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清華廉学園女子テニス部による超絶的青春謳歌の日々 ④

作者: 夕焼おち葉

 初秋の日の話。

 夏の最後の大会が終わり、3年生が部活を引退してからの新学期。

 放課後の教室で、清美きよは無表情のまま、真奈美まなの肩を激しく揺らしながら告げた。

「脚本を書きます」

「まぁ……そうなりますわねぇ」

 清美きよの、いつも戯言に対して、真奈美まなは珍しくこうなる事が分かっていたかのように諦めの声を、ため息混じりで発した。

「がんばるっきゃないねぇ~」

 気がつけば、桃井ももがふわっふわと2人の傍に来ていた。

 普段ならば「部活しろよ!」と叫び散らすまなであるが、この日に限っては違っていた。

 迫る学園祭に対して、決まらないクラス発表。担任は「これも勉強の一環だから、良い教訓になるから」と、今学期から教育実習という名目で2年B組に付いている『新蔵倉臼(にいくらくらうす)《数学担当》』に任せた。

 ――それが全ての間違いだった。



≪学級会の様子≫


 実はこのクラスの学級委員を務めているのは、真奈美まなだったりする。

「とりあえず……例年通りウチのクラスも展示系でいいわよね?」

「異議なーし!」「賛成ー!」「問題なーし!」

 清華憐学園はその体質上、展示や研究発表で溢れかえるのが学園祭の特色となっている。

 きよ・まな・ももが所属する2年B組も例外ではなく、その流れに乗る事が当然という雰囲気であったのだ……あったのだ。

 しかし、判定は覆る。今年はイレギュラーな事態が起こった。

「本当にそれでいいのか?」

 その一声に、クラス全員が教室後方の黒板の前に腕を組んで立つ、教育実習生『倉臼』の方に目を向けた。

「お前達……人生にやり直しはきかないんだ。俺もこの学び舎で3年間勉学に励んだが、それだけでは社会の頂点に立つ事は不可能だと学んだんだ。真奈美まな! オレは学んだんだ……勉強だけではダメだということを!!」

 良く分からないが、その熱い一言一言に、クラス一同は圧倒された。ももだけが「学んだ。と、まなちゃんの名前がギャグになってる……!!」と抑えた口から笑いが零れていた事に関しては詳しく説明するような事柄ではない。

 教育実習生倉臼は、ゆっくりと生徒達が座る机の横を通り、教卓の前まで来て、そして告げた。

「いいか、お前達に足りない物が俺には明確に分かる……」

「(ゴクリ)……」

 倉臼が真横に来たので、少し距離を空けて立ちすくむまなが、その真剣な表情を見て、唾を飲み込んだ。クラスメイト一同にも緊張が走った。きよだけは、『こもずキッチン』という流行りのレシピ本を読んでいる事に関しては差ほど重要な事柄ではない。

「お前達に足りないもの、それは演劇だ!!」

「そ、そうだったのか――――えッ、何でッ、何処がッッッ!?」

 まなが誰よりも早く倉臼にツッコミを入れていた。

「そこだ、真奈美まな。そういうところが演劇が足りないんだよ!」

「は?」

 きよともも以外のクラスメイト全員の頭上にクエスチョンマークが浮かんでいた。

「どうやら、理解出来たのは……清美きよと、桃井ももの2人だけのようだな。よし、清美きよ、説明してみせろ」

 依然として『こもずキッチン』を読んでいるきよが、目線を上げずに答えた。

「みせろ? 誰に向かって言っているのかしら」

 クラスが凍りついた。

「みせてください」

「早ッ」

 倉臼が床に対してほぼ平行に頭を下げたのを見て、まなが思はず反応してしまった。

 それを聞いたきよは、その場で『こもずキッチン』のレシピ本を持ったままスッと立ち上がり、全員に聞こえる程の音量で答えた。

「何処の家庭にでもある、余りモノのフォアグラを使用した料理①」

「ねーよ!」

 ずっこけつつも、まなはしっかりとツッコミを入れた。

「えっ…………では、他のページ。昨日の夕食が伊勢海老丸ごと1尾のちょい足しで大変身①」

「そりゃ変るよ!! 伊勢海老を何だと思ってるんだッ!!」

 レシピ本を音読するきよに対して、まながツッコミを入れるだけの、2人とってはいつも風景がクラス内に訪れた。しかし、クラス内の空気は「おいおい、簡便してくれよ。教育実習生『倉臼』が怒りだすぞ」とでも言わんばかりの張り詰めた状態であった。

