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旅の目的地は魔王城?

作者: 渡辺ころも

これは今日、携帯を修理に出しに行った道中に思いついた話である。


 物語の始まりは、「え? なんて?」から始まった。


 スズメの鳴き声が「チュンチュン」と聞こえてくる朝、俺は俺の名を呼ぶ声で目が覚めた。


「ツァハーレ! あんた今日からまた旅に出るんでしょ! 早く起きなっ!」


 俺を起こそうとする母親の叫び声が、耳元から聞こえてくる。

 これはまるで、昭和の代名詞でもある各種属性をふんだんに貼り付けられた母親と言う存在が、未だ起きてこない息子を怒鳴って起こすその様を再現したホームドラマの一場面のようである。

 俺の母親は、昭和の代名詞とも言えるなんとも豪快な母親象と似ていると言えば分かりやすい。


 俺はそんな母親に対し、あっけらかんと、「え? なんて?」と、返事をしておいた。

「だからあんた、何度言えば分かるの!? 今日から旅に出るんでしょ!! いい加減に起きて飯を食って支度しなっ!! 遅刻するよっ!!」


 母親が何故怒っていたのか疑問に思うところではあったが、俺はそそくさと食事を済ませ、旅の支度を始める。

 旅……、そう、俺は今日から新たな旅にでるのだ。実は俺、一人旅が好きで、暇があれば色々な地域へと旅に出掛けて人生を楽しんでいた。そして次の旅も、当然一人旅でプランを練っていたのだが、残念なことに、今回の旅は一人旅で楽しむとはいかなかった。では、今回誰と旅に出るのかと言うと、彼女や親戚、友達と言った類ではない。それでは誰なのかと言うと、『勇者』とである。勇者と聞けば、おのずと旅の目的地がお分かりになるだろう。そう、旅の目的地は『魔王城』である。

 まぁ旅の目的地が魔王城だとすれば、みなまで言わなくともお分かりになるだろう。魔王城に湧いている温泉につかるわけでもなく、魔王城から眺めるナイトツアーとかでもない。この旅の目的は当然、『魔王の討伐』である。

 この旅の目的は、魔王を倒すと言う、至ってシンプルな目的の旅行プランとなっている。しかし、このツアーの種類は討伐ではなくミステリーに分類され、魔王城を捜索する『魔王城捜索・魔王討伐ミステリーツアー』となっていた。


 おまけに、旅行の期間は三泊四日と言ったオーソドックスな旅行期間ではない。当然魔王を倒すまでの無期限の終わりの無い旅路である。旅の目的を遂げるまで、俺は家に帰ることが出来ない恐怖の旅行プランとなっている。半ば強制労働に近い旅と思っても構わない。


 では何故、俺はこのような夢の乏しい旅行プランを選んでしまったのか、それは、俺が一人酒場で旅行のパンフレットに目を通して、次の旅の目的地を探し悩んでいたところに、職業『勇者』と名乗る、ある一人の女性が俺に声を掛けてきたことによって、俺はこの旅のプランを選ぶことになってしまったのだ。


 その職業が勇者である彼女の誘い文句が、『魔王討伐のために私について来い』と言った、チープで安っぽい誘い文句で俺をそのツアーへ誘ってきたのだが、勿論俺は、勇者のその誘いに二つ返事で、「え? なんて?」と、至って冷静な口調で勇者の誘いに回答しておいた。勇者は俺の回答が聞こえなかったのか、二回目は少し語気を強めた口調で俺をもう一度パーティーに勧誘してきた。俺はしぶしぶ、「え? なんて?」と言ってお茶を濁しておいた。すると勇者は剣を抜き、脅迫まがいの実力行使で俺を強引に旅行のメンバーに加え、必要な書類を提出してしまった。と、言うわけだ。

 まぁ世界が救えると言うのなら、勇者の旅行プランに乗るのはやぶさかではない。

 世界平和の為にでる旅も、悪いものではないのかも知れない。

 そして人生初めてのミステリーツアー、どんな謎が待ち受けているのか、今からワクワクする所である。


 こうして俺は旅の支度をしながら、いつの間にか少し恥ずかしい勇者との馴れ初めを振り返っていた。甘酸っぱい青春と言うわけではないが、どれだけ歳を重ようとも、過去を振り返るのは恥ずかしいものである。

