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微笑み令嬢

騎士の偏見は、最強令嬢のマカロンで溶ける

作者: 夜宵
掲載日:2025/12/02

念願が叶い転入することができた王立学園の二年生の教室は、辺境伯令嬢ソフィア・ダルタスにとって、まるで砂糖菓子でできた宝箱のようだった。


窓から差し込む光、繊細なレース飾りの制服、そして何より、親友カナリア・フローレンスの輝くような笑顔。


(ようやく、会えた!)


辺境の厳しく広大な領地で、過保護な父と二人の兄に囲まれて育ったソフィアは、王都の華やかな学園への入学を、ずっと許されてこなかった。

ようやく編入できたのは、あのアーヴィン第三王子が辺境に追放されることになり、「気に入られでもしたら困る」という父の(失礼な)判断が下されたからだ。


ソフィアは、遠い辺境からカナリアの苦しさを知る唯一の友だった。

幼い頃王都で出会い、その後は手紙で、アーヴィン殿下に虐げられたカナリアをいつも力強く励まし続けてきた。


ピンクブロンドの髪をいつものようにポニーテールにまとめ、すらりとした長身で教室に立つソフィアの胸には、カナリアを守るという固い決意と、王都の美味しいお菓子への期待が詰まっていた。


昼休み。

ソフィアは早速カナリアと再会し、抱き合って喜んだ。


「カナリア!もう、あの殿下から解放されたのね!私がいたらボコボコにしてやったのに」

ソフィアがタメ口で明るく話しかけると、カナリアは嬉しそうに笑い、すぐにその背後にいる二人の男子生徒に視線をやった。


一人はカナリアの新しい婚約者、エリアス・シャントレー。天才魔法使いのエリアスは、優しい笑顔でカナリアを見つめていた。


そして、エリアスの友人であるロドリック・アストロ。騎士志望の努力家で、真面目すぎるほどの青年だ。彼はソフィアの登場に眉をひそめていた。


「失礼ですが、辺境伯令嬢。侯爵令嬢にそのような粗野な口調は控えるべきでしょう。それに、その辺境仕込みの剣術を誇るような態度は、王都の学園ではふさわしくありません」


ロドリックの、女性が剣を持つことへの明確な偏見が込められた口調に、ソフィアのきらきらと輝いていた期待が一瞬で氷のように冷えた。


「失礼ね。私の剣術は、命を守るための立派な技術だわ。あなたのような、女性が持つ努力や技術に偏見を持つ騎士志望に、私の生き方を否定される筋合いはない」

ソフィアは、甘いお菓子を巡る時のように真剣な、鋭い視線をロドリックに突きつけた。


学園初日から、辺境の剣士と騎士志望の貴族の間に、火花が散った。


◇◇◇


ロドリック・アストロとの初日の衝突は、たちまち学園中に広まった。辺境伯令嬢が、騎士志望の真面目な子爵令息を、大勢の前で言葉の剣で打ち負かしたという話は、ゴシップの絶好の種だった。


翌日、ソフィアはカナリアと従姉妹のオルティナ・ワイドナーに囲まれて昼食をとっていた。


「それにしてもあのロドリックという男、本当に鼻につきますね」

オルティナが、涼しい顔で紅茶を飲みながら、少し毒舌を交える。


「あんな古臭い考え方をする男が、将来、国を守る騎士になるなんてゾッとします」


「まったくよ!」ソフィアは熱弁する。

「私の父様と兄様たちが、どれだけ辺境で命懸けで剣を振るっているか知らないくせに!剣に性別なんて関係ないのに!」


怒り心頭のソフィアは、しかし、ナイフとフォークを使って、皿に盛られた色とりどりのマカロンを、夢中になって切り分けていた。その真剣な眼差しは、先ほどの剣術論争とはかけ離れていた。


