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「スライムの里と涙のゼリー」

森を抜けた先、空気がひんやりと変わった。

 木々の間から光がこぼれ、湖面に反射して揺れている。


「……ここが、ピリィの故郷か?」

『はい♡ “ルムナ湖のスライム集落”です♡ やっと帰ってきましたぁ♡』


 ピリィがうれしそうに体をぷるぷる震わせた。

 淡い光のドームが湖に浮かび、まるで星が地上に降りたよう。

 ゴルドが目を細め、腕を組んでうなる。


『……なんつーか、幻想的っつーか……甘そうだな。』

「感想が食い物寄りなのよ♡」

『あなた、甘いの苦手じゃなかった?♡』

『見る分にはいい 食べるのは別だ』

「食う話やめような!? 彼らの前で誤解生むぞ!!」



 ピリィが湖に飛び込むと、無数のスライムが顔を出した。

 ぷるん、ぷるぷる、ぷるるるるん――音のような波が広がる。


『お帰りぷる〜!』『旅は楽しかったぷる?』『その人間、食べられるぷる?』


「最後の質問だけ物騒なんだよ!!」

『“食べられる”は“歓迎”って意味です♡』

「言語ってむずかしいな!」


 ドームの中心が大きく波打ち、巨大なスライムが現れた。

 体は家ほどの大きさ、金色のコアがゆっくりと輝いている。


『……よく帰ったぷる、ピリィ。

 そしてそちらの人間が、噂の勇者ぷるか?』


 低く穏やかな声が湖全体に響く。

 ユウトは姿勢を正した。


「は、初めまして……勇者のユウトですぷる」

『ぷるをつけなくてもいいぷる。無理は禁物ぷる。』

「なんか親切だなこのスライム。」


 長老スルン――スライムたちを束ねる賢者。

 ピリィが誇らしげに胸(?)を張る。


『長老さま♡ ユウトさんは人間なのに、わたしたちの心がわかるんです♡』


 その言葉にスルンの体が淡く波打った。


『……ほう。心で通じ合う人間、久しいぷる。』



『あなたのような者がいたぷる。

 “言葉の断絶”より前――まだ心と声が流れていた時代に。』


「……いた?」

『うむ。“しんぱしあ”と呼ばれた人間ぷる。断絶後、

 スライムと共に戦を止めようとしたが……戻らなかった。』


 ユウトの胸がざわめいた。

 まるで記憶の奥に、知らない言葉が響いた気がした。


『心が通じれば、世界は柔らかくなる――』


 誰かの声が、ほんの一瞬、頭をよぎった。


「……気のせいか。」

『ぷる? どうかしましたかぁ?♡』

「いや、なんでもない。ちょっとぷるっとしただけ。」

『語尾うつってるぷる。』

「やばい、感染力高いぞこの文化!!」



『勇者ユウトよ、歓迎の宴を開くぷる!』


 長老の掛け声で、スライムたちが一斉に輝き出す。

 夜の湖面が光に包まれ、青白いドームが連なる。


『ぷるるん〜♪ ぷるり〜♪ 流れは命〜♪』


 リズムのある不思議な歌が響く。

 ユウトは木の器を受け取った。中には黄金色の液体――蜂蜜スープ。


「……甘い……それに、あったかい。」

『それは“祝福の蜜”ぷる。

 仲間として認めた者にしか出さない特別な味ぷる。』


 ゴルドが鼻を鳴らした。

『……俺ら、完全に客扱いだな。』

『ぷるぷる♡ 仲間です♡』

「ありがとな。でも、飲みすぎて太らないようにな。」

『スライムに体重の概念はないぷる。』

「うらやましい!!」



 笑いに包まれる宴の最中、

 森の奥から怒声が響いた。


「モンスターだ!! 囲め!!」


 火の光が近づく。

 鎧を着た人間のハンターたちが、松明と槍を構えていた。


『人間ぷる!?』『逃げろぷる!!』『乾くのイヤぷる!!』


 スライムたちが震え、湖がざわめく。

 ユウトはすぐに立ち上がった。


「待ってくれ! 戦うな!」


 スキルが発動し、スライムたちの“恐怖”が頭の中に流れ込む。


『こわいぷる……』『燃やされるぷる……』『わたしたち、何もしてないぷる……』


 ユウトは拳を握った。

 彼らの恐怖が痛いほど伝わる。


「ハンターのみんな!」

「な、なんだ勇者か……? 何してるんだ! 下がれ!」

「このモンスターども、危険だぞ!」


「違う! 彼らは戦う気なんてない!

 俺が聞いた――彼らはただ、怯えてるだけだ!」


ハンターたちは一瞬、顔を見合わせた。

「お、おい……本気でモンスター庇ってやがるのか……?」

「バカ言え! 勇者だぞ!? そんなはず――」


ユウトは叫んだ。

「俺は勇者だ! だが、戦うためだけの勇者じゃない!

この子たちは誰も人間を襲ってない、ただ怯えてるだけだ!」


ハンターたちは一瞬たじろぐ。

ハンターたちは迷いながらも、槍を少しずつ下ろしていった。


 ゴルドが横で小声を漏らした。

『……お前、マジで通訳業に転職できるぞ。』


「俺は勇者だよ!!」


 ユウトの叫びに、スライムたちの震えが止まった。

 湖の光がふわりと舞い上がり、夜空に散っていく。



 青白い光が滴のように天へ昇る。

 それは、スライムの涙だった。


『ぷる……涙のゼリー、出たぷる。』

「涙の……ゼリー?」

『心が通じた時だけ流れる滴ぷる。

 争いが止まり、心が触れ合った証ぷる。』


 ピリィがユウトの肩に乗り、にっこり微笑んだ。

『ユウトさん……やっぱりすごいです♡』

「……そうかな。俺、ただ話しただけだよ。」

『話せることが、奇跡なんです♡』


 その笑顔に、ユウトは少し照れくさく笑った。



 夜。宴の後、ユウトは焚き火のそばで座っていた。

 湖のほとりに、淡い青い光がゆらゆら近づく。


『あなたが……ユウトさんですね。』


「あなたは……?」

『ピリィの母、ルリィです。』


 柔らかな声。静かな湖のような穏やかさ。


『あなたのような人間、昔にもいました。

 でも、その人は“言葉を奪う存在”を追って、帰ってきませんでした。』


「……“しんぱしあ”の人、ですか。」

『ええ。あなたは、その続きを歩む人かもしれませんね。』


 ルリィはユウトの手に触れ、淡く光をともした。

 その温かさは、まるで心臓の鼓動のようだった。


『どうか、心を固くしないでください。

 柔らかい心は、誰かの涙を受け止めます。』


「……ああ。覚えとくよ。」



 翌朝。

 旅立ちの時、ピリィが涙をこぼしていた。


『ユウトさん♡ また戻ってきてくださいね♡』

「ああ。今度は蜂蜜持ってくるよ。」

『やったぁ♡ 約束ですよぉ♡』


 スライムたちが一斉にぷるぷると揺れる。

 長老スルンが湖の向こうから叫んだ。


『人間! 次来る時はぷる、ゼリー加工するぷる!』

「だから歓迎の表現が怖ぇんだよ!!!」


 ゴルドが笑い、ピリィが跳ねた。

 森を抜ける風が、優しく背中を押す。


「……言葉が通じても、心が通じるとは限らない。

 でも――心が通じれば、言葉はいらない。」


 ユウトはそう呟き、微笑んだ。

 その笑顔は、スライムたちの涙のように柔らかかった。

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