悪気は無いの。と言ってる妹の本当の気持ちはわからない
「お姉様ごめんなさい。でもね、悪気は無いのよ?」
私の妹の口癖だ。
妹はこの言葉を言えば全てが許されると思っている。実際に私へのプレゼントも自分の物にし、私へ招待されたパーティーも自分が行き、極め付けは私に紹介された男性も・・
「だってお姉様よりも私の方が良いと言われて・・ちょうど観たかった観劇だったからごめんなさい」
「そうだとしても何故私に一言言わないの?!」
「それは・・私と行くためにチケットを購入したと言われたら断れないわ。許してお姉様、悪気は無かったのだから」
「・・・」
常にこんな感じだ。
私のクラスメイトも婚約者候補も、結局最後に選ぶのは妹のチェルシーなのだ。
確かに妹は可愛らしい容姿に愛嬌のある笑顔を武器に、周りの人達を味方につけてしまう。
一方私は誰が見ても真面目な容姿に、後継者という肩書きもあって堅いイメージが付きまとう。
コーディアル・オーガット伯爵令嬢
これが私の名前だ。
名前からして堅苦しい・・
「それでチェルシー、ケビンとはお付き合いするの?」
私の問いかけに驚いた顔をするチェルシー。
「しないわよ!だってあの方は跡継ぎではないんですもの」
「!私に来たお相手は皆跡継ぎではないと知っているでしょ?」
「もちろんですわ!お姉様はオーガット家を継がれるんですもの!」
怒りで頭がおかしくなりそうになるのを必死で抑える。チェルシーはと言えば、全く反省していない。
そんな私たち姉妹のやり取りを見ていたお父様と幼馴染の子爵家嫡男のオリバーが笑っている。
「・・お父様もオリバーも笑い事ではありませんよ?このままでは我がオーガット家はお婿さんを迎えられずお取り潰しだわ!」
「まぁまぁコーディアル。君なら必ず婿入りしたいと言ってくる子息が現れるから」
お父様はいつもこう言ってくる。
そしてお父様に庇ってもらう事に慣れたチェルシーは反省する様子もなくメイドが持って来たお菓子に手をつける。
「ま、コーディアルもチェルシーが事前に変な男を避けてくれたと思って感謝」
「出来ないわよ!!もう!お父様もオリバーもそうやってチェルシーを甘やかすから!!」
私は怒りを何処にぶつけたら良いか分からず部屋から飛び出した。
ケビンことケビン・スージーは伯爵家の三男で私とは同じ学園のクラスメイトだ。私と同じ文系で王宮の文官を目指す真面目で優しい人だった。
婿入り先を探す彼と、婿入りしてくれる人を探していた私は自然と話す事が増えた。
そうしてある日、彼の方から家族に会わせて欲しいと申し入れがあったのだ。が・・
「まさかケビンまでチェルシーに目が向くとは・・」
何となく今度こそは上手く行くと思っていた。
私の事を見てくれていたと思ったから・・
「こんな事ならチェルシーに家督を譲ろうかしら」
「そんな事をしたらそれこそオーガット伯爵家は潰れるぞ?」
「・・オリバー」
私の後を追いかけて来たオリバーは我が家の事まで心配してくれる、本当に出来た幼馴染だ。
オリバーは手に持ったお菓子を私に手渡すと、当たり前のように隣に腰を下ろした。
「でも私とお見合いするご子息は、みんなチェルシーに気持ちが向くのよ?だったら出来の良いお婿様を探してチェルシーとくっ付けたほうが早いと思うの」
半分ヤケクソで言うと何故かオリバーは真剣な顔で
「もしそうなったらコーディアルはどうするんだ?」
と聞いてきた。
そんなの決まっている。
「私が嫁に行くわよ!まだ結婚適齢期過ぎていないし、こう見えて学園では成績優秀なんだからね!」
「・・・」
何故か黙り込むオリバーに不安になる。まさかこの男まで私が嫁に行けないと思っているのか!と。
オリバーは隣の領地に住む子爵家の嫡男で、私よりも二つ上だ。学園も去年卒業し今は花嫁探しの社交のため王都にある我が家のタウンハウスに来ている。
ちなみにチェルシーは今年社交会デビューだ。
「チェルシーは今年デビューだよな?」
「えっ?・・そうよ。デビュー用のドレスを作ったから・・」
まさかオリバーもチェルシー狙いだったの?
