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おしまいの町に灯りが灯る  作者: 川名真季
19/31

長生きは幸福に繋がらないの十九日目

「なるほど」


 朝霞台探偵事務所で、時哉は、コーヒーを飲みつつ言った。


「まあ、西側の家のエアコンより、東側の家のエアコンの方が被害が多いなんてたまたまだと思うんですけどね」


「そうとは言えないよ。この犯人たちは、大量の犯罪を頻繁に起こすことで捜査を混乱させて、本当の狙いが何か分からなくさせようとしている節がある。西側の家のエアコンを狙ったのはダミーで、本当は東側の家のエアコンを狙ったと言うのは、ありえる話だと思う」


「ただ、今のところ他人の家のエアコンを破壊した件で捕まっているのは、インターネット上で唆された未成年ばかりで、彼らを唆した側の人間はまだ一人も捕まっていないから、これ以上はなんとも言えないがね」


 時哉はここで一旦話を終え、一息ついた。


「学君。話は変わるが、寺田議員が昨日お亡くなりになられたと、昨日の午後、大田さんから連絡が入った」


「一時は持ち直すかとも言われていたのに。駄目だったんですか」


「ああ。事故から三日後に亡くなった、秘書の沼田さん。一週間後に亡くなった運転手の田中さん、十二日目に亡くなった青木さんの奥さんの実和子さんに続いて、とうとう寺田議員までもがお亡くなりになられてしまった。坂本さんが来月退院できそうだということだけが救いだよ」


「そうですか」


「警察が調べたところによると、青木さんは遺書を五月三十日に三戸里市の公証役場で書いている。それによると青木さんが亡くなった場合、全財産は奥さんの実和子さんが受けとり、実和子さんが亡くなった場合は三戸里市に寄付すると書かれている。また、自分と妻が死んだら葬儀をせず火葬場で遺体を荼毘だびにふす直葬じきそうにしたあと、遺骨を骨壺に入れ、タンスの中にでもしまって欲しいと書かれている」


「次の日の五月三十一日には、三戸里市で直葬ができる火葬場に行き、一番安い直葬プランを妻の実和子さんと自分の分の二人分契約し、契約金を支払っている」


「翌月の六月二日、青木さんは田岡法律事務所を訪問し、自分が死亡した場合、遺族が財産放棄の手続きをするときのためにあらかじめ料金を払っておきたいと相談している」


「田岡法律事務所では生前に財産放棄はできないと青木さんに説明したが、青木さんが肝臓癌が再発して自分はいつ死んでもおかしくない状態なので、すぐに手続き出来るようお願いしたいと頼んだ」


「田岡法律事務所では、斉果市に住む娘の知可子さんと彼女の二人の息子の三人が、財産放棄をする時にかかる手数料を青木さんが半ば無理やり預けていったと言っている」


「そしてこのことを、青木さんがあの事故の前日に実和子さんと知可子の住むアパートを訪問したときに知可子さんに説明した」


「青木さんは知可子さんに直葬の契約書と共に、田岡法律事務所の所員に書かせた契約書を渡し、自分が死んだら葬式などしなくて良いから、すぐに田岡法律事務所に行って財産放棄の手続きをしろ、手数料はあらかじめ支払ってあるから印鑑さえ持って行けば大丈夫だと、何度も言っていたと知可子さんが証言している」


「余談だが、知可子さんは七年前に結婚したが、四年前夫の家庭内暴力のために離婚している。夫からは慰謝料を取れる状態ではなく、知可子さんの給料で知可子さんと、六歳と、四歳の男の子がなんとか生活している状況のようだ」


「また、青木さんは妹の静子さんの家族の所に行き、田岡法律事務所のホームページから財産放棄について説明してある部分をコピーしたものを渡し、自分と妻の実和子さんが死んだら、葬式などしなくて良いから財産放棄しろと言い残したそうだ」


「ちなみにこの静子さんの家は小さい町工場を営んでいるそうだが、親会社から強力な値下げ圧力をかけられて、いつ倒産してもおかしくないギリギリの経営状態だそうだ」


「青木さんにはその妹さんの他に兄弟はいないのですか」


「いない。だから青木さんはすべての法定相続人に財産放棄を勧めたことになるね」


「そうなんですか」


「知可子さんも静子さんも、青木さんは法律関係には疎かったと証言している。また、普段の青木さんはこれほど用意周到に準備をする性格ではなかったので、強い違和を感じたとも証言している」


