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おしまいの町に灯りが灯る  作者: 川名真季
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炎上と座禅の二十五日目

 最初にその赤色に気がついたのは、中田一茂だった。もうすぐ七十九歳になる彼は、いつも九時前には布団の中に入っている。起きるとだいたい三時半頃で、しばらくは布団の中でラジオをのんびりと聞いていることが多い。


 その朝も三時十分ごろ起きて、ラジオを聞いていたのだが、部屋の中を何の気なしに見回して、窓に赤い何かが映っているのに気がついた。


 それに不審を抱いた中田は、めんどくさい気持ちと少しの間戦い、押さえつけるのに成功すると立ち上がり窓を開けた。


「なんじゃ、ありゃ!!」


 中田は驚愕した。黒い夜が、赤で乱暴に塗りつぶされている。自宅の向かい側にある三戸里市市立玉川保育園が、燃えているのだ。


「こ、こういうときは、で、電話をしなきゃならん」


 驚きから覚めると、中田は固定電話の子機を手に取り、震える指で消防署に電話をかけ始めた。


 ***


 午後四時半、まだ燃え盛る太陽の時間に、学は朝霞台探偵事務所で、時哉と事件について話していた。


「それにしても、子どもたちがいる日中でなくて本当によかったですね。もし昼間だったら、大変なことになっていましたね」


「そうだね。もし昼間に起こっていたらと思うと、ぞっとするよ」


「でも、保育園を囲む白いフェンス残して建物はほぼ全焼ですから、立て替えるのに何ヵ月かかるか。その間、臨時の保育園をどこでやるのかを考えると、頭が痛いでしょうね」


「今日は公民館の空いた部屋を利用して子どもたちを預かったそうだが、どの状態が数ヶ月ともなると、大変だろう。実をいえば 、いつもと違う環境にいることに不安を覚えて泣く子どもが少なからず出たようだからね」


 ここで、学は本題に入った。


「先生、これは、三戸里市に追悼の灯火を灯す会の犯行ですか」


「たぶんそうだろうと思われるが、断定できないね。それから、報道されていないが、玉川保育園の白い鉄の門扉にコピー用紙が一枚、穴明パンチで開けた穴に通した白いビニールひもで吊るされていた」


「そこには、何が書いてあったんですか」


「うるさい、うるさい、うるさい。保育園は迷惑施設だ。早くでて行け。と、新聞の切り抜きを張り合わせた文字で書かれていた」


「今どき新聞の切り抜きですか。新聞を取らない家も増えている今、わざわざそんな手段を使ったのは、おどろおどろしい雰囲気を出すためでしょうか」


「そうとも考えられるが、別の理由も考えられるし、なんとも言えないね」


「ところで、ニュースでこの現場から、焼死者の遺体が一体発見されたのは聞いたかい」


「はい、見ました。性別がわからないほど焼け焦げてしまって、まだ身元不明なんですよね」


「この遺体は股を広げて座っている格好で焼死していたのだが、気になることがあってね」


「何ですか」


「実は、これもはっきりしないので、警察から報道機関にまだ報道しないようにという規制が、かかっている事案なんだが」


「昨日、玉川保育園の近所で、座禅をした姿で亡くなった遺体が発見されたんだ」


「亡くなっていたのは、伊藤多一さん、七十四歳だ。伊藤さんはインスタントコーヒーが好きで、良く飲んでいた。そのインスタントコーヒーを作るのに必要なお湯は、ポットで沸かして作っていたのだが、実は半年前にそのポットを『見守り機能』付きのものに変えていた」


「何ですか。その見守り機能って」


「親御さんと離れた場所で暮らす子どもが、親御さんが元気でいるかを、ポットの使用歴をそこからメール配信されることで発見できるようにする機能だ」


「ああ、いつものようにポットを使っているということは元気で、ポットを使っていない時は、何か異変が起こったということですね」


「その通りだよ。そして二日前の夕方、ポットが使われていないことに気付いた神奈川県にすむ息子さんが、その夜夜十時過ぎに伊藤さんの元を訪ねると」


「伊藤さんの、遺体を発見した」


 学はその時の彼のことを想像すると、何も言えない気持ちだったが、それを圧し殺して、伊藤さんの死因について聞いた。


「まだ断定できないが、有毒ガスを吸ったせいではないかと言われている。警察が後で家に入ったときに、そのようなものは家の中になかったが、伊藤さんの遺体があったリビングの窓が薄く開けてあったり、いつもは台所を使うとき以外は消している、隣の台所の換気せんがつけたままにしてあったそうだ」


