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おしまいの町に灯りが灯る  作者: 川名真季
10/31

数見啓子の災難の十日目

横沢真央が殺されてから十四日目の朝を迎えた。このわずか二週間の間に三戸里市では四つの大きな事件が起きた。それに加えて警察が立て続けに起きる事件に目を奪われているのを幸いと、スリや泥棒などが活躍した。


今まで全国的には知られていない無名の市だった三戸里市は全国ニュースで度々取り上げられ話題になった。インターネットでは、今や三戸里市についてあることないこと様々なことを書き込まれ、話題にならない日はない。三戸里市民はこのような状況に苛立ちを隠せないでいる。


午後九時、三戸里市三戸里市役所。今日は、雨がしとしとと降っている。三戸里市清掃センターの社員たちは、いつも通り清掃の仕事に取り掛かる。その中の一人に、パートタイマーの数見景子《かずみ けいこ》がいる。


彼女は四十四歳。結婚して十二歳と十歳の二人の息子がいる。次男が小学校に入学した四年前、九時から三時までのこの仕事に応募した。給料はあまり高くないが、人間関係はそこそこよく景子はこの仕事を気に入っている。


彼女は清掃の仕事に取り掛かる前に会社の作業着に着替えゴム手袋を手にはめ業務用のゴミ袋を三枚持つと、市役所内で他の社員と共に班長の小森美代子から今日の仕事の段取りを聞いた。そのあと、市役所の後方にある立体駐車場へと急ぐ。


ここは市役所の駐車場であり、景子が清掃を担当している場所である。彼女はエレベーターで最上階の五階に行き、そこから来場する市民の邪魔にならないように駐車場に落ちているゴミを拾い、床にガムがついていればそれ剥ぎ取る。今日もそのやり方で三階まで降りてきたときだった。


景子は駐車場のコンクリートで覆われた床に、小さいリュックサック位の大きさの物が落ちていることに気がつく。近付くとそれは口を結んだ白いビニール袋であった。駐車場を利用した誰かが置いていったゴミと考え、あらかじめ用意していた業務用ゴミ袋に機械的に入れようとして、景子は班長の言葉を思い出す。


班長は落ちている袋の中に危険物があるかもしれないので、全部確認するようにと言っていた。勿論大抵はお菓子の袋や、丸めたテッシュペーパーが入っているだけなのだが、一応確認しなければと思い袋の口を開ける。中には赤黒い物体が入っていた。


「なに」



景子は不思議に思いその物体をつまみ上げ目の高さまで上げる。その輪郭をしげしげと見て、その物体の正体に思い至ったとき、景子は悲鳴をあげる。








「最近髪の毛が伸びてきた気がする。美容院に行って髪を切って白髪染めをして、それからパーマをかけないと。その前に今日の帰りスーパー友西に行って卵とねぎを買わないと」


班長の小森美代子がこんなことを考えつつ、普段と変わらず午前中の仕事を進めていたときに携帯電話がなった。


家にいる義母が階段を踏み外して病院に運び込まれたとか、夫や長女、長男が事故にあったとか嫌なことでありませんようにと祈りつつ、スマートフォンより使いやすいと美代子が思っている赤い折り畳み式の通称ガラホと呼ばれる携帯電話を胸ポケットから取り出すと小さい画面に「数見景子」と表示されている。家からの電話でなかったことにほっとしつつも、数見さんがどうして電話をかけて来たのだろうといぶかりつつ電話に出た。


「数見さん。小森です。どうしました」


「は、班長。あの、あ、あ、赤、赤」


景子の電話は要領を得ない。ただ彼女が動揺していることが美代子に伝わって来た。今行きますとだけ答えて電話を切ると、すぐに定年退職後こちらの会社で働き始めた男性社員の木田を呼ぶ。多分何もないと思うが、何かあったとき木田の助けが必要だと判断したからだ。彼らは一緒に立体駐車場に向かい一階から順に駐車場を見る。


「数見さん!」


彼らは三階に来たとき、コンクリートの床に青い顔をして座り込んでいる景子を発見した。側に駆け寄り何があったのか聞くと、景子は「あれ」と言って目の前の床にある赤黒い物体を指差す。