「また、知可子さんは青木さんがパソコンを上手く使いこなせなかったと言っている。そんな青木さんが田岡法律事務所のホームページを印刷するということをどうやってやったのかと青木さんに聞くと、青木さんはそんなのどうでも良いだろうと、しどろもどろになってごまかしたと証言している」


「つまり、誰かが青木さんに入れ知恵したと」


「その可能性はあるね」


「ところで事故のとき青木さんが持っていた携帯電話を警察で調べたところ、五月の終わりに家電量販店にて、実和子さんの携帯電話と一緒に購入した物だった」


「その前は別の携帯電話を使っていたということですか」


「彼は奥さんの認知症が悪化した五年前に携帯電話の契約を解約し、それ以来事故の一ヶ月前まで携帯電話を使用した形跡がない」


「そして青木さんの携帯電話の通話記録を調査したところ、青木さんは契約した当日と事故の当日に五回ほど携帯電話を使用している。いずれも電話をかけて来た先の携帯電話は、実和子さんの携帯電話だ」


「さらに最後の通話は事故の二分前で、電話をかけて来た相手はやはり実和子さんだ」


「実和子さんは隣に座っていたのに、どうしてわざわざ電話したんでしょうか」


「確かに。隣に座っているのに、わざわざ携帯電話で会話をするのは変だね。そもそも実和子さんは、まともに携帯電話を使うことができなかったのではないかと、実和子さんを知っている人たちが証言している」


「実和子さんの携帯電話を使っていたのは、実和子さん本人ではない、と」


「多分そうだろうね。実際問題、青木さんの携帯電話は事故現場周辺の道路に落ちているのが発見されたが、実和子さんの携帯電話はいまだにどこからも発見されていない」


「誰かが、実和子さんの携帯電話を持っていたということですね」


「そうだ。そしてその誰かは、寺田議員の乗った自動車がどこを走っているかを何らかの手段で見張っていて、逐一青木さんに知らせていたに違いない」


「その誰かは、青木さんの共犯者である可能性が高いと見て良いですか」


「良いと思う。次に、青木さんは六十三歳の時に自家用車を手放していること。ぞれ以来、カーシェアリングを六月一日に申し込むまで自動車には乗っていなかったこと。その六月一日に自動車保険に入ったことが、警察の捜査でわかった」


「それから、事故の前日に青木さんと実和子さんは、隣の市に住む知可子さんの家を訪問しているが、そのとき誰にも話すなと言いながら、娘さんの子どもの六歳と四歳の男の子二人に、小型ゲーム機、電子辞書、ノートパソコンを、それぞれ一台づつ渡し、さらにゲームソフト十本を渡したそうだ」


「生活保護を申請していたはずなのに、豪勢ですね。これらの資金はどこから流れて来たのか、警察ではもう把握しているのでしょうか」


「それはまだ警察でも調査中だ。ただ知可子さんがそのとき気になり問いただしたところ、青木さんは神様にもらったと答えたそうだ」


「神様にもらった、ですか」


「知可子さんはさらに問いただしたが、青木さんは、とにかく神様にもらったの一点張りでまともに答えなかった」


「そんなことより、自分が死んだらすぐに財産放棄の手続きをしてもらえるように田岡法律事務所に行け。あと、もうすぐ三戸里市はおしまいになる。神様が三戸里市を滅ぼすからだ。死にたくなければ、三戸里市には絶対近づくな。と、知可子さんに何度も言ったそうだよ」


「市役所の駐車場に手紙が置かれる前より前に、青木さんは三戸里市が終わると言っていたんですね」


「そうなんだ。そして結局、青木さんと知可子さんの話は平行線のまま終わった。知可子さんは青木さんの態度に不穏なものを感じ、青木さんの家を訪ね、もう一度話し合おうと思っていたときに、青木さんの事故の電話を受けたそうだよ」


「そうだったんですか」


「それからこれも警察からの情報だが、八年前に青木さんが健康診断を受けたとき、肺癌であることがわかり、手術を受けた。手術は成功したが、四年前肺癌が再発し、また手術をした。そして今年の一月、肝臓に癌が転移していることが発見された」


「ただでさえ、認知症の奥さんを抱え困っているのに、自身も三度も癌になり、妹の静子さんも家族も娘の知可子さんも疎遠になっているわけではないが、彼らも自分たちが生活するだけで精一杯という状況だった」


「青木さんは将来に対して、かなり不安を抱いていたそうだよ」


「そうなんですか」


 学は長生きすることが幸福ではない、日本の現状にただ立ちすくむ。











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