第2話 魔族の“人事会議”は地獄だった
魔王生活一日目。
俺は玉座の裏に案内され、地下フロアにある「魔王軍・大評議会室」へ連れてこられた。
「魔王様。本日は“今後の魔王軍方針”について会議を行います」
ローブ男——側近のガルバが深々と頭を下げた。
「いや、だから俺は世界征服とかしないって……」
「めっっっっっっそうもございません!!」
食い気味に全否定された。
どうやら“魔王=征服する生き物”という固定概念は、魔族の骨の髄まで染みついているようだ。
会議室の巨大な円卓には、軍団長クラスの魔族がずらりと並んでいた。
見た目が全員バケモノすぎて、魔王である俺が一番人間に見える。いや、実際中身は人間なんだけど。
「魔王様! まずは新しいスローガンを決めましょう!」
赤い角のドラゴン族が手を挙げた。
「“人間どもを跪かせよ!”はいかがでしょう!」
「却下だ!!」
即答したら、円卓全体が揺れた。
「では、“大地を灰に!”」
「却下!」
「“世界よ泣け!”」
「もっと却下!!」
おい、なんで攻撃的なのしかないんだ!
困り果てていたところ、俺の隣でメモを取っていた少女リムが、そっと耳元で囁いてくる。
「魔王さま。“ゆるめの案”を出すといいよ」
「ゆるめ?」
「はい。“とりあえず様子見する”とか、“まずは現状把握”とか、そういう感じです」
それ……元勇者というより、公務員みたいな仕事じゃね?
とはいえ他に案もない。俺は席を立ち、堂々と言い放った。
「魔王軍の新スローガンは……“まずは現状把握から”だ!」
次の瞬間。
「「「……は?」」」
魔族たちの顔が全員固まった。
空気が凍りつく中、唯一ガルバだけが震えながら立ち上がる。
「さすが……魔王様……! 深い!!」
「深いの!?」
「人間どもを絶望させる前に、まず状況を知る……! まさに英断!!」
いや、ただの時間稼ぎなんだけど!?
しかしこの言葉を皮切りに、魔族たちの脳内で謎の解釈祭りが始まった。
「さすが魔王様だ……!」
「我らに“見る力”を示せということか!」
「現状把握……つまり――人間界へ潜入調査か!」
おい、勝手に拡大解釈すんな!
「ち、違う! 潜入調査はしない!」
「魔王様ご自身が行くのですね……!」
「行かないって言ってるだろ!!!」
会議室がカオスになり、全員が勝手に“魔王自ら潜入”案を進め始めた。
そんな中、リムだけが苦笑しながら俺に言った。
「魔王さま、どうします? このままだと“単独潜入ミッション”が本当に決まっちゃいますよ?」
「俺は人間界行ったら戦争って言ってたよな!?」
「はい。“魔王さまが堂々行けば”確実に戦争です」
「じゃあどうすりゃいいんだよ!?」
リムは目を細めて答えた。
「魔王さまが“魔王じゃない姿”になれれば……行けるかもね?」
「……変身とかできるのか?」
「ええ。魔王は、姿を三段階まで変えられるの。でも使いすぎると暴走するけど」
やっぱり先代魔王、俺に余計な仕様つけまくったな……!
「使う? 魔王さま。行きます? 人間界」
リムの瞳がこちらをじっと見つめる。
このまま魔族たちの暴走を止めるには……
いや、むしろ世界を守るためには、一度人間界の状況を確認した方がいい。
勇者としての本能が、俺を後押しした。
「……変身、試してみるか」
次の瞬間、リムの表情がわずかに揺れた。
まるで——“この瞬間を待っていた”ように。
「了解。じゃあ“第一形態・人間擬態”を使おう」
「そんなのあるのかよ!」
会議室の魔族たちが、ざわざわ騒ぎ始める。
「魔王様が……ついに……!」
「変身だと……!!」
こうして、俺の魔王生活はますます面倒で混沌とした方向へ進むのだった。




