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おしまいの町に灯りが灯る  作者: 川名真季
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情報流失の二十九日目

最近、三戸里市市役所の市民課の職員は、忙しい日々を過ごしていた。このところ市内で頻繁に起こる怪事件に嫌気がさしたアパートなどの賃貸住宅の住民が、次々と他の市に引っ越しをしているのだ。


行政機関である市の職員が、市民の行動にけちをつけるわけにもいかないが、転出届を出す市民に「逃げないで、もう少し頑張りましょう」と喉まででかかった言葉を飲み込むことも度々ある。


このように思う職員自身も、動揺していないわけではない。むしろ市の職員の方が、本当は三戸里市から逃げ出したい気持ちでいっぱいだ。


なにしろ、同じ市役所で働いていた豊橋達夫が朝早く出勤したところを待ち伏せされて、連れ去られ、あげくの果てに殺されたのだ。


さらに三戸里西支所に勤めているパートタイマーの女性職員幸田鞠子が、やはり連れ去られ、空き家に閉じ込められた。こちらは命は助かったものの、事件の後遺症から体がいまだに完全回復しておらず、復職できるようになるには、もう少し時間がかかるらしい。


あのあと、一人で出勤すると危ないということで、フルタイムで働く職員だけでなく、臨時の職員まで駅前などに集まり、集団で市役所に出勤することになっている。


面倒くさいのでこんなことは早くやめたい。


でも、通勤途中に、道路に雪をまく集団に注意をしようと試みたために、殺された人のご遺体が駅へ向かう道に横たえられていたのを思い出すと、残念ながら、このまま集団で出勤することを続けるしかないと皆あきらめた。