 そして、そのクラス全体の意思と言い換えられる予感は的中した。

「清美きよ!!」

 教育実習生『倉臼』が怒鳴り声を上げた。

 誰もが「あー言わんこっちゃない。知らないぞー私は知らないぞー」と思っていた。

「何かしら」

 きよは一瞬でもたじろぐ事なく冷静に対応し、『こもずキッチン』のレシピ本を机の上に置いた。

 クラスメイト達の予感は『清美きよが叱られる』。まなの予感は『殴り合い』。そして、ももの予感は『今日の夕ご飯はハンバーグ』。

 クラス全体が呼吸すらままならない状況の中で、教育実習生『倉臼』は、先ほどとは打って変わって静かに告げた。

「テキストの38ページを開きなさい」

 えっ、まさか。この状態で授業を始めるだって!? クラス中が困惑した。

「はい」

 更に珍しい事に、きよも何も言わずにページをめくり始めたではないか!!

(それは、こもずキッチンッッ!!!!)

 まなが心の中でツッコミを入れた。

 きよがページを捲り始めたテキストは、先ほど机に置いた『こもずキッチン』のレシピ本だったのだ。

「よし、38ページの2段落目を音読しなさい」

「えーっ…………おにぎりを握ろう。まずは手を洗うぞ!(※図1) このように手のひらと、手の甲を丁寧に洗おう」

「かつてない酷い38ページッッ!!!!」

 思わずまながツッコミを入れた。

「よし、そうだ。オッケーだ」

「えッ、何がッッ!?」

 何かが、肯定された。

「教育実習生倉臼、私はあなたを少し侮っていたようだわ。認識を改める事にするわね」

 そして何かを、理解し合った。

「よし、それでは桃井もも。お前はどうだ?」

「はい、『あなたには功夫が足りわ!』みたいなものです!!」

「えッ、ももちゃんッ!?」

「そうだ、その通りだ!!」

「そうなんだッ!! バーチャ的なファイターなんだッッ!!」

「おい、真奈美まな。さっきから一人で何を言っているんだ。煩いぞ」

「そうね。ちょっとあなたさっきから一人で何を言っているの?」

「まなちゃん。功夫が足りないよ?」

「気が付いたらそこはアウェーッ!?」

 満足げな表情の教育実習生倉臼は、ここで一旦きよ、もも、そして学級委員のまなを席に着かせた。

 教室内が落ち着いた空気に戻るのを確認して、倉臼は皆に告げた。

「よーし、皆。今ので森羅万象の理は理解出来たと思う!」

「そんな壮大な話何時ッッ!?」

クラス一同「はい」「分かりました―」「理解しました」「(頷く)」

「皆どうしてッッ!?」

 まなはこの時点で敗北を確信した。後はもうどうしようもなかった。気がつけば我がクラスの発表は『演劇』で決定していた。

「よし、脚本は…………真奈美まな。やってくれるな? 清美きよと、桃井ももも手伝ってくれな」

「この流れはいったい……」

「ありがとう、真奈美まな」

「もはや言葉すら通じない……」

 こうして、チャイムの音と同時に波乱の学級会が終了したのであった。


≪学級会の様子 完≫


 そういう経緯で3人が演劇の脚本を担当する事になったのである。

「やー、でもさー脚本って言ってもさー」

 演劇で決定したのは良いが、今日決まったのはそこまでの話であり、肝心の内容を決めてはいないのだ。

 まなは困った。

 独断で決めるにしても、衣装や小道具などの問題を考慮した上での脚本が求められるのだ。

「SFなんかいいんじゃないかな!」

 ももの実現不可能そうな提案に「むりむり」と軽く流しながら、自分の頭の中である程度実現可能な方向を固めた。

「実際に宇宙で撮影すればいいんじゃないかな!」