チェルシーのデビューの話をしたオリバーの横顔があまりに真剣だったから、何故か不安な気持ちと同時に胸の辺りにつままれる様な痛みが走った。
「お父様!お姉様!素敵なドレスありがとう!」
「とても良く似合っているよチェルシー。亡くなったお母様を思い出すよ・・」
お父様とお母様の出会いはお母様の社交会デビューだったと聞いた事がある。
きっとチェルシーの姿を見て、お母様を思い出したのだろう・・
「お父様、せっかくのチェルシーのお祝いですよ。チェルシーおめでとう。今夜から大人の仲間入りね」
私はチェルシーにお祝いの言葉を伝えた。
デビュードレスは白と決まっていて、チェルシーの可憐さを引き立てていた。
「お母様みたいにチェルシーにも許嫁が出来たらどうしよう」
「それはそれで良いではありませんか?まぁ私と違ってチェルシーならすぐに見つかりそうですけどね」
自分で言って悲しくなる。
私は二人に気付かれないよう小さくため息を吐くと、二人の後ろに付いて馬車へと乗り込んだ。
デビューする令嬢は必ず父親にエスコートされながら入場する事が決められている。
それも家格の順に・・
我が伯爵家はちょうど真ん中だ。
いつもはお父様にエスコートされながら入場するが、今夜はチェルシーに付いているため残念だが私は一人で入場した。と言っても今夜の主役はデビューする子息令嬢たちなので、私が一人で入っても気付かれない。
「やぁコーディアル。久しぶりだね」
私は軽く腹ごしらえでもしようと料理を選んでいたら、不意に背後から声をかけられた。
振り向けばそこにはケビンが立っていて・・
「お久しぶりですわね、スージー伯爵子息様」
と、一応返事を返した。
私と一緒になりたいと言ってお父様にも挨拶したのに、一目でチェルシーに心を奪われた男。
「・・チェルシーは今夜デビューだったね?そのエスコートは・・」
「お父様と入場しますわ」
「そうなんだね!」
婚約者がいないと知ったケビンはあからさまな態度を取る。
こんな事ならオリバーにエスコートを頼べば良かったと思ったが・・
何故かしら?オリバーとチェルシーの事を考えると胸が・・
締め付けられるように痛くなった。
不思議に思いながらもケビンと一緒にいる所を見られたくなくて距離を置こうとするが、何故か寄ってくる。おそらく私と一緒にいればチェルシーに会えると思っての事だろう。
私がその場から離れるたび後ろから着いてくる男。もう少しで伯爵家の番になる!と思った時
「コーディアル?こんな所にいたのか、探したぞ」
「オリバー!」
ケビンから隠れるように柱に隠れていたらオリバーに声を掛けられた。
私は軽く周りを見渡すとオリバーを手招きした。ケビンに見つかると厄介だから・・
オリバーに詳細を話すとだったら!と私をエスコートし、一緒に前の方へ移動してくれた。
今年デビューの身内は優先的に前の方で国王と王妃に挨拶する姿を見られるのだ。だからケビンは私の後を着いて来たのか・・
だったらオリバーも?