また、市役所の後方に建っている立体駐車場では、中絶された赤ちゃんが捨てられていた。


自動車で通勤する職員は立体駐車場に自動車をとめる度に、そのことを思いだし、嫌な気分になる。


利用者も同じ思いらしく、あれから三階の駐車場より四、五階の駐車場にとめる自動車の方が多い日が続いている。


また、駐車場を利用しない職員も、立体駐車場を見ると、あの日取り乱していた清掃会社の社員を思いだし、嫌な気分になる。


あの社員は、精神的ショックが大きかったと見えて、いまだに会社休んでいる。


次に気味の悪いものを見つけるのは自分かもしれないと考えて、清掃会社をやめた社員もいる。


こんなこともあって、家族が三戸里市を離れたいと、言い出す人もたくさんいる。他人には秘密にしているが、住民票を移さずにこっそり家族を市外に逃がしている人もいる。


***


「うわあああ!!」


就業中、市役所の一階にある市民課の同僚の一人が、おかしな声を出した。


「どうしました」


木崎は内心「この忙しいのに」と思いながら、その同僚佐藤の元へ行く。


「わ、私は何もやっていないです。本当です」


青い顔をして首をふる佐藤には構わずにパソコンを見た木崎は、目を疑った。


パソコンの画面が文字化けして読めないのだ。


「なんだ、これは」


***


三階の市民税課の白田ゆりかは目を疑った。税に関する基礎資料の文字ががパソコンの中で砂のように崩れて行くのだ。


あわててこの七月に課長に昇進したばかりの山崎幸一に報告したが、山崎もこの現象に対処できず、パソコンの前でこの怪奇現象におろおろするばかりのようだ。


***


「外せ!! 全部のパソコンからLANケーブルを外せ!」


五階総務課の池谷課長はフロアにいる全員に言う。


「ウイルスらしき現象を見つけたら、とにかくパソコンをインターネットから隔離する。そして、ウイルスソフトでウイルススキャンだ」


「駄目です。ウイルス定義データベースに見つかりません。どうやら新種のウイルスのようです」と、職員の一人が言う。


「新種のウイルスだと!!」


池谷は絶句する。だが、気を取り直し、ウイルス退治に取りかかる。


***


「申し訳ありません。ただいま、パソコンの不調により手続きをすることができません。パソコンが復旧次第業務の再開をお知らせしますので、しばらくお待ちください」


市民課の長岡美奈子は、窓口に事情を聞きに来る市民に対して、今の状況を知らせて落ち着いてもらおうと頭を下げた。


だが、手続きのために市役所に来た市民たちの不安はおさまるどころか、時間がたつに連れてむしろ高まっていくのを感じていた。


「ついに市役所もやられたぞ。三戸里市はもう終わりだ」と、走って市役所を出ていく白髪の老人。


「何が起こっているんだ。説明しろ!!」と、怒鳴る五十代くらいの薄毛の男。


「しばらくって、いつまでよ。早くしてよ!!」と、窓口に詰め寄る若い女。


パソコンの不調も、市役所の混乱も、すぐには収まりそうになかった。


***


サイカ市にある斉果県県庁に、一本の電話が入る。三戸里市市長安江興作からだった。


「大変申し訳ないが、三戸里市市役所のパソコンが、新種のウイルスに感染したので、今すぐ三戸里市からのメールを受け取らない設定にしてください。三戸里市の名前で送られた、ファイルは中を見ずに削除してください。本当に、本当に、申し訳ありません」


電話を受けた斉果県県知事の上谷研二は、経済には強いが、パソコンのことは少し疎かった。だから何が起こったのか分からず、話を合わせた。


「三戸里市のパソコンが新種のウイルスに感染したので、三戸里市から送られたメールやファイルなどを、開かないで欲しいと安江市長が言ってきた。とりあえず総務課に伝えて、そこから全部の課に伝えるように言っておいてください」


三戸里市市長の安江興作からの電話が終わると、上谷は秘書の三田に指示した。三田は上谷よりパソコンに詳しかったので、何が起こるかについて想像することができた。


「す、すぐ、知らせて来ます」


三田は青い顔をして、知事室を出ると、できる限り急いで事態の収集を図った。そのスピードは誉められるにふさわしいものだったが、すでに手遅れだった。


***


【知ってた】マイナンバー公開中【やると思った】


巨大掲示板にこのスレッドがたったのは、午前十一時のことだった。そのスレッドの一番目の書き込みには、blogのアドレスのリンクが貼られている。


興味本意でそのリンクを踏んだ者は、別のサイトに移動し、名前と住所と十二桁の番号が延々と書かれているだけの、blogを目にした。


「これは」


それが何を意味する物なのかわからなくて一瞬考え込むが、スレッドのタイトルを思い出して、理解する。


これは、マイナンバーの名簿なのだと。


***


午後十二時。どこまでも青い空に白い雲が浮かぶなか、防災行政無線から、加工された男の声が聞こえてきた。


「三戸里市に住む、みなさん。三戸里市は安江市長のもと、無事に破壊されました。みなさんはできる限り速やかに、三戸里市かの外へ逃げてください。そうしないと、私たちの灯す灯火に巻き込まれて、死ぬ可能性があります。もう一度言います。三戸里市に住む、みなさん。できる限り速やかに、三戸里市の外へ逃げて……」


防災行政無線を担当する市の職員の永富ながとみは、防災行政無線で何者かが市の発信する放送ではない、不正な放送を流しているのに気がつくと、大急ぎで現場に急行し、放送を止めた。


しかし、不正な放送の大部分はすでに放送されてしまっており、不安を感じた市民がパニックに陥ることは容易に想像できる。永富は、市民に落ちついて行動するよう、何度も何度も防災行政無線で訴えた。


午後十二時二十分。防災行政メールが登録している市民に一斉に届いた。


内容は、防災行政無線で加工された男の声が話したこととほぼ同じ内容で、三戸里市から出ていくことを促していた。


***


その同じ時間、斉果県県立樹下成山高等学校二年生の藤井花野美のインスタグラムが、秒速単位で更新されていた。







































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