 ももの実現不可能そうな提案に「むりむりむり」と軽く流しながら、大方考えがまとまり始めた。

 学園物であれば、小道具も衣装もほとんど身の回りにあるものでどうにかなる。そういう結論に至った。

「じゃ学園系で。友情絡めて無難に行きましょう」

「えっ……?」

 沈黙を続けていたきよは「真奈美まなという女(演劇番版)」の脚本を書き始めたばかりだった。

「おいッ!」

「あ~、そんなのあったね~」

 ももがしみじみと頷いた。

「この日の為に考案していたんじゃない。何を今さら」

 詳しい説明は省略するが、「真奈美まなという女」は清美きよが脚本・演出・撮影と全てをこなし、当初学園祭で上映しようと考えていたドキュメンタリー風映画である。主演はいわずもがな真奈美まな本人である。 

「止めろ……止めてください」

「あなたの望んでいる学園物よ。しかも脚本もほとんど形が出来ているというのであれば、手間暇省け放題じゃないかしら。時間が余れば……そうね、部活に出られるわよ!」

「くッ、こんな時だけ部活を引き合いに出すなんて!!」

「まぁ、これは最後の手段という事にしておくとしましょうか」

 そんなやり取りを数分間していた隙に、ももがノートを取り出して二人に見せた。

「実は、私もこんな日の為に考えてた話があります!」

 自慢げな表情からは、自身が垣間見える。

 聞けば、どうやらこの話は来年の女子テニス部の出し物として密かに考え始めていたものらしい。(今年の女子テニス部の出し物は、3年生2人の希望によりゲームセンター(ガチ)という事決定した)

「え……そんな、ももちゃん。いいの?」

 皆を驚かせようとして考えていたに違いない。しかし、それを1年も早く披露するだなんて、なんて良い娘なんだ……。と、まなは微妙に感動した。

「いいんだよ、まなちゃん。ストーリーは私の希望の展開を書いただけなんだけど、ちょうど演劇にも活かせそうだし、これを使ってよ!」

 あー、天使や。天使がおるで。

 まなはノートを受け取って1ページを開いた。



 その瞬間、私は箸を置いた。

 限界を感じていた。

 タイマーが示す残り時間は30分を切っていた。それはまだ折り返し地点だった。

 実況席で太った男性が声を上げている。男性の話す言葉は英語だったが、なんとなく自分の脱落を話しているような気がした。

 心臓が重く感じる。

 肺に空気が回らない。

 目の前に山のように積まれた唐揚げは、チョモランマ1/2も減ってはいない。

 富士・芸者・エベレスト。

 余計な単語さえも脳裏を過り始める。

「はむはむはむはむはむはむはむはむはむはむはむはむはむはむはむ」

 両隣の猛者達はペースを乱すことなく、唐揚げを胃袋に収める。

 差は開く一方で、時間は縮む一方だった。

「まなちゃーん! 頑張れーー!!」

 あぁ、客席から心の友である『桃井もも』が私に声援を送ってくれているのが分かる。

 意識せずとも、その声が胃袋に――――うっ、吐き気がする。

 今はだめだ。

 この世の全てが胃袋に流れ込んでくるような気がする。

 ナイル川・信濃川・フォワード流川。

「あむあむあむあむあむあむあむあむあむあむあむあむあむあむあむあむあむあむ」

 余計な事が頭を通り過ぎるさなか、ドッと沸きあがった歓声に感性が揺す振られつつ正気に戻った。

 何事か!? と左隣を見ると、アメリカ代表の「フエル・フェルナンデス」選手がスパートをかけていた。

(無謀すぎるッ!!)

 まだ残り時間は26分47秒もあるというのにッッ!!