そう思って静かにオリバーへ視線を移すと・・
「しっかりとチェルシーを見てなくて良いのか?」
私とオリバーは目が合ってしまった。
てっきりチェルシーを探していると思っていたから驚いてしまい、思わず目線を前に移してしまう。
「まぁ俺としてはコーディアルと見つめ合うのも嬉しいけどな」
「!!なっ!」
冗談にしても心臓に悪い!私の胸は痛みと激しい鼓動で苦しいのに、何故かオリバーの言葉が嬉しかった。でもお互い後継者・・
私たちが一緒になれる日なんて来ないのだ・・
その夜のデビューした令嬢の中で一番輝いていたのはチェルシーだった。それを裏付けたのは次の日の釣書の多さだ。
「チェルシー、貴女何をしたらこんな数の釣書が届くのよ・・」
「・・知らないわ!誘われたから一緒に踊っただけよ?その時は誰一人として求婚してこなかったもの」
さすがの数の多さにお父様も困り果て、何故かオリバーに手伝って貰いながら振り分けている。
お父様の基準はあくまでも娘の幸せだ!たとえ家格が上でも娘が苦労する結婚ならば遠慮なく断ってしまう。そんな娘想いの優しいお父様。
「チェルシー、この三人なら君を幸せにしてくれると思うよ」
そう言いながら三枚の釣書をテーブルの上に並べた。伯爵家二人に子爵家一人。私もその釣書に目を通すとそれぞれに事業や領地経営も上手くいっており、チェルシーが困る事は無さそうだった。
チェルシーが断ったら私が行きたいくらいだ!
チェルシーも手に取って見るがどこか納得していない。何が気に入らないのだろう?
「お父様、私まだ結婚する気なんて無いわ」
「「えっ?」」
チェルシーの言葉にお父様と返事が被ってしまう。
「昨日の今日で決めないといけないの?私はまだたくさんパーティーに出席したいし、色々な方とお話もしたいもの」
・・・納得
確かにチェルシーの気持ちはわかる。という事で一旦は全員お断りする事になった。私としては羨ましいが本人の気が進まないのに話を進めるのも違う。
そう言う点では私たち姉妹は幸せ者だ。
私の同級生の中には親の事業の関係で父親と変わらない年齢の方に嫁がされたり、政略結婚でお互い愛人を作ったり・・している人もいるから。
でも・・
「断るのは勿体無いと思っているのか?」
「・・またオリバーは!私の心の中を見ることが出来るの?」
「て事は思ってたんだ!」
そう、私は断るのが勿体無いと思ってしまった。なぜならお父様が選んだ三人はとても優秀な方たちだったから。
「少し・・本当に少しだけ、お婿に来て貰えたら良かったのに・・と思ってしまったわ」
「コーディアルへの釣書だって来てるのに?」
「だって、私の元に来るのは・・皆楽できると思っている方ばかりだから・・」
そう、私に持ち込まれる釣書の相手は、婿入りするが経営には関わらない。婿に入るのだから好きにさせてもらうよ。と、勘違いした男たちばかりだった。
中には違う人もいたが、身体的に問題があったり始めからチェルシー目当ての男もいた。
「チェルシーはそんな男たちに篩をかけて、コーディアルを守っていたんだな」
「・・そうね。あの子なりに私を、オーガット家を守ろうとしてくれていたのね」
見合いで会った男たちはチェルシーに気持ちがいってしまった。それではオーガット家にとっても、私にとってもマイナスだ。
でも、チェルシーになびかず私を支えてくれる男なんているのかしら・・
私はため息を吐くと手にしていた釣書をテーブルの上に置いた。
「二人に夜会の招待状が届いているよ」
朝食後にお父様が二通の封筒を手渡してきた。見ると同じ蝋封が押してある。
「ラバエル侯爵家・・」
ラバエル侯爵家には二人の子息がいる。嫡男は侯爵家を継ぐために侯爵家の事を勉強している。
次男は領地で貿易の仕事をしており、かなりの財を得ているそうだ。最近子爵位を賜ったと聞く。
