静かな宣告
あれから半年が経った。
時計の頭を叩き、カーテンを開く。
このまま新聞を読みたいと言った所だが、生憎、最近新聞社ごと潰れてしまった。
今、私のかりそめの朝ルーティンにはぽっかりと穴が空いている。
液晶に映る日々捏造される情報よりは、インクと紙の束の方がまだマシだと思うんだけど。
とはいえ、虚無を見つめても仕方ない。
今日は早めに家を出る。
実体のない視聴数に貢献してもしょうがないし。
どうせ、画面に映されることはやれ芸能人の不倫がどうたらだの今年の蘇生数がどうたらだのそんなしょーもない事ばかりだしね。
クーラーの効いた部屋から玄関へ出る。
赤い空気が全身にまとわりつき、肌にじんわりと汗が浮かぶ。
今日の最高気温は37℃。
昔は30℃で異常気象だと騒いでいたというのだから信じられない。
扉を開けると、セミは今日も相変わらず叫んでいた。
どうせ数日も経てば、そこら辺に腹を晒して転がっている。
心底羨ましい。
私は、勝ち組の彼らを横目に駅へと足を踏み出した。
いつもは巨大な津波のように押し寄せる雑踏。
だが、津波も太陽の前には蒸発してしまうらしい。
今日はさざ波程度だった。
行先は堀香大学。
私が滑り込める程度の中堅大学で、地元ではそれなりに認知度が高い。
駅を降り、キャンパスに入る。
朝の静けさに混じる木々のざわめきが雨上がりの匂いと手を取っていた。
今日は特に講義は無い。
けれど、私は図書館へと足を運ぶ。
目的はただ一つ。
凶器探しだ。
赤外線センサーに会釈をし、図書館へ入る。
電気的な冷気が私を包む。
「はぁ〜生き返る。」
無意識に呟いた。
呟いてしまった。
口に出し終わるより前に意味を理解する。
足に力が入らなくなった。
ふと振り返る。誰もいない。
自動ドアはちょうど締まりきったところだった。
ーーー
「ねえ、お姉ちゃん。」
「なぁに?陽菜」
「お姉ちゃんはさ、ほんと私のこと好きだよね〜」
「んー?そりゃかわいいかわいい妹だもん」
「私のおねがいならなんでも聞いてくれるしさ〜。良かったね、私はがめつくなくてさ。」
「えー、がめつい陽菜もそれはそれでいいかも」
「全く....私がいなくなったらヒモ彼氏とかつくってそう」
「....ひな、そんな事冗談でも言わないでよ」
ーーーー
専用PCで検索をかけ、本棚へ向かう。
木と紙の柔らかい独特な匂いが、滑らかに感じられた。
えっーと...B408は...
あったあった。これだ。
背表紙に
「CLRV概論 -細胞再生プロセスの臨床的課題」
と書かれてある本を手に取る。
ふと、ホコリひとつ付いていないことに気づいた。昔の本なのに珍しい。
まあ、司書さんが掃除でもしたのだろう。
手頃な近くの机を陣取り、椅子に腰掛けた。
......当たり前だけどやはり難しい。
今まで、蘇生薬について素人なりに調べてきたつもりだ。
だけど、この本はちゃんとした学術書。
ネットで培った付け焼き刃はいとも容易く跳ね返される。
それでも、ページを捲る手は止まらなかった。
ーーー以上のプロセスを経て、CLRVは対象の遺伝情報を参照し、欠損部位の修復を行う。
しかし、脳神経細胞、特に海馬および前頭葉における再構築時において、稀に「複製エラー(Replication Error)」が生じる症例が報告されている。留意すべきは、一度このエラーが定着した場合、CLRVはそのエラーが生じた状態を新たな正常状態として再定義する点である。
したがって、以後の蘇生においては、その異常状態が起点となり再度のーーー
意味を理解し思わず本を閉じる。
バチン、と乾いた音が響く。
真っ先に浮かんだのは姉の顔だった。
それも、病室の。
医者は「蘇生後の一時的な混乱だ」と。
お母さんもお父さんも、皆それを信じてた。
あの無感情な男。
私はその言葉を受け入れることができなかった。
本から、1枚の薄っぺらい紙が滑り落ちた。
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