「それでも、街は歩く」
朝は、誰に告げられるでもなく始まった。
光が差し、影が伸び、通りに人が出る。
昨日と同じようで、同じではない朝。
だが、それを確かめる者はいない。
確かめなくても、街は動くからだ。
市場では、店主が看板を出す。
今日は値段を少し下げた。理由は単純で、昨日よく売れたからだ。
「それでいいのか?」と聞く者はいない。
「それでいい」と決めたのは、店主自身だから。
客は笑い、買い、通り過ぎる。
合わなければ、次は別の店に行くだけだ。
誰も全体を調整しない。
だが、混乱もしない。
それは秩序ではない。
生活だった。
正序会の建物は、今日もそこにある。
看板も外されていない。
書類も積まれている。
だが、扉の前に列はできない。
必要がないからだ。
会議室では、白髪の女幹部が最後の記録を閉じていた。
「最終報告」と書かれた紙はない。
終わりを宣言する役目も、もうない。
彼女は、窓を開ける。
外の音が入ってくる。
話し声、足音、笑い声。
(……続いている)
それで十分だった。
彼女はペンを置き、
記録室の灯りを消した。
街の中央広場では、子どもたちが遊んでいる。
大人たちは遠巻きに見ているが、介入は最小限だ。
危なければ声をかけ、危なくなければ見守る。
誰かが決めたルールではない。
何度も失敗して、自然に残った距離だった。
転んだ子どもが泣き、
別の子が手を差し伸べる。
それを見て、誰も「正しい」と言わない。
だが、誰も否定しない。
それは、説明を必要としない光景だった。
夕暮れ。
街の灯りが点く。
規定の位置に、規定の数だけ。
だが、灯りは命令ではない。
一日の終わりを知らせる、ただの合図だ。
人々は足を止める者もいれば、
もう少しだけ歩く者もいる。
どちらも許されている。
この街には、かつて英雄がいた。
だが今、その名を口にする者はいない。
忘れたわけではない。
思い出す必要がないだけだ。
英雄がいなくても、
正しさが前を歩かなくても、
街は止まらなかった。
むしろ、歩幅は人のものになった。
速すぎず、遅すぎず。
揃わなくても、離れすぎない。
夜。
誰かが窓を閉め、
誰かが灯りを消す。
明日が来ることを、疑わないまま。
完成しない街。
終わらない選択。
誰の物語でもない日常。
それでも――
それだからこそ。
街は、今日も歩いている。
誰にも見送られず、
誰にも導かれず。
ただ、人の足で。
物語は、ここで終わる。
終わったのは、語る必要だけだ。
世界は、続いている。