 そして俺は旅の支度を終え、家を飛び出し、皆と待ち合わせをしている広場へと向かって歩き始めた。


 一人旅ではないと言うことで、遅刻するわけにはいかない。

 これがツアーでの融通の利かない不便なところである。


 その道中、母親の知り合いと思われる歳を取ったいかにも大阪のおばちゃんと言った人物とすれ違ったような気がした。そのおばちゃんが「おはよう。また旅に出るのかい? がんばってきな」と言っていたような気がしたのだが、俺は急いでいたこともあり、「え? なんて?」と返事をしておいた。爽やかな朝に、化粧するのに失敗したのか、顔を真っ赤にした大阪のおばちゃんを見た気がした。


 道中アクシデントみたいな人と出会ってしまったが、俺が到着したころには、他のメンバーは既に全員集まっていた。俺が一番最後ではあったが、待ち合わせの時間には丁度間に合った。別にこれは遅刻したわけではない。別に誰かに怒られる義理はない。

 だが、何処の誰だかは分からないが、俺に向かって『遅い!』と言った声が聞こえたような気がしたのだが、俺には何がなんだか分からなくて、「え? なんて?」と、見知らぬそいつに答えておいた。

 そして俺は初めて出会うメンバーに軽く自己紹介をしておいた。


 パーティーメンバーは、勇者(♀)、戦士(♂)、僧侶(♂)、魔法使い(♂)の、いたってシンプルな四人パーティーとなっていた。


 パーティーメンバーの年齢は10代と若かった。若い故に高血圧と言った血圧が高い奴は一人も居ないと思われる。年端もないそのメンバーだったが、何故かその中の一人だけ動悸が激しく、顔を真っ赤にして興奮していたのが気になってしまった。魔王討伐の旅を前にして興奮していたのか、それともただの持病持ちによる発作だったのかは分からないが、『旅の途中で倒れなきゃいいんだがなぁ』って、俺はそいつに対して愛心を見せておいた。

 しかし、持病だとすれば、先が思いやられてしょうがない。勇者の一行に入るのなら、健康管理ぐらいしっかりしてもらいたいところである。魔王を倒す前に発作で死なれでもしたら、他の人に面目が立たない。


 さて全員集まったと言うことで、俺たちパーティーは王様が待つ、謁見の間へと向かうことにした。何故謁見の間へ向かうかと言うと、そう言うことだ。これから王様のありがたい話を聞き、今後の旅の支援を貰うために向かうのだ。


「おお、勇者よ。良くぞ参った――」


 俺たちは、王の前で跪き、話を聞く。


「これからお主たちには、わしが考えた『魔王城捜索・魔王討伐ミステリーツアー』の旅に出てもらう――」


 話が長い。俺はだんだん眠くなって舟を漕ぎ始めていた。


「――というわけで、勇者一行よ、頼んだぞ!」

「はっ」


 三人の声が絶妙に揃う。

 しかし一人声が出ていない奴が居た。それは当然俺だ。王様の話が長すぎて俺は寝てしまっていた。

 俺のその状態を見かね、俺の横に居たパーティーメンバーの誰かが、肘でコツいて俺を起こしてくれた。

 俺はそれで目が覚め、寝惚け眼で王様を見上げる。

 王様を含む、謁見の間に居た全員が俺に視線を向けていた。


 そして王様は言う、「話は聞いていたか……?」と。

 ゆえに俺は満を持して答える「え? なんて?」と。


 斯くして俺たち四人の旅は始まった。

 今日の天気は快晴、これはとても素晴らしい出発日和である。

 しかし王様もいい歳のじいさんだ。

 毎日血圧をしっかり検査し、体調管理はしっかりしてもらいたいところだ。

 魔王を倒す前に死なれては困る。できるならば、平和になった世界を見てから死んでもらいたいところである。

『絶対に俺が世界を平和に導いてやる! それまでしっかり生きてくれよ王様!』

 俺は王様に対し、心の中で誓いを立てておいた。


 さて、俺たちは順調に旅を続けた。モンスターを倒して経験地をためたり、装備品を整えるためにお金を稼ぐこともした。更には、魔王軍に襲われている町を積極的に助けて回ったりと、ミステリーツアーならではの突発的なイベントを無事こなし、順風満帆に、『魔王城捜索ミステリーツアーからのー、魔王討伐』の旅を続けていた。


