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おしまいの町に灯りが灯る  作者: 川名真季
15/31

ざわつく十五日目

早朝


学が朝起きてTwitterを見ると「三戸里市」がTwitterで話題になっている言葉のランキングであるトレンドの一位になっていた。学は嫌な予感を感じてすぐにTwitterを三戸里市で検索する。


ひろこ

なんだかパトカーが走り回って超うるさい。ぜんぜん眠れないよ


ユウナ

外が騒がしくて起きたら、変な人達がうちの前の道に雪を撒き散らしているんだけど。二階の窓から見ているから目をつけられることはないと思うけど、怖いよー


はるなママ

外で誰かが何かしているみたい。気になるけど、うかつに見に行って騒ぎに巻き込まれたら怖いし。ホントここ最近の三戸里市サイテー。早く、引っ越したい(涙)


koji

俺んちの親父が外を見に行ったら、いきなり変な奴等が襲いかかって来たらしい。幸い親父はすぐ家の中に入って鍵をかけたから大丈夫だったけど、本当にどうなっているんだよ、この市は!!


hiroshi

三戸里市でまた祭りをやってるらしい。あの変な市長といい三戸里市の奴等って、ホント頭おかしいぜ


カズヤ

外で変な奴等が暴れ回っているらしい。本当に三戸里市は呪われているぜ。冗談じゃなくて真面目にお祓いしないとヤバいんじゃねえの


mituru

冗談じゃなくてマジで三戸里市、無法地帯。犯罪者天国。いつ何が起こるかわからないサイコーの場所だぜえ、ヒャッハー!!


Hatuse

三戸里市ー、今までダサくて目立たないって言ってごめんよー。あやまるからもう普通の市に戻ってくれよー。毎日、毎日、三戸里市のことが新聞に載っていて辛いんだよー


SAYAKA

フォロワーのみんなが心配してくれて本当に嬉しいです。ありがとうございます。私の周りでは事件はないんだけど、パトカーがどこでも頻繁に走りまわっているし、知っている場所で次々に事件が起こるから落ち着きません。早く犯人が捕まって元の平和な生活に戻りたいです


susumu

今日も三戸里市、記録更新。前も言ったけど、今回の素晴らしい事件に敬意を表してもう一度言っとくよ。三戸里市、始まったな


kensuke

三戸里市がまたしてもやってくれた。今回は連続雪作り事件。良いよな。俺も三戸里市に住んで住民が毎日ヒャッハーしているところを見たいぜ


三戸里市広報

昨夜三戸里市の路上で、人工造雪機を使って雪を作っている集団が複数現れたそうです。なお、彼らに注意しようとした人が襲われる事件が多数起きているので、彼らを見かけても絶対に近づかず、すぐさま警察に通報してください。


itaru

たった今ニュースでやってたけど、外で雪を作って積もらせた奴が捕まったってよ。超だせえ。


kitada

SATOSHI

犯人確保!!


yoshito

なんだよお前ら俺に内緒でこんな楽しいことするなよ。おかげで寝ちまっていただろうが!!


このようにTwitterをたどると、以前の事件と同じく心配の声と面白がる声が入り交じっている。学は居ても経ってもいられなくなり、大学に行く予定を変更して朝霞台探偵事務所に向かう。


「おや、どうしたんだい。予定よりだいぶ早く来たようだけど」


事務室のドアを開けた学は、事務用机の前の椅子に座りテレビのニュースを見ていた時哉に話しかけられた。


「あんな大事件が起こったのに、講義なんて聞いている気分になれませんよ」


「学君。面接のときに言ったよね。大学生が一番にやるべきことは勉強だと」


「そ、それは」


「君はお金の心配なく大学に通える今のありがたい環境を無駄にしてはいけない。それに」ここで時哉はしゅんとしている学に笑いかける。


「事件はここじゃなくて、大学で起きているようだからね」


「えっ、それって、どういう」


学が問いかけると、時哉は黙って黒いリモコンを手に取りDVDデッキを操作する。ただちに画面は切り替わり、別のニュース番組が写し出される。


「先程入った情報です。三戸里市で人工造雪機で雪を撒き、それを邪魔する人間に暴行を加えていた集団の内、二人が東京都多摩市の路上で殺人容疑で緊急逮捕されました」


「その二人の内、三トントラックを運転していたのは、大手運送会社の契約社員、村川一之介、七十五歳、トラックに同乗していたのは斉果大学の二年生橋本圭吾、二十歳です。二人は三戸里市の路上に雪を撒いていたことは認めましたが、殺人容疑については今のところ否認しているようです」