カナリアが優しく笑う。

「ふふ、ソフィアのそういうところが変わらなくて安心したわ。あのね、ソフィア。王都のパティスリーの新作よ。お父様が贈ってくれたの」


ソフィアは一瞬で表情を崩し、きらきらと目を輝かせた。

「うっそ!カナリア、愛してる!ああ、このピンクのクリーム…これこそが王都に来た意味よ!」



ロドリックは、遠巻きにその様子を見ていた。彼にとって、辺境育ちの荒々しい剣術使いだったはずのソフィアが、甘いお菓子を前に目を輝かせている姿は理解不能だった。


(剣を振り回すような女性が、こんな可愛らしいものを好むのか?いや、これも、王都で自分を良く見せるための演技だろう)


ロドリックの偏見の壁は、依然として厚かった。彼はソフィアの剣術が、女性としての美徳や優雅さを損なうものだと信じていた。


しかし、ソフィアも譲らなかった。

放課後の練習場。

ロドリックが友人エリアスが魔法の自習をしている傍らで訓練をしていると、ソフィアが道場の隅で、木剣を振るう音が響いてきた。


彼女の剣術は、優雅さとは程遠い。無駄がなく、泥臭く、辺境の荒れた大地で鍛え上げられた努力の結晶そのものだった。


「辺境伯令嬢!」

ロドリックは苛立ちながら呼びかけた。


「女性はもっと優雅な剣術を学ぶべきだ!あなたのそれは、ただの力任せにしか見えません!」

ソフィアは汗を拭いもせず、冷たく言い放った。


「私の剣術は、飾りじゃない。あなたのような、努力家で真面目な騎士志望にはわからないかもしれないけど、これは辺境で生き抜くための譲れない誇りなのよ」


その言葉は、ロドリックの胸に刺さった。


ソフィアの剣は、確かに力任せではない。一つ一つの動きに、ロドリックが憧れるソフィアの父、辺境伯の剣術に通じるような、尋常ではない努力の跡が見えたからだ。


偏見と、ソフィアの持つ真実の強さ。ロドリックは、どちらを信じるべきか、迷い始めていた。


◇◇◇


週末、ソフィアはカナリアの侯爵邸で、オルティナも交えた三人のお泊まり会を楽しんでいた。


部屋には、カナリアが用意した王都でも最新のきらきらとしたデコレーションが施され、テーブルには、山と積まれた色とりどりの甘いお菓子が並んでいた。


「もう、王都のお菓子は最高ね!辺境ではこんなに繊細なものは手に入らないから、幸せすぎて涙が出そう!」


ソフィアは特大のタルトを頬張りながら、目を閉じて幸せを噛みしめる。


その姿は、学園で剣術を論じる際の威圧感とはかけ離れた、純粋な少女そのものだった。


オルティナは、紅茶を優雅に飲みながら、少し毒舌を混ぜる。


「ソフィア様、お父様が聞いたら卒倒しそうな食欲ですね。でも、それだけ食べるのに体型が崩れないのは、辺境での厳しい鍛錬の賜物かしら?」

「オルティナは相変わらずね!」

ソフィアは笑った後、ふと真面目な顔に戻った。

「でも、正直、お父様や兄様たちからの視線がきつくて。私を辺境に閉じ込めようとするあの過保護ぶりから、完全に自立したい。それが、私の王都に来た一番の夢よ」


カナリアが優しくソフィアの手を取った。


「大丈夫よ、ソフィア。私たちがいるわ。」



夜も更け、部屋の照明が落とされ、ローソクの光が揺れる中、ベッドの上で三人の女子会が始まった。


「それにしても、カナリアは大変だったわね」

「本当に。よくあんな酷い仕打ちに堪えていましたわよね」

ソフィアが労わるようにカナリアを抱きしめると、オルティナも相槌をうった。

「確かに辛いことも沢山あったけど、エリアスがいたから……」

カナリアはソフィアやオルティナに笑顔を見せる。

「でも、アーヴィン殿下は今頃どうしているのかしら?辺境で一兵卒からやり直させられていると聞いたけど」

「アーヴィン殿下?王族の権威も威光も全部ないんだから、きっと平民の兵卒にビビって震えてるでしょうね。辺境は王都に比べて余所者に厳しいですしね。学園で私たちが見てた時より、はるかに惨めなんじゃないかしら」