 私は……私は…………無理だ。私はもう箸を持てない。

 箸より重い物を持ったことがないからではなく、限界だ。

「まなちゃーん! 頓知を効かせてーー!!」

 客席にいるマイベストフレンド『桃井もも』からのアドバイスが飛んだ。

「そうか! 端を持てば――――って何にもならんわッッ!!!!」

 もうだめだ。私はこれを以って引退しよう。

 所詮凡人だったのだ。

 体力の限界。この1時間はみじめで自分がみっともなくて、かわいそうというか。自分で言うのもおかしいんですけど、こんなに苦しい人生はあるんかなという1時間でした。

 でも何でもいい。引退しよう。

「あきらめないで!!」

 客席にいるマイエスペランサ『桃井もも』からの激が飛んだ。

「でも……原料が…………」

 深い意味はない。ただ、この唐揚げの原料が……という意味だ。

 時間は刻一刻と迫る。

 箸を置いた惨めな私。

 もさい唐揚げは、もう1個たりとも喉を通りそうにない。

 はぁ、こんなことなら出場しなければよかった。どうしてこんな大会に出てしまったのか……。

 女子相撲部主将、真奈美まな。

 特技は大食い、趣味は間食――――――



「ももちゃんッッ!?」

 そこまで読んで、ノートから目を離した。

「単なるフードファイトかと思ったら、私の設定がおかしいんだけどッ!?」

「タイトルは、相撲☆とります!」

「酷いッ! ていうか、この序盤のフードファイト的な場面全然意味ないじゃんッ!」

「相撲部を引退して生きがいを失くしたまなちゃんが、フードファイトを通して自己形成する場面なんだよ」

「えッ、どんなッッ!? ていうか、これどんな企画なのよ……」

「コミック化」

「反対ッッ!!」

「タイトルは、相撲☆とります!」

「さっきも聞いたよッ! あと、もう相撲部引退したなら、相撲とらないじゃんッ!!」

「物語は、まなちゃんが幼稚園の時から始まって……引退までぇ」

「おとさぁぁーーーん!!!!」

「あ、出版社の方ですか、私ですけど。良い企画があるんだけど、聞く?」

「おいッ、清美の人!! 誰に電話してるか分からないけど、とにかく止めろ!!」

 結局、この後も肝心の演劇の脚本については何も進まず、脚本考案は明日へ持ち越しとなった。


 その日の夜…………。

 清美きよ、第3自室にて。

「御神先輩でしょうか、私です。清美きよです」 

 珍しい事もあるもので、きよは引退したテニス部の先輩である御神みかんに電話をしていた。

「えぇ、実は折り入って相談がありまして……はい……演劇です…………それで、脚本を…………」

 行き詰まりを感じたきよが、先輩からアドバイスもらおうという、素敵な光景がそこに――!

「えぇ……日本円ではマズイので、300万ウェルカポスほどで」

 そこに、なかった。

 そこにあったものは、闇の世界、黒い金の匂いと、聞いたこともない金銭の単位。

「それでは、明日、放課後お待ちしております」

 電話を終えたきよは、ふぅと一息ついて、携帯をベッドに向かってぽーんと放り投げた。

「面白くなりそうね」

 きよは、カリカリくん・コーンポタージュ味を齧りながら、不敵に笑った。



 清華廉学園女子テニス部による超絶的青春謳歌の日々 ④ 完。(次回か次々回か次々々回に続く)

未だに、一番最初に書き始めた話が出来あがらないので、割と考えやすかった話を一つ。


時系列とか何も考えていません。

書けるのから書けばそれでいいかと思うんです!


そんな感じなので、書きかけばかり溜まります。

特に冒頭だけで行き詰ったのが、まるで町内のお祭りの焼きそば屋の行列の如く、まだかまだかと順番待ちしている状態。


今年の夏は、食べづらさ78%を誇る「焼きとうもろこし」を10年以上? ぶりくらいに買って食べたのですが、あまりの美味さにときめきメモリアルでチョベリグなたまごっちブームのwindows98でした。


一口で、タイムスリップする懐かしさ。

ラムネの瓶を返すと50円もらえたりする喜び。


高いぜお面!!


今年の夏も終わりました。


あらかしこ。

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