「優秀だが婚約者もいないと侯爵が嘆いていたよ。そこで夜会を開き相手を探す事になったんだ」
「・・それなら私は行く意味がありませんわ」
相手は嫁を探しているのだ。
「もしコーディアルが見初められたらチェルシーに跡を継いでもらうよ。何、相手が優秀なら問題無いだろう?」
お父様は何故かオリバーを見て言った。
ああ、お父様はチェルシーにはオリバーを!と思っているのだ。
このままではチェルシーは嫁に行かない。
ならば気心知れているオリバーなら!って事ね。
私は震える身体を必死で止めながら夜会への参加を伝えた。チェルシーも お姉様が行くなら!と参加を決めたようだ。
ラバエル侯爵子息、時々夜会で見かける事はあったが格上で婿入りするとは思えず挨拶もしなかった相手。
今回はお話でもしてみようかしら・・
侯爵家への夜会のためチェルシーには新しいドレスを新調した。デビューしたてでドレスが少ない事と婚約者探しの為でもある。
一方私は持っている中でも豪華なドレスを選ぶ。お父様がどう思っているか分からないが今現在は私が伯爵家の跡取りで、チェルシーほど力を入れる必要も無いのだ。
それでも
「やはり二人ともお母様に似て美人さんだなぁ。何を着ても似合うし、直ぐにでも相手が見つかるなぁ」
と、毎回同じ事を言って送り出してくれる。
今回お父様は仕事の関係で欠席だ。その代わり
「オリバーも招待状がきたの?」
「ああ、ラバエル侯爵家の次男とは同期なんだ。領地もそんなに離れていないから時々会ったりしているよ。お互い相手がいないし・・」
「そうなのね!だったら紹介してよ!オリバーの領地と近いなら我が領地からも近いし!」
えっ?チェルシー何言ってるの?と思わず顔に出てしまう。
だってお父様はオリバーとチェルシーをくっ付けようと思っているのに・・
「まぁ紹介くらいなら・・後は自分で何とかしろよ?俺にもやる事があるからな」
「・・冷たいわね!でも仕方ないわ、オリバーも今回は頑張らないとだもんね!」
何やら二人で会話をしている。
私はそれを勘違いして仲良くしていると思って微笑ましく見ていた。心のザワザワを抑えて・・
会場へ着くとさすが侯爵家。しかも最近は次男の活躍でかなりの財を増やしているだけあって、全てが豪華だった。
チェルシーはオリバーにエスコートされながらラバエル侯爵家次男のサモンド様の元へと向かった間、私は果実酒を片手に壁際で待つように言われた。
周りは煌びやかに着飾った令嬢たちがにこやかな笑顔でご子息たちと楽しげに談笑している。
(みんなお相手を探すのに一生懸命だわ。オリバーにはここで待つように言われたけれどこのままではダメよね)
グラスをメイドへ渡すとホールへと歩き出した。その時
「少しお話をさせて頂いても?」
顔を上げると一人の貴公子が立っていた。
私は急いで礼をとると
「頭を上げて、その・・少し話をしないかい?」
突然の申し込みに驚いてしまう。今まではあまり男性と話す事はしなかったし、話しかけられても婿を探していると言えば相手から離れて行ったから。
なので今回もいつもと同じように断ろうと
「せっかくの申し出嬉しく思いますが、わたくし伯爵家の後継なれば婿入りしてくださる方を探しておりますの」
と答えた。
顔良し、言葉からして女性に対しての礼節もある。私が後継で無かったら間違いなく話をしただろう・・
今まではこれで引き下がって行った男たち。でもこの男性は違った。
「オーガット伯爵からは貴女を堕とせたら結婚を視野に入れてくれると、丁寧な返事を頂きましたが?」
「・・えっ?」
クスクスと笑う貴公子に思わず顔が熱くなる。
お父様ったら余計な事を・・と、心の中で怒ると無意識にオリバーへと視線を送る。
残念ながらオリバーは友人とチェルシーの三人で談笑していて、私の事など忘れたみたいだ。