「オルティナ、いいすぎよ!」

「あら、本当のことじゃないですか」

オルティナはソフィアに嗜められても、悪びれる事なく笑っている。


「もう!カナリアはもうエリアス様と順調だし、オルティナは?学園の男子で気になる人は?」

ソフィアが問いかけると、オルティナは

「まだ完璧な紳士が現れませんわ」と鼻を鳴らした。


「ソフィアこそ、どうなの?初日からロドリック様と大喧嘩だったけど」

カナリアが茶化すように尋ねた。


ソフィアは一瞬考え込んだ。

「ロドリック?あの偏見の塊ね。でも、彼のことは、少し理解できるの」

「え、まさか惚れたの?」オルティナが食いついた。

「違うわよ!ただ、彼は本当に努力家だわ。朝早くから訓練しているのも見たし、剣術への真剣さは本物だと思う。だからこそ、女性が剣を持つことに対して、何か強い偏見を持っているんじゃないかしら」


ソフィアは、ロドリックが「騎士志望の努力家」であるという点だけは、自分と同じ譲れない信念を持っていると感じていた。だからこそ、彼の偏見を真正面から打ち砕きたいと強く思った。


「でも、偏見を持つ彼を、私の剣で黙らせる。そうすれば、彼は私の強さも、私の好きな可愛いものも、すべてを認めるしかなくなるでしょう?」

ソフィアの瞳は、甘いお菓子を見つめる時と同じように、きらきらと鋭く輝いていた。


彼女の剣術の強さと、その根底にある純粋な願いが、夜の闇の中で確かな輪郭を結んでいた。


◇◇◇


最近、ロドリックの態度がおかしいことに気づいたソフィアは、放課後の道場で彼を待ち伏せした。


いつものようにエリアスが魔法の自習をしている傍ら、ロドリックは木剣を握りしめ、誰にも見られていないにもかかわらず、その訓練はどこか焦燥感に満ちていた。


「ロドリック・アストロ」ソフィアは静かに呼びかけた。

ロドリックは驚いて振り返った。彼の目は、微かに潤んでいるように見えた。


「なぜ、あなたは女性が剣を持つことに、そこまで拘るの?」

ソフィアは真っ直ぐに問うた。


「私の剣術が、あなたにとって何か不都合な真実を突きつけているの?」

ロドリックは唇を噛みしめた後、ついに重い口を開いた。


「辺境伯令嬢、私の父はかつて、女騎士に命を救われたことがある。私はその女騎士に、そしてあなたの父上のような辺境の騎士に憧れている。だが、私は…どれだけ努力しても、一向に力が足りない。女性が優雅さを捨ててまで得るその強さが、私自身の努力の限界を突きつけてくるようで、認められないんだ」


ロドリックは騎士を志し、毎日血の滲むような訓練を続けている。それにもかかわらず、辺境で命懸けで鍛錬してきたソフィアの剣術には遠く及ばない。その事実が、彼の偏見の壁となっていたのだ。


「そう。それが、あなたの譲れない壁なのね」ソフィアは理解した。彼女はロドリックの努力を偽りだとは思わなかった。だからこそ、剣で語り合う必要があった。


「今すぐ、私と模擬戦をしなさい」

「な、何を!?」

「逃げないで。私の剣が、あなたの偏見の壁を壊し、努力の真実を教えてあげる。負けてもいい。ただ、その目で、剣の持つ真のきらめきを見なさい」


ソフィアは木剣を構えた。そのピンクブロンドのポニーテールが、彼女の決意を映すように鋭く揺れる。


模擬戦は、一瞬で決着がついた。

ソフィアの剣筋は、ロドリックの技術や体力とは全く違う、辺境の過酷な現実に裏打ちされた、圧倒的な速さと重さを持っていた。ロドリックが「こう来るはずだ」と予測した動きの二歩先で、ソフィアの剣はすでに彼の喉元に突きつけられていた。


