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おしまいの町に灯りが灯る  作者: 川名真季
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会社死亡の十一日目

昨日時哉と学が市役所に行くと、市役所の中は騒然としていた。市役所職員の死が数日前に確認されたばかりなのに、市役所の立体駐車場で赤ん坊が殺されたのだ。そのざわざわした空気の中を通って大田のいる二階の会議室に行くと、大田がもうため息もつけないといった様子で四角を形作る長い机の一つに座り込んでいた。


「先生、もううんざりですよ」


「早期に解決出来なくてすみません」


時哉が謝ると、大田は「先生のせいじゃないです、犯人が次から次へと事件を起こすからいけないんです」と言う。そのあと警察官を説き伏せて借りてきたというA4のコピー用紙に横書きに印刷された犯人からの犯行声明を取り出した。


「指紋をつけるなって口を酸っぱくして言われたので気をつけてください」


「わかりました」


時哉は白い手袋をはめるとその文章を読んだ。


「拝啓 三戸里市市長 安江興作様

あなたは市民の生活を知らずに理論だけで政治を行うことで、三戸里市を衰退させる道を選ぶことに見事成功しました。我々はそんなあなたの業績をたたえるために、三戸里市の終わりを早め、あなたに三戸里市最後の市長になる栄誉を与えることにしました。どうか三戸里市にある全ての町がおしまいになるまで見守っていてください。

三戸里市に追悼の灯火ともしびを灯す会より」


「これは」


時哉は犯行声明文の安江市長を称える文章の影に隠された三戸里市を滅ぼすという意図に戦慄した。実際には三戸里市を滅ぼすというのは不可能だと思うが、そのような考えを持つ犯人に三戸里市市民だというだけで毎日狙われているかもしれないと考えて生活しないといけないというのは非常に不安だし、不快だろう。


また、この犯行声明文では安江市長が全ての原因であるかのように書かれている。犯人が犯行を行った動機が安江市長に抗議することだとしたら、安江市長はこの犯罪に全く責任がないのにとんだとばっちりである。


「奴か奴らか知らんけどこの犯人、頭がおかしいと思いますよ。三戸里市を終らそうと考えるなんて」


「自分の理想像の三戸里市を構築するために理想通りではない三戸里市を壊したいという歪んだ完璧主義、または間違った方向に向かっている三戸里市を正したいという歪んだ正義感、それとも本当の動機を隠すためにわざと嘘の動機を書いたか、いずれにしても犯人の言葉に動揺しない方が良いですよ」


「大丈夫です。安江市長はこの犯行声明文を読むや否や犯人に対抗するための行動を取ると宣言されました。今安江市長はテレビ斉果に出て犯人に対して幾ら脅されても決して屈しないと宣言されています。他の報道関係者も次々と市長室に迎えて自分の心情を訴えていらっしゃいます。ですからテレビ斉果だけでなく全国ニュースでも市長の話が流れると思うので先生も是非ご覧ください」


大田は誇らしげに安江市長の話をした。


***


市役所の駐車場での大胆不敵な犯行、市民が利用する駐車場でのおぞましい殺人などとおどろおどろしく報道された市役所駐車場赤ちゃんの死体遺棄事件は予想外の方向に向かった。三戸里市の外れにある三戸里レディースクリニックから中絶した赤ちゃんの遺体が行方不明になっているという連絡があったのである。


今のところまだ確認出来ていないが、状況証拠などからほぼこの病院で中絶した赤ちゃんの遺体であることは間違いないだろうと言われている。


この三戸里レディースクリニックの大木院長は、中絶した胎児の遺体を母親が引き取りたいと申し出たため胎児の遺体を綺麗にして母親に渡そうと準備していたところ、胎児の遺体が行方不明になった。すぐに病院中を探したが単純なミスだと思い、警察に届けでなかったと述べた。


なお、警察では何者かが胎児の遺体を意図的に盗み出した可能性が高いとみて操作している。


***


三戸里市午後二時。


薄くなってきた頭を気にしながら、紺の背広と黒の革靴の男性が時間貸し駐車場から歩いて車の多い通りを歩いている。彼、中田道夫は自身が所有するビルの一つサクラビルを見つけるとその中へと入っていく。


最近三戸里市では空き家を利用した犯罪が起きたので、ビルの所有者にもビルで違法なことが行われていないかチェックするようにという通知が来た。中田はビルに入っているテナントすべてに連絡し、 不審なことが起こっていないかチェックしていたが、このビルの地下一階を貸している「明和商事」だけ連絡が取れずにいたのだ。


中田は階段を降りてサクラビルの地下一階に行き困惑した。明和商事の出入り口の鉄製ガラスドアに「バルサン中、中に入らないでください」と書かれた大きな紙が内側から貼られていたのだ。バルサンといえば煙で虫を殺す薬品。煙の効果が部屋の中に完全に行き渡るまで部屋の中には入れない。


「参ったなあ。誰もいないのかな」


中田は諦めきれずにガラスドアの中をのぞいた。すると、明るいグレーの背広を着た人が机に突っ伏しているのに気がつく。


「なんだ、いるんじゃないか」


中田はガラスドアを開けようとするが鍵がかかっていた。ドアを叩いてみたり、中に呼び掛けてみたりしたが、全く反応がない。仕方なく中田はあらかじめ持ってきておいた合鍵を使って中に入る。


「うっ」


明和商事の中に入ったとたん、中田は顔をしかめる。大量のバルサンの匂いと何かの匂いが入り交じった不快な匂いが鼻腔に入って来たからだ。


とっさにズボンのポケットからハンカチを取りだし鼻を押さえながら辺りを見ると、中田は違和を感じる。鉄製の事務用片袖机に明和商事の社員らしき人間が数人突っ伏しているのだが、彼らは中田が入って来ても、一向に起きる気配がない。さらによく見ると彼らの内何人かは椅子から落ちて床で寝ている。


「こんなところで寝るなんて行儀の悪い奴らだ」


中田は床で寝ている社員の顔をみる。その異常に青ざめている顔を見て非日常的な言葉が飛び出そうになる。そんなことをしても何にもならないと思いつつ、不吉な言葉を頭から追い出し救急車とパトカーを呼ぶために電話をかける。


「人が倒れているようなので至急来てください」


***


「私の政策に不満があるならば、私を狙いなさい。何の罪もない一般市民や、市の職員を狙うのはやめなさい」


午後三時五十分。学は朝霞台探偵事務所の事務室で背もたれと座る部分が青いパイプ椅子に座り、安江市長の出ているテレビを見る。


元々悪い意味で有名だったが、ここ数日でさらに有名になった。巨大掲示板や、そこに書かれた書き込みをまとめるまとめサイトには安江市長のアスキーアートと呼ばれるAAの絵がたくさん増えている。今日の安江市長の発言もすぐにまとめられ面白おかしく語られるだろう。学がそう思ったとき、テレビに速報のテロップが流れた。


「三戸里市玉川町で商事会社の社員全員死亡」


突然のことに学は「えっ」と驚くことしか出来なかった。











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