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いつもの今日


「陽菜!こっち!」


母の慌てる声。エンジン音。

夕日は車の赤い塗装を際立たせていた。



ドアハンドルを持ち上げ、乗り込む。

ラベンダーの香りが鼻に絡み付く。

この振動は道路のせいか車のせいか。

どちらにしろ、頭が痛い。


「ほら、シートベルトして。早く。」

車内に震え声が響く。

母は、焦りながらも私の肩にベルトが乗っているかを気にしているようだ。

そんな期待に応えまいと、小さく息を吐き出す。

左肩からベルトを伸ばし、バックルへと差し込むと、普段よりバックルの音が遠く聞こえたように感じたのは思い込みだろうか。

シートベルトを付け終わると、すぐにアクセルが踏み込まれ、強いGが胸を締め付けた。




左前方に止まっている救急車を追い越す。

サイレンと共に遠ざかっていくストレッチャー。

猫背の付き添い人は、眼前の事実より液晶の情報に依存しているようだ。



制限速度を忘れた車内から見える景色は、歪んでいた。





「お父さん、夏帆の容態は?」


母は、病室につくなり叫んだ。


「あぁ、死んだよ。」


窓から差し込む冬の木漏れ日は、お姉ちゃんの顔を温めていた。


「でも、夏帆は大丈夫なのよね?」

「あぁ、蘇生は問題ないらしい。」

「ならよかった...」


そう言うと母は丸椅子へ座り込んだ。

鉄パイプの足がギシギシと鳴く。

私も姉のベッドへと腰掛けた。


エアコンの温風が体温を補充してくれる。

一時の静寂を共有する3人の視線。

それは日光と混ざり合い、姉へと届いている。


この凪をコツ...コツ...という音が破る。

そして、壁一枚を挟んだところで止まった。


「失礼しますね〜」


そう言って、少し軋む引き戸から現れる医者。

顔には笑顔が貼り付いていた。



「家族の皆さんがいらっしゃったとの事なので説明にまいりました。」

「先生、娘はどのくらいで目を覚ますのでしょうか?」


開口一番、本題だ。


「はい。蘇生は成功し脈も安定していますので、蘇生後1〜3時間後には意識も戻るかと思います。蘇生が行われたのが1時間半前ですのでそろそろですかね。」


天気予報士に似た口調。

その目は、彼方を捉えていた。


「良かった...とりあえず安心だわ...」


そう言うと母は再び座り込む。


私も、握りしめたシーツを緩め力を抜く。


父は、腕を組み、壁によりかかった。


「あ...かは...」

医者の予報通り、静寂を掠れた呻き声が切り裂く。


「夏帆!夏帆!」


母が強く手を握り、名前を叫ぶ。


しかし、先程開いたばかりの姉の目は虚ろだった。


「無事生き返ったようで良かったです。では経過観察の後、本日中にはご帰宅できるかと思います。」


猫撫で声の医者。

脇に挟んでいたバインダーに何かを書いている。


その横には喘ぐ姉。


「夏帆?」


手を握りながら見つめる母。



病室に、声が響いた。

どんな声だったかは、今もまだ思い出せない。

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