 勿論、モンスターを倒してお金を稼ぐこともできるが、中には、旅の道中で立ち寄る村や町で、お金を払って俺たちに依頼を頼んでくる人たちも居た。これもミステリーツアーならではのイベントだったのだろう、そのお陰で、俺たちは不足がちな旅の資金を得ることが出来た。

 様々な依頼主と出会ってきたが、その中でも、ちょっと変わった依頼主が居たのを俺は覚えている。

 まぁ一月ひとつきほどその町を拠点として俺たちは活動をしていたある日の午後、突然件の依頼主から依頼を受けることになった。

 依頼の内容はシンプルで、『田畑を荒らす何者かが出て困っているので、原因の調査と、もし出てくる者がモンスターであるのならば、退治してくれ』と言う内容であった。俺たちは快くその依頼を受け、早速その調査へと向かった。

 これは依頼の中でも、至ってシンプルで楽なお仕事の一つだ。

 夕闇になるとその者は畑に現れるとのことだが、まだ原因が現れる時間には早く、俺は不審者が出るまで暇をもてあましていた。暫くすると小腹も空いてきたと言うこともあり、そそくさと慣れた手つきで畑で食べられる物を調達し、腹ごしらえを済ませていたのだが、突然勇者が俺に向かって「お前何をしている……?」と聞いてきたので、「え? なんて?」と答えておいた。

 ま、畑を荒らす原因は片付けることはできた。

 そして俺たちは、報酬貰うために、依頼主の元へ向かう。

 依頼主には、問題は解決したと言うことで、報酬はたっぷりと頂いた。その依頼主が最後に、『畑を荒らしていたのは一体なんだったのですか?』と、俺に聞いてきたので、俺は「え? なんて?」と丁寧に答えておいた。


 散々モンスターに食べられたため、栄養分は不足がちになっていたのだろう。畑の主も、これから畑にできる野菜をたっぷりと食って、高血圧を抑えてもらいたいところである。


 ところで、旅を続けて一ヶ月ほど過ぎると、パーティーメンバーの性格と言うのが、自然と把握できるようになっているものである。皆、旅の始まりは緊張していたのか、ぎこちない雰囲気が所狭しと感じられていたのだが、一月経てばそのようなぎこちなさは自然と消えており、皆打ち解け、和気藹々とした様子に変わっていた。俺もまた、そんな彼らの『気』に当てられ、ほだされてしまったのか分からないが、いつの間にか陽気に、「え? なんて?」と聞き返しながら旅を続けていた。


 そして彼らの話を聞く限り、彼らの心の中には、世界を守ると言う非常に強い正義感を持ち合わせているのが分かった。そして彼らはその正義すら誇りにするような奴らだった。俺はそいつらを見て、『真面目で良い奴らだったな』って思っていたのを、今でも良く覚えている。

 だが、そこから半年程過ぎると、話は全く変わってくる。やはり、魔王討伐の旅は過酷過ぎたのだろうか、優しかった彼ら目つきが鋭い目つきへと変貌し、執拗なほどまでに舌打ちを繰り返すようになっていた。そして苛立っていたのだろうか、彼らは絶えず貧乏揺すりを忘れていなかった。

 さらにモンスターとの戦闘において、悦楽を貪ると言えば良いのか、モンスター以上の残忍性を見せつけるほどまでに、凶悪な性格に変わってしまっていた。何故勇者たちがそのような変貌を遂げてしまったのか、あの時の俺には、何故彼らが変貌してしまったのか、その理由を詳しく解釈することができないでいた。ただ、もしかしたら残忍性豊かな魔王の性格に対応するための処置だったのかも知れない。

 どう言うことかというと、彼らのように、正義感の強い人間の中には、時として世界を危険に貶めてしまう暴挙に出ることがある。

 要するに、闇堕ちだ。

 これは、その闇堕ちを防ぐために、彼らの正義の心が防衛本能のように働き、闇堕ちに対抗するために考え出された対応策だったのかもしれない。世界を守るために、己自身さえも犠牲にする……ここは、さすが勇者の持つ正義の心と褒め称えるべきなのかもしれない。

 俺はただ、彼ら三人のその行動に感服するばかりであった。


 しかし、俺は彼らのその豹変っぷりが気になり、心配して三人に声を掛けたところ、「え? なんて?」と言った返事を繰り返すようになっていた。確かこの時からだっただろうか、彼らはこのような口癖を好んで使うになっていた。