その短いニュースを聞き、完全に理解したとき、地面が揺れたような気がして学は思わずひざまずく。斉果大学には斉果県全域及び近県から学生が来ている。当然三戸里市から来ている学生が多くいることもわかっていた。しかしまさか犯人が斉果大学に通っている学生であるとは思いもしなかった。


「俺、行ってきます」


学は時哉に挨拶すると、斉果大学へと急ぐ。


***


朝の講義にぎりぎり駆け込んだ学は、そのまま大人しく講義を受けたが昼になり講義が終わると、すぐに同学年の濱田将生《はまだ まさき》を探す。彼は圭吾と同じ剣道のサークルに入っていると聞いたことがあるからだ。


「なあ、三戸里市に雪が撒かれた事件のこと知ってるか」


ちょうど学生食堂に向かう途中の濱田を捕まえ話しかける。


「知ってるどころの騒ぎじゃないぜ。俺三戸里市に住んでいるからな。昨日は大変だったぜ」


濱田は自分の家の辺りは何もなかったが、夜の間ずっとパトカーや救急車が走っていてうるさかったことや、駅前に雪を撒いていた集団を注意しようとして怪我をさせられた人達が三戸里駅の前の広場に連れて行かれた後置き去りにされた話をした。それから、二人で学生食堂のカウンターに行き食券と食事を引き換えて、白い長方形のテーブルの側に置いてある椅子に二人は座り、学はカレーライスを、濱田はコロッケや鳥の唐揚げなどのおかずに味噌汁、ごはんがついた定食を食べ始める。


「先輩のことはよく知ってるよ。高校で同じ部だったから」


「同じ部ってことは、もしかして剣道部?」


「うん。俺と先輩は高校でも剣道やってて。で、俺もそうだけど、先輩も真面目に練習しているけど、県大会止まりで全国とかほど遠くてさ。最も、俺はそれなりに頑張ろうと思ってやるようになったけど、先輩は真面目だから、行き詰まっていたのかも知れないな」


「まだわからないけど、先輩が雪を撒こうとしたのはそれと関係あるのかな」


「それもあると思うけど、先輩が変わったのは『未来を変える会』に入ったせいだと思うぜ。あの会に入ってから、先輩は明らかに様子が変わったからな」


「未来を、変える会」


「 政治や経済について考え、より良い未来を作るっていう理想を掲げている、大学生の団体だよ。十年前ほど前に東京にキャンパスがある大学の英語研究会が、文化祭の時に近隣の大学の大学生を呼んで討論会を開催しようとしたのががきっかけで」


「この、討論会を企画した大学の英語研究会は、男と女の割合が二対八と女の方が多い上に、その女の子たちが皆可愛い子たちだったんで、政治や経済を真面目に考えている奴の他に、政治にも経済にも一ミリも興味のない奴等が押し掛けてきて」


「結局討論会自体は参加者をくじ引きで選んで開催したけど、せっかくたくさん集まってくれたから、討論会が終わった後も交流しようということになって」


「それが、この団体の始まりだったらしいって聞いたけど」


「なんか、すごく真面目な団体みたいだけど」


「うん。全体としてはすごい真面目だよ。ただ単に女の子と仲良くなりたいという理由でここに入会している男のせいで、一部に浮わついた空気が漂っているけどね」


「ふーん。なあ、今までの話を聞いてると、その団体と先輩が雪を撒いたことは、全く関係ない気がするんだけど」


「うん。多分『未来を変える会』自体は何も悪くない。ただあの会には色んな奴が居るから、悪いことを皆に教える奴がいて先輩はそいつと知り合ったことで悪い影響を受けた気がするぜ」


「そうなんだ」


学は話を聞きながら「未来を変える会」に潜入する必要があると思い始めた。



***


昼間



学が濱田と話していた時とほぼ同じ時間。三戸里市西部樹下町にある樹下成山きのしたなるやまという名の県立高校の二年一組の教室で、藤井花野美はクラスメイト三人と机をくっつけてお弁当を食べていた。


