第3話 魔王、初めての“人間擬態”で大事件発生
会議室の中心で、リムは静かに杖を掲げた。床に黒い魔法陣が展開し、俺の足元から紫の光が立ち昇る。
「魔王さま、“第一形態・人間擬態”。行きますよ」
「なんか名前が危険なんだけど!」
「だいじょうぶ、これはかわいい方です」
“かわいい方”と言われて安心できる魔王がこの世にいるのか。
俺は一歩引きたかったが、魔族たちの視線が期待でギラギラして逃げられない。
「魔王様の変身……ついに!」
「歴史の一瞬だ……!」
「魔王様が美形なら、人間界での潜入も容易に!」
勝手に俺の顔面レベルを期待しないでほしい。
光が体を包み、視界が白く染まる。
胸の奥で“何か”が形を変える感覚——痛みではなく、むしろ懐かしさに近いものだ。
そして……変身は終わった。
「魔王さま……! 姿を!」
魔族たちがざわめき、リムが俺の肩を軽くつつく。
俺はそっと鏡を覗いた。
「……誰だコレ?」
そこにいたのは、前世の俺——勇者アレクに近い、黒髪の普通の青年。
ただし、瞳だけは魔王の証として赤く光っている。
「おぉ……これは……!」
「人間にしか見えない……!」
「魔王様がイケメンになられたぞ!」
「イケメンは余計だ!」
なんで魔族はすぐ見た目に興奮するんだ。
リムはにこりともせずに俺を観察して言った。
「はい、これで人間界に行っても“魔王”とはバレないね」
「いや、その赤い目はどう見ても怪しいだろ!」
「あ、そこはただの仕様です」
仕様ってなんだよ、先代魔王!
俺は心の中で土下座するように叫んだ。
「魔王さま! ではさっそく潜入調査へ!」
会議室の魔族たちが一斉に立ち上がる。
「お供いたします!」
「いや行かねぇよ!!」
「じゃあ我らが準備を……!」
「準備もしなくていい!!」
この軍団、全員で俺を殺す気か。
そんなカオス状態を見て、リムが俺の服の袖を軽く引っぱった。
「魔王さま、ここまで混乱するともう止まりません。だから……」
「だから?」
「……もう行っちゃいましょうか。二人で」
「二人で!?」
「はい。“魔王密行計画”です」
名前やばすぎるだろ!
しかし、魔族全員を説得する時間もない。
勇者としての不安と、魔王としての責任。
そして、このまま暴走させるほうが危険。
俺は小さく息を吸った。
「よし……行くか」
リムの表情がほんの一瞬だけ緩んだ。
その笑顔が、なぜか胸に刺さる。
「了解。じゃあ隠し転移門を使いましょう」
「……そんなのあったんだ?」
「先代魔王さまが“気分転換の散歩用”に作ったそうです」
先代、自由か。
リムが壁の紋章に手をかざすと、空間がひずみ、淡い光の門が開いた。
「魔王さま。準備はいいですか?」
俺は頷いた。
「よし、行こう」
二人で転移門に足を踏み入れた瞬間——
「魔王様ァァァァァァ!!!!!!!」
背後から轟音のような叫び声。
振り返ったときには、会議室の魔族たちが雪崩のように押し寄せていた。
「魔王様どこへ!?」
「お供させてください!!」
「勝手に行かないでぇぇぇ!!」
全員が涙目で走ってくる。
なんでこんなに重いんだ魔族の忠誠心!!
リムが即座に魔法陣を起動した。
「転移発動!」
光が弾け、俺たちは魔王城から消えた。
――だが転移先で、予想外の“トラブル”が待っていた。
***
目を開けると、そこは人間界の王都。
石畳の通り、行き交う人々。市場の賑わい。
だが、すぐに異変に気づく。
「……なんで、騎士団が全力で走ってるんだ?」
「たぶん……魔王さまのことだと思うよ?」
「まだ何もしてないだろ!?」
すると、騎士団のひとりが叫んだ。
「勇者アレクを発見!! 生きていたぞ!!」
周囲の人間たちがざわめき、視線が一斉に俺へ向く。
リムがぽつりと呟く。
「……あ、言い忘れてた。“人間擬態”は前世の勇者姿に近づくんだよね」
「先に言えええええええええ!!!」
こうして、勇者として歓迎される魔王(中身勇者)が人間界に戻ってしまい、
とんでもない誤解の連鎖が始まるのだった。