カキン――

ロドリックの木剣は弾き飛ばされ、道場の床に落ちた。


ソフィアは剣を収めると、静かに言った。


「力任せでは、辺境では生き残れないわ。これは、命の重さを知り、無駄な動きを削ぎ落とした努力の結晶よ。ここに性別は関係ない。あるのは、譲れない誇りだけ」


ロドリックは膝をついたまま、嗚咽を漏らした。それは、敗北の悔しさだけではなかった。彼は初めて、自分が信じてきた偏見の壁が崩れ去り、目の前に真実の剣の輝きがあることを悟ったのだ。


その涙は、彼が騎士として、そして人として、新たな一歩を踏み出すための努力家の涙だった。


◇◇◇


模擬戦から数日後、ロドリック・アストロは完全に変わっていた。


彼は道場に落ちていたソフィアの木剣を拾い上げると、洗練されたマナーで彼女に手渡した。

「辺境伯令嬢、私の愚かな偏見を打ち砕いてくださり、ありがとうございました。あなたは、私が憧れるどんな騎士よりも、強く、誇り高い」

ソフィアは少し照れくさそうに木剣を受け取った。ロドリックの目には、もう以前のような迷いはなかった。彼の視線は真っ直ぐで、ソフィアの強さを心から尊敬しているのが伝わってきた。


「分かればいいのよ。剣術に性別は関係ないってこと」

ソフィアはそっけなく言ったが、彼の変化が嬉しかった。


「ええ、それだけではありません」

ロドリックは顔を少し赤くして続けた。


「あなたの剣の強さも、マカロンを前にした時のきらきらとした笑顔も、すべてが私には眩しい輝きとして映るようになりました」


ソフィアは驚いて彼を見た。強さと甘党趣味という、全く相反する彼女の個性を、彼は初めて丸ごと肯定してくれたのだ。


「あの……その、私は辺境の人間だし、マナーも粗野だと……」

「粗野ではありません。正直で、魅力的なだけです」


ロドリックは真剣な眼差しでソフィアを見つめた。

「私は騎士を目指す者として、あなたの譲れない誇りを傍で支えたい。そして、あなたが王都に来た一番の夢、ご家族からの自立を、最も近くで応援させてほしい」


その言葉は、ソフィアが誰にも言わなかった一番深い願いに触れていた。ソフィアの頬が、ポニーテールにまとめたピンクブロンドの髪と同じ色に染まった。

「そんなこと、騎士志望のあなたが言っていいの?私の訓練について来られないわよ」ソフィアは精一杯強がった。


ロドリックは微笑み、カナリアやエリアスと談笑する友人たちの姿をちらりと見た。


「私の目標は変わりました。あなたの父上のような、強い騎士になる。そして、あなたのような強く美しい女性の隣で、共に剣を振るう。それが、私の新たな騎士の誓いです」


ロドリックはそっと、ソフィアの手に触れた。


「辺境伯令嬢、どうか私に、あなたの訓練を手伝わせていただけませんか?そして、時々、そのきらきらとしたマカロンを、私にも分けていただけると嬉しいのですが」


その真摯な申し出に、ソフィアの心は一瞬で温かくなった。強さも弱さも、甘さも、すべてを認め合えた、金色の約束。


ソフィアは、太陽の光を浴びてきらめくロドリックの瞳を見つめ返し、満面の笑みで答えた。


「ふふっ、いいわよ。ただし、訓練は容赦しないわ。マカロンは、一人一つまでね」


後日、ソフィアの隣で訓練に励むロドリックの姿を見て、カナリアとオルティナは顔を見合わせた。


「あら、まさか、あのロドリックがデレるとは思いませんでした」

「ふふ、ソフィアの剣は、やっぱり最強ね!」


友人たちに見守られながら、ピンクブロンドの剣士と金色の眼差しの騎士志望は、共に新しい道を歩み始めたのだった。


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