 これはもしかしたら、未だ魔王の城に辿り着けず、探し悩み続ける彼らの精神状態が招いた結果なのかもしれない。彼らの悩み苦しむその姿は、旅の始まりで見た幼さの残る10代の青少年と同一人物には見えなかった。

 俺は彼らの為にも、「一刻も早く魔王城を探し魔王を倒さねば……」と、胸に強い使命感を抱いたのを、俺は今でも覚えている。


 それから一月後、このツアーは過酷さを極めた。しかし紆余曲折を経て、俺たちはようやく魔王が住む居城に立つことができた。


 魔王の前に立った三人は、見るも無残な性格へと変わり果ててしまっていた。もう既に皆の会話は成り立たず、魔王の問いかけに対しても「え? なんて?」としか言わなくなっていた。

『味方になれば世界の半分をやる』とか、『我が右腕になれ』とか、甘い言葉で魔王は彼らを誘惑していたのだが、いくら彼らの性格が変わり果てようが、彼らは勇者としての誇りを最後まで忘れていなかった。そのお陰で、魔王と彼らの間には、一切会話が成り立つことは無かった。

 どれだけ性格が破綻しようが、彼らは勇者としての誇り忘れることは無かったのだ。そう、これが勇者であり、勇者なのだ。これこそが勇者なのだ!

 打つ手が無いほどまでに性格が変わり果てようが、勇者の矜持を忘れない彼女の姿に俺は感銘を受けた。

 しかし、彼らの旅の苦労は、その性格の変貌だけではなく、彼らの表情を見れば一目瞭然であった。彼らの眉間には、旅の苦労を思わせる深いしわが刻み込まれていた。

 その表情はまるで、鬼神を思わせる表情だったのを、俺は今でも鮮明に覚えている。


 旅の始めに見せていた皆のあの純情無垢な笑顔は何処へ置いてきてしまったのだろうか……?

 あの天使のような笑顔は何処へ消えてしまったのだろうか……?

 しょうがないとは言え、俺は一抹の寂しさを覚えるとこであった。

 俺は、『これが勇者の運命であり、選ばれた者たちの宿命なのか……』と、自分にそう言い聞かせ、自分を納得させた。


『しかし、魔王討伐の旅というのはここまで人を変えてしまうものなのか……』


 彼らは、人類の希望であるがゆえに、その思いによるプレッシャーと言うのは推し量ることの出来ない程の重圧だったのではないだろうか?

 彼らの小さな肩には、性格が破綻するほどのストレスが重くのしかかっていたに違いない。

 そのストレスは慮るべきであろう。

 むしろここは、ストレスから逃げなかった彼らを褒め称えるべきだ。

 喜べお前たち、後は目の前に居る魔王を倒すだけだ!


 それゆえにと言えばいいのだろうか、しかしながらと言うべきなのだろうか分からないが、ここは旅の苦労のお陰と言っておこう、鬼神の如くその表情を有する彼ら三人の前に、魔王はあっさりと倒された。


 魔王が最後に言った大事な捨て台詞に対しても、彼ら三人は「え? なんて?」と言って、最後まで聞く耳を持つことは無かった。

 俺はこの時思った。『彼らこそが勇者の中の勇者――le Brave des Braves』だと。

 そして俺は、彼らの正義と勇気に涙を流した。

 まさか、ツアー最後で涙を流すとは思いもしていなかった。

『もう歳かな』達観したように、俺はそんなことを考えていた。


 こうして、彼ら三人のお陰で、世界に平和が訪れた。


 しかし、俺は魔王の最後の捨て台詞を聞いて、一抹の不安を覚えていた。

『第二の魔王、第三の魔王が登場するのも時間の問題だな……』と。

 油断は禁物なのだろうが、もう既に俺には関係ない。

 俺の旅は終わったんだ。

 そしてまた酒場へと赴き、新たな旅のプランでも考えることにしよう。


 老兵は死なず、ただ消え行くのみ――だ。


 おわり。

さて気晴らしは終わりだ。

と言いつつ、投稿した後、不足分を補うためにしっかり書き込んだ→20151117。


20151118:更に加筆させてもらいます。ついでにタイトルも変更。

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[良い点]  天然なのか意図的なのか、飄々とした主人公の軽快な語り口に魅せられました。  冒頭では筋金入りの鈍感とも受け取れますが、読み進めるうちにそれが間違いであったことに気付かされます。誰よりも黒…
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