「うわっ、美味しー! いつもながら花野美のお母さんの卵焼きって本当に美味しいよね」


向かい側の席に座る佐野ユカリがさっきアスパラガスのベーコン巻きと交換した卵焼きを頬張りつつその味を誉める。


「べつに大したことないって」と、 花野美がユカリに言うと、右隣の席の本川敬菜《もとかわ けいな》が話し出す。


「いや、花野美のお母さんのお弁当はいつも本当に盛り付けも可愛いし美味しそうだよね


敬菜の向かい側の席に座る赤坂唯《あかさか ゆい》も、敬菜の言葉を肯定してうなづくと「それに比べてうちのお母さんっていまいちお弁当のセンスがないんだよねえ」と愚痴をこぼした。


「あんたのお母さん六時半には仕事に行くんでしょ。それなのに、お弁当作ってくれるんだから、もんく言える立場じゃないでしょ」


ユカリの言葉に「そうなんだよねえ」と言う唯を見ながら、花野美は誰にも気づかれないようにそっとため息をついた。


実は花野美には、誰にも言ってない秘密がある。といっても、大した秘密ではない。花野美自身さっさと本当のことを話してしまいたいと思っているのに、何故かこの高校で一番仲の良い三人にもいまだに言えずじまいでいる。


このお弁当を作ったのは、本当はお母さんじゃなくて、お父さんだということを。


花野美の母親の静子は看護婦だ。花野美が生まれる四ヶ月前から花野美と二つ違いの妹の野々ののかが三歳になるまでは家にいたが、その期間を除けば、家にいるよりも病院にいる方が長い。


静子がこんな風に病院で活躍できるのには、夫の光則みつのりの協力が大きい。光則も会社員で決して暇なわけではないが、静子より時間の融通がきく。そこで保育園の送り迎えや、行事の参加などで光則が二人の世話をすることはよくあった。


二人が学校へ通うようになると、よく授業参観にも来ていたし、PTAの仕事もできる範囲でこなしている。


家事も得意ですべてを驚くほど手際よくこなしていたが、そのなかでもとりわけ料理は好きなようだ。忙しいにも関わらず市販の出汁ではなく、暇なときに自分でだし汁を作っておき、冷蔵庫に保存している。


花野美はこんな父親を尊敬しているが、たまにケンカをするときもある。昨日もそうだった。


「花野美、ごめん!!」


花野美が夜家に帰ると、 光則がひどくすまなそうな顔で出迎えた。どうしたのだろうと不審に思う花野美に光則は洗濯ものが入っている洗濯かごを差し出す。


「間違えてお前のものを、洗濯しちゃったんだ」


花野美はその洗濯かごを見て何が起こったか気がついた瞬間。


「何してるのよ!!」と、花野美は大声で言う。


洗濯かごを光則から奪うように受け取ると、ベランダへ急いだ。





「あーあ」


花野美は誰にも気づかれぬようため息をつく。小学六年生頃から、花野美は自分の服を光則に洗濯してもらうのが苦痛になった。そこで、自分の服は自分で洗濯するようにしていたのだが。


今週はバスケットボール部でいつも以上に練習して、疲れていて。だから家に帰るとすぐに寝てしまい、洗濯ものに構うエネルギーは一ミリもわかなかった。


「だからって、洗濯ものを仕分けて置くのを忘れていい訳じゃない」


深い罪悪感とともに、思い出す。自分の洗濯ものを分けずに、静子の洗濯ものと一緒に置いたままにしまったのは、花野美だった。光則は何一つ悪くない。


なのに、光則が悪いかのように花野美は振る舞い、怒ってしまった。あれは、非常に良くなかったと、花野美は思う。


「帰ったら、お父さんに謝んなきゃ」


花野美は、ごはんを噛みしめながら考える。


「花野美、先生来てるよ」


敬菜が花野美の肩を軽く叩きながら言う。花野美が慌てて薄緑の引き戸のあたりに目をやると、担任の関川せきかわが黒板近くの入り口で花野美を呼んでいる。


「藤井。お母さんからたった今電話があった。お父さんが交通事故にあわれたそうだ。お母さんがもうすぐ君をむかえに来るそうだから、すぐに帰れるよう準備しておきなさい」






















































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