛々が胸の中に渦巻いて、彼の事を考えただけで溜息が出た。


でも今は違う。


あたしの中で何かが変わったから。


彼に笑顔で話す彼女を見ると痛むこの気持ち。

それはあたしが出来なかった事ばかり。

彼が笑うたびあたしの笑顔は隠れて、彼が話すたびあたしは言葉に詰まってしまう。

それが嫌だったあの頃。

このまま一緒に居たらきっと嫌われてしまいそうな気がした。


そうなんだ。

本当は距離を置くことなんてあたしは望んでいなかったのに。

痛みを取り除く事じゃなく、ただ逃げ出しただけにすぎなかったんだ。



さっきまで顔を覗かせていた太陽は雲に隠れて、今にも振り出しそうな灰色に包まれている。

空気を満タンに詰めた風船に隙間もなく針を食い込ませて、微動だにすれば勢いよく割れてしまいそうなあたしの心のような色。

また前みたいなモヤモヤを感じるのを拒んで逃げるのは簡単だけど、正体を知ってしまったからちゃんと受け止めないといけない。

彼に笑顔で話す彼女のように、他の誰にでもなく自分に対して素直にならないと駄目なんだ。



やっと今気付いた。

あの頃持っていた想い。

忘れようとしていたけど、消えなかったこの想い。

彼の側で感じる胸の痛み。

いちいち彼の言動に戸惑う事。

彼が見せる笑顔をあたしだけに見せて欲しいという事。

その声をあたしの心だけに響かせて欲しいという事。


いつになるかは分からないけど、きっと伝えよう。

最後という時は来るかもしれないし来ないかもしれない。

それでも今日は最初の日で、彼にとっては経過であってもあたしには紛れも無く始まりの日なのだから。





「行こうか。」




そうあたしに言った彼に素直に頷いた。

いつか伝えよう。

きっと、必ず。

今はそれを彼は気付くはずもない。

そんな決心をしながらあたしはゆっくりと歩き出した。








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