この容姿に着ている服からしてこの方は
「アドルフ・ラバエル侯爵子息様。私のような行き遅れに声を掛けるよりも若い令嬢はたくさんおります。どうかそちらの方へ」
「若いだけでは領地を、侯爵家をまとめる事など出来ませんよ」
真っ直ぐに私を見つめながら言った言葉は真剣に婚約者を探している様だった。
私はそれ以上断る事ができず、アドルフ様にエスコートされながらバルコニーへ移動した。
早く言えば私はアドルフ様に求婚された。
アドルフ様は以前から私の事を調べ、事もあろうかお父様へ釣書を送っていたのだ。
ただその時はお父様も私に婿を探していた為に丁寧にお断りをしていたのだが、妹チェルシーも成人し婿入りしてくれる男性ならば姉でも妹でも良くなったのだそうだ。
そしてお父様の言葉を聞いて真っ先に立候補して来たのがアドルフ様だった。
「お姉様はアドルフ様にお返事なさったの?」
チェルシーとお茶を飲んでいると突然聞いてきた。求婚されて本当は嬉しい。でも、いままで伯爵家を継ぐ為に一生懸命に勉強をして来た。
少しでも伯爵領の民が暮らしやすくなるようにと・・
「お返事はまだよ・・正直とても悩んでいるの。お父様は私の幸せを願って言ったのだと思うのだけれど、私の気持ちがついて来れなくて・・」
伯爵家はチェルシーに任せれば良い。頭では分かっているが簡単に納得出来ることでも無く、一番私を悩ませているのがオリバーの存在だった。
やっと自分の気持ちがわかった所なのに、格上の相手からの求婚。
本来であれば私から断る事など出来ないが、まだ正式な事では無いからと返事を待ってくれている。
「アドルフ様は申し分ない方よ。家柄も容姿も性格も・・どれを取っても一級品だわ。でも・・」
「お姉様には誰か想う方がいらっしゃるのかしら?」
「!」
突然のチェルシーの言葉に詰まってしまう。
そう・・今の私には
コクンッ
と頷くとチェルシーは私に抱き付いてくる。
でも・・
「お姉様!お相手はどなたですの?私の知ってる方ですか?」
私は頷くと直ぐに頭を振る。
「その方とはこの様な話は一度もした事無いの・・だから、迷惑になってしまうわ」
オリバーとは一度だってこんな話をした事が無い。お互いが伯爵家と子爵家の跡取りで、一緒になる事なんて考えてもいなかったから・・
「お姉様・・泣けるほどその方の事を想っていらっしゃるのね。私に出来る事はありますか?」
私はチェルシーに言われ始めて自分が泣いている事に気が付いた。
オリバーが好き。大好き。出来る事ならば一緒になりたい・・
私は初めてチェルシーに弱音を吐いた・・
チェルシーに気持ちを吐き出したあと自分なりに気持ちを整理した。
やはりオリバーの事を想いながらアドルフ様と一緒になる事は出来ない。そう思った私はアドルフ様の元へと向かった。
突然訪問したにも関わらずアドルフ様は笑顔で出迎えてくださり、心が痛んだ。
「良い返事かな?」
侍女がお茶を置くとそれを手に取りながら私に話しかけてきた。
私は震える手を握り締めながらハッキリと自分の気持ちを伝えた。
「申し訳ありません。アドルフ様はとても素敵な方です。私で無くても私以上に素敵な方が現れます」
「それで?私は君以上に私と釣り合う令嬢はいないと思っているよ」
嬉しい言葉だ。でも・・
「私には想う方がおります。その方にまだ自分の気持ちを伝えられない臆病者なんです。だから・・その方に気持ちを伝えたいと思っております」
真剣にアドルフ様を見つめる。
私の気持ちが届きますように・・と。
アドルフ様はカップをテーブルに置くと
「なら気持ちを伝えておいで。もし成功したら潔く諦める。でも、玉砕した場合はこの私と結婚してもらうよ。伯爵家はチェルシー嬢に継いでもらってね」
「えっ?それでは・・」
「私の気持ちは君に伝えた通りだ。簡単には諦められない、だからね猶予を与えてあげる」