「これか」


木田がそれを拾い手で持ち上げると、それをじっと見た。彼は最初それを子犬か何かの死骸だと思っていた。しかし、その物体には小さい顔があった。


「う、うわっ、これ人間の赤ん坊の死体じゃねえか!!」


木田が叫ぶと、美代子もそれに近づきじっと見る。それは確かに人間の赤ん坊の死体であった。だが、小さい。小さすぎる。恐らく未熟児の遺体なのだろうと美代子は考えた。


「これ、あれだろ。二ヶ月前大阪で女子大生が自分の家のトイレで赤ん坊を生んでゴミとして捨てた事件あったけど、あれと同じだろう。全くよう!」


「いや、違うかもしれません」


「違うって、何が」


「ここ三戸里市では最近、変な事件が起きています。これもその一つかもしれません」


「こ、こんなところでか!」


木田は一瞬興奮したが、静かになり「そうかもしれないな」と言った。


「とりあえずこれは事件として、警察に通報しなければいけません。私はここで警察の方を待ちますから、とりあえず木田さんは数見さんを市役所の一階に連れて行ってください」


美代子は木田に指示を出すと、景子の側に行き座り込む。


「大丈夫、立てる」


「はい、すみません。こんなことで動揺して」


「動揺しないほうが、おかしいわよ」


美代子は何とか立ち上がった景子が木田と一緒にエレベーターに乗り込むのを見送った。


***


同じ日の午前十一時。学は時哉と一緒に三戸里市南西部の幸田鞠子が捕らわれていた家に行き、その近所で事件の聞き込みを行っていた。


「あそこの家には昔、十二、三年位前まで上屋かみやさんっていう奥さんを亡くした男の人が一人で住んでいたんだけど、亡くなってね。それからは誰も住んで居ないのよ」


幸田鞠子が捕らわれていた家の右隣に住む松阪絹子は時哉が持ってきたペットボトルのお茶を飲みつつ証言した。


「誰から聞いた噂か忘れちゃったけど、上屋さんの親族が財産放棄だっけ、あれをしたって話は聞いたけどね」


「では誰もあの家には出入りしていなかったのですね」


「そうだよ。だからあの家から行方不明になってた人が出てきたと聞いたときはびっくりしちゃって。でもここは田舎と違って色々な人が来るからね。例えば三ヶ月前に壁のリフォームの業者がこの辺一帯を歩いていたし。先週は保険会社の人が一軒一軒訪ねて挨拶回りをしていたし。鍵はかけてあったらしいけど、そんなの壊そうと思えば簡単に壊せるしね」


ここまで話すと絹子は急に声を落とした。


「実はね、少し前に主人が隣の家から変な声がするって言ったんだけど、私が気のせいだって否定したんですよ。だって誰も居ない部屋から声がするって、もし確かめに行って幽霊だってわかったら怖いでしょう。でもそれがねえ、後から考えると幸田鞠子さんが行方不明になってすぐのことだったんですよ。だから、幸田さんのご家族に申し訳ないです。私らがすぐ気づいて助けてあげていれば、幸田さんもあんなガリガリになる前に助けてあげられたのに」


「まさかあんな場所に人がいるとは思わないでしょうから仕方ありません。そもそも家には鍵がかけてありましたし、部屋から玄関に続く廊下は犯人の手によって家具やゴミが置かれ非常に汚くなっていました。あんな場所に誰も足を踏み入れようとは思いませんよ」


***


時哉はその後少しだけ話をしてから松阪家を辞した。次に寺田議員の事故が起こった場所に移動しようよ歩き始めたときに時哉の携帯電話に大田からの電話がかかってきた。


「先生は今、どこにいらっしゃいますか」


「幸田鞠子さんが監禁されていた家の近くで聞き込みをしています」


「では三戸里市にいらっしゃるんですね。それなら市役所にすぐ来てください。市役所の立体駐車場で赤ん坊が殺され、犯行声明らしき文章が書かれた紙が見つかったそうです」
















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