「明和商事でも、社員全員がエアコンユニットから流された有毒ガスによって殺されていますよね」


「ガスの成分はまだ特定できていないが、同じガスである可能性があるね」


「また、息子さんが伊藤さんの家に入ったとき、伊藤さんは座禅を組んでいる姿で発見された。足は結跏趺坐けっかふざという両足を組み合わせて、両腿の上にのせた状態で、背中を丸くして頭はがっくりと垂れていたそうだ」


「ところでこの結跏趺坐というのは、座禅を組む時の正式な座りかたなのだが、初心者には難しいので、左足を右腿にのせるだけの簡単な座りかたをする。しかし、伊藤さんの足はきちんとした結跏趺坐になっていたと聞いている」


「それは伊藤さんが生きているうちにそうしたんですか」


「検死の結果によると、伊藤さんが座禅を組んだのは、お亡くなりになったあとらしい」


「すると、犯人が、伊藤さんのご遺体に座禅を組ませたのですね」


「おそらく、そうだろう。息子さんによると、伊藤さんの家の宗教は曹洞宗だが、家で座禅をしたことは一回もないと言っていた」


「なぜ、犯人は伊藤さんのご遺体に座禅を組ませたのですか」


「今の時点では遺書も見つかっていないので、その理由はわからない。と、言うのが、昨日までの警察の見解だった」


「しかし、保育園の焼け跡から見つかった遺体も、伊藤さんの遺体も、座禅をしている姿と考えると、二つの遺体が無関係ではない可能性が出て来たと言った所だ。全く、不発弾のことと言い、今度のことと言い、未然に防ぐことが出来なくて本当に大田さんに申し訳ないことだ」


 時哉は厳しい顔で言った。


「あの不発弾は、やはり取り出されていたのですか」


「警察の方が他の事件の調査と称して上岡さんの家を訪問し、事情を聞いた。そのとき上岡さんの家の建て替えを行っている建築業者にも話を聞いているが、不発弾は本当に取り出されていることが確認された」


「ご丁寧にも不発弾が埋めてあった場所の近くに、スイッチの部分だけ黄色で、後は全体が黒い大型の懐中電灯一本をきちんと忘れていったそうだよ」


「不発弾を取り出せたということは、犯人の中に自衛隊関係者がいると考えていいですか」


「それはどうだろう。爆発させるリスクを度外視すれば、自衛隊でなくとも不発弾を運び出すことは可能だろう」


「それから、周囲の家にも警察が聞き込みに行ったところ、犯人はご丁寧にも上岡さんの家から半径三百メートルにある家、一軒、一軒に、不発弾を処理するのでその日は朝の九時から夕方五時まで避難するようにという内容の手紙をポストに入れていたことが判明している」


「さらに大胆にも、近隣の地区の集会場三ヶ所を懇親会との名目で借りて、不発弾を取り出す間の避難所として解放していた」


「避難所にはそれぞれ女性が一人いて、受付業務などを行っていたそうで、警察では今この女性たちの身元を探っていると聞いた。私が思うに、この女性たちはたぶん派遣社員かアルバイトで、見つかっても犯人たちには繋がらないようになっているだろうが、どこから犯人の手がかりが見つかるかわからないしね」


 時哉の言葉に学は頷く。


「そう言えば、佐野さんの話を警察に話したら、良い情報を提供していただいたと大変感謝されたよ。警察の方でも未来を変える会には強い疑いを抱いているようだね」


 その言葉を、強い痛みと共に学は聞いた。サークル会館に行く途中見た櫻架名の後ろ姿が、目の前に映って消えていった。








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