アドルフ様はとても楽しそうに言ってきた。
オリバーに気持ちを伝えた所で私の事をどう思っているのかは知らない。
「七日後、報告においで。それからの事はその時に話そう」
そうして屋敷から追い出された私は、気持ちの整理も出来ないまま日にちだけが過ぎて行った。
その間も何もしていない訳では無かった。
同じ屋敷に住んでいる以上、顔を合わす事なんて簡単で何なら朝と夕の食事は一緒だ。
オリバーは住まわせてもらうお礼にとお父様の仕事を手伝っており、まるで本当の息子の様だと褒め称えている。
でもオリバーは子爵家の跡取りだ。
そう思ってしまうと私の気持ちを伝える事が出来なかった・・
「お姉様大丈夫ですか?食事も食べていないし・・」
アドルフ様との約束の日、それは今シーズン最後の王宮での夜会だった。
私とチェルシーは最後の夜会に相応しいドレスに身を包んでいる。
一方オリバーも子爵家嫡男とは思えない装いに思わず見惚れてしまった。
「どうしたのオリバー、そんなに着飾って・・」
オリバーは顔を赤くしながら
「今夜は大勝負に出るんだ」
と、訳のわからない事を言った。
でもあまりに真剣な顔付きに きっとチェルシーに想いを伝えるのね。と、勝手に思い込みそれ以上何も言えなくなった。
王宮に到着しお父様と三人で入場するとすでに大勢の貴族が集まっていた。
お父様は顔見知りの方に呼ばれるとそちらへ向かってしまった。
私はチェルシーに声を掛けるとソファーへと移動すると、まるで、私たちを待っていたかのようにラバエル家の兄弟が私たちの元へ来た。
サモンド様はチェルシーの横に腰掛け楽しげに話し始めると、アドルフ様は私の手を取るとその場から離れようと小声で話しかけてきた。
お父様を探したが見える範囲にいなかったので諦め、アドルフ様に従った。
きっとまたバルコニーへ移動するのだろうと思って・・
「アドルフ様、どちらへ向かっているのですか?」
私はどんどん場違いの場所へ連れて行かれている事に気付き声を掛けると、アドルフ様はニッコリと微笑み
「紹介したい人がいるんだ」
と言われた。
私はまだこの前の返事をしていなかった事に気付き足を止めると
「あの、アドルフ様!私やっぱり結婚出来ません!相手に気持ちを伝えられなかったですが、それでもこんな気持ちのまま貴方の元へ嫁ぐ事は」
「君には約束を守ってもらうよ。私は約束どおり君を待ったのだから」
そう言い終わると王族の方たちの前に連れて行かれた。
「どうしたんだい、アドルフ。おや?そちらの令嬢は?」
「第二王子殿下にご挨拶致します。こちらは私の婚約者のコーディアル・オーガット子爵令嬢です」
「!!」
突然紹介された私は驚き過ぎて言葉を失う。それを良しとしたアドルフ様はどんどん話を進めていく。
まさかと思った。私の気持ちを尊重し、私の答えを待ってくれていると思っていた。
なのに・・
「お待ちくださいアドルフ様!私は!」
「私に恥をかかさないでコーディアル」
「!!」
第二王子殿下とアドルフ様の間でどんどん話がまとまっていく。
まだお父様にも許可を得ていないのに・・
もしかして侯爵家の力で無理矢理・・
私は怖くなり思わず泣きそうになってしまった。
こんな事ならちゃんとオリバーに気持ちを伝えれば良かった・・
「アドルフ・ラバエル様、勝手に私の相手を連れて行かないで欲しい」
突然私の腰に触れたと思ったら引き寄せられた。その相手は顔を見なくても声でわかった愛する人。
「オリバー・ライファン。君を呼んだ覚えは無いけれど?」
「いや、私が呼んだ」
「殿下が?」
いったいどうなっているのか・・オリバーに抱き締められながらも三人の会話を黙って聞いた。
「彼は私の後輩でねとても優秀なんだ。もうずっと側近にならないか?と声を掛けていたんだが良い答えをもらえなくてね。理由を聞けば一人の女性の気を引くのに忙しいと」
そう言いながら大笑いをした。
私は訳が分からず唖然とし、オリバーは顔を赤くしながら俯き、アドルフ様は眉間に皺を寄せながら不愉快そうな顔をしている。
「とにかくオリバーには条件を付けたんだ。好意を寄せている女性を口説いて来いと。そして断られたら側近になれ!と。」
「それは・・」
「アドルフにはもう少し頑張って貰いたかったんだけど?」
「殿下、私はお断りしていますよね?もし彼女に断られたとしても諦めるつもりは無いと。振り向いてもらえるまで言い続けると」
オリバーに手を引かれ歩いて行った場所は庭園にあるカセボだった。
向かい合わせに座ったが何から聞いて良いのか分からず、二人の間に沈黙が続いた。
「コーディアルは今でも婿入りしてくれる人を探してるのか?そらとも嫁入り先を探しているのか?」
先に口を開いたのはオリバーだった。
私はオリバーの質問に対し少し考えた。どちらなんだろう・・と。
そして出た答えは
「私はどちらでも無かったみたい」
「?どういう事?」
思ってもいない答えに困った顔をしている。
「私はお父様とお母様みたいな結婚に憧れていたんだわ。お互いを愛し、信頼し、ただ一人の人と一緒に過ごしたいと思ったの」
貴族の結婚にお父様たちは珍しい。
だからこそ憧れたのだと思う。
「そして今、私はそう思える人に出会えた。いいえ、出会っていたんだって気付いたの」
「・・・」
言おう私の気持ちを。
もし断られたら笑ってその場を離れましょう。
「オリバーあのね・・」
「ディア、俺の話を聞いて欲しい」
懐かしい愛称で呼ばれ胸がドキッとした。
確かオリバーが学園に入るまでの間、そう呼ばれていた事を思い出した。
学園を卒業してからは私の事はコーディアルと呼ぶようになったのだ。
「ディア、好きだ。ずっと前からディアだけが俺を優しくする。その、気付いては・・」
私は頭を横に振った。
「だよな・・」
だってそんな素ぶり一度も見せた事・・
「ディア以外は気付いていたよ、俺のディアへの気持ち」
「だって・・オリバーは子爵家の嫡男で・・」
オリバーは私の言葉を聞いてクスッと笑う。
「ディアは俺に弟がいるの知ってる?と言っても従兄弟だけど、親父の妹の子。両親が亡くなり子供が一人残されて引き取ったんだ。その子が優秀な子でね、譲ったんだ」
「引き取ったのは・・お父様から聞いてる。でも何で?オリバーは実子でしょ?」
オリバーは少し悩むように考えている。
私は何か聞いてはいけない事を聞いた?
「俺も養子なんだ・・従兄弟よりも遠縁の。一応貴族出だけど・・実の両親は生後半年の俺を今の両親に預けるといなくなったと聞いた。両親は子供が出来なくてね、そのまま俺を実子として届けたんだ。だから・・」
そんなの聞いていない。だってオリバーはちゃんと愛されていた。貴族として、嫡男としての教育を受けていた。
だから私はオリバーへの想いを一生懸命隠してきた。
「ごめん、隠しているつもりは無かったんだけど・・その、泣くなディア。君に泣かれるとどうしていいのか悩む」
そう言うと席を立ち私をそっと抱きしめてくれた。
私はオリバーの、大好きな香りに安心しながらも何も見てこなかった自分に嫌気がさした。
「親父から出された条件が三つあって、一つは義弟に子爵家の仕事を教える。義弟は覚えも早く賢い。直ぐに覚えてくれたよ」
オリバーは私をあやすように、背中を軽く叩きながら話し続ける。
「二つ目はオーガット伯爵に認められる事。つまり、ディアのお婿候補として・・」
「だからお父様のお仕事を?」
顔を赤くしながら頷いた。
「伯爵と親父は親友だったから、我が家の事情も全て知ってたんだ。その上で俺がディアの相手として相応しいか・・テストを受けてたんだ。ずっと・・」
知らない!
オリバーの私への気持ちも、そんな事になってた事も・・
「実は学園に入る前に提案していたんだ。学園で優秀な成績を治めたらディアの婚約者にして欲しいと。伯爵は俺の提案に乗ってくれて、卒業までに上位十番以内に入れと言われた。大変だったよ・・おかげで第二王子殿下に目を付けられるし・・」
そう言えば殿下もそう言ってたような・・
「その、良かったの?殿下の側近になればもっと活躍できるのに」
殿下の側近になればエリート中のエリートになれる。
「俺が頑張る理由はディアだけだよ。伯爵はね、ディア一人に当主の仕事を押し付ける男は頭には無く、ディアと共に領地を治めてくれる相手を探していたんだ。俺にとっては最高の条件だったよ。ディアを支え共に歩めるのだから」
オリバーは少し身体を開けると私の顔を覗き込む。そしておでこをくっ付けると
「チェルシーも気付いてた、俺の気持ち」
「えっ・・もしかして?」
「うん、君への釣書やお見合い相手に彼女なりの試験を与えていたんだ。って本人は言ってるけどね、俺をも試していたんだと思う」
「そんな・・」
ただの嫌がらせでは無かった・・
チェルシーは私の事を、オーガット家の事をちゃんと考えてくれていたんだ・・
「伯爵に認められて、チェルシーにも認められて、やっとディアに想いを告げられると思ったのに・・クソッ、あの男に先を越されるとは・・」
私は震える手でオリバーの頬に触れる。
オリバーはそんな私の手を包むように自身の頬へ強く押し付けると甘い目で見つめてきた。
「私オリバーが好き。ずっと前から・・でもお互い後継者だから無理だと勝手に諦めてた・・いいの?私、オリバーのこと好きでいて・・」
「もちろん、離すつもりは無いしディアの隣に立つために頑張って来たんだ。だから・・」
オリバーは片膝を付くと私の手を取ると自身のおでこに当てた。
「オリバー・ライファンはコーディアル・オーガットに一生の命を捧げると共に、死が分つまで隣で歩み続ける事を我が命を賭けて誓います。だからディア、俺の手を取って欲しい」
「!!」
オリバーの手が震えている。もしかしたら私の震えかも知れない。それ程に信じられなくて、でも嬉しくて私の感情はメチャクチャだ。
それでもオリバーの想いが嬉しくて
「嬉しい・・もちろんです。コーディアル・オーガットはオリバー・ライファンの誓いを信じその想いを受け取ります。そして貴方へ一生の愛を捧ぐと誓います。オリバーありがとう、私を支えてね」
「もちろん!ありがとう、ディア愛してる」
「私も愛しているわオリバー」
こうして私の勝手な思い違いから拗れてしまった関係と想いは、無事落ち着く所へと納まった。
「何だかんだで上手くいって安心したよオリバー。で、僕の側近への話は・・」
「却下です!と、言いたい所ですが、お義父上とディアがずっとでなければ手伝っても良いと」
「えっ?本当!マジ助かる!いつから?オーガット嬢女神じゃん!!」
殿下に婚約の報告をする為に訪れた執務室で伝えれば、殿下は踊りだす勢いで喜んだ。こんなにも喜んで貰えるのなら私とお父様で領地の経営しても良いかな?と思えてしまう。
「ディア?今変なこと考えてたでしょ?」
「そ、そんな事ないわ!」
私の考えを読んだのかと思うほどの勘の良さに驚いてしまう。
オリバーとの婚約はあっさり進み、半年後には婚姻を結ぶ事が決まった。オリバーは我が家に住んでいた事もありこのまま住み続けることになった。
「じゃあ今日から手伝ってくれる?!」
「今日はダメです。今からディアと街へ買い物に行くので」
ね!と嬉しそうに微笑まれるとNOとは言えない。結局殿下の元へは三日後からとなり明日にでもオリバー専用の机を入れると張り切っていた。
オリバーは約束通り私と街歩きをしてくれた。実は男性と二人で街を歩くなんて事は初めてで、しかも好きな人と手を繋いで!
「殿下の手伝いをすると二人の時間はなかなか取れなくなるんだ。俺としてはとっても嫌だけどディアは嬉しいでしょ?」
「あら!私だって本当は嫌よ!でも、大好きな人が誰かに頼られる仕事をしていると思うと嬉しいわね」
オリバーはディアが喜んでくれるなら頑張る!と言ってくれた。
諦めていた結婚だったけど、結果的には妹には助けられ幸せな結末を迎えることが出来る。
「チェルシーの結婚式には素敵なドレスを仕立てないとね!」
「その前にディアのドレスが楽しみだ」
二人で近い未来を想像し笑い合った。
この先もずっとこうして二人で笑い合える家庭を築きたい。
半年後、私は大好きな人と結婚します!
箸休め的に書きました!




