「女神、また降臨」
夜の森に、突如として金色の閃光が走った。
「……うわ、眩しい!」
『ユウト、まさか……』
『また、あの人ですかぁぁ♡』
ゴルドの声とピリィの悲鳴が重なった次の瞬間、空が爆ぜた。
ドゴォォォォン!!
木がなぎ倒され、煙が舞い上がる。
その中心から、ドロドロに焦げた声がした。
「い、痛いですぅぅぅ……また……着地ミスしましたぁぁぁ……」
神々しいはずの登場が、すでに地獄絵図である。
ユウトは額を押さえ、深いため息をついた。
「……もう驚かない。三回目だもん。」
煙の中から現れたのは、金髪に白いローブをまとった――いや、今は泥まみれの女神リュミエル。
片手に杖を持ち、もう片手で涙目になりながらスカートの裾を払っている。
「ユウトさぁ〜ん♡ 無事でしたかぁ〜!?」
「お前が落ちてくるたびに俺の無事が危うくなるんだよ!」
⸻
女神はいつもの調子で、まるで友達のように座り込んだ。
足元の土はクレーター状。ゴルドがその縁で腕を組み、ぼそりと呟く。
『……なあ。神界って、バイトで回してんのか?』
『バイトさん♡ おつかれさまです♡』
「ちがいますぅぅぅ!! 一応、正式な女神なんですぅ!!」
「“一応”がもう信頼できねぇ。」
リュミエルはぷくっと頬を膨らませ、腰のポーチから光る巻物を取り出した。
「今日はですね! 正式にユウトさんへ“神託アップデート”を伝えに来ましたっ!」
「またバージョンアップかよ。俺の人生、パッチノートでも出せばいいんじゃね?」
『神託って……この間の勇者二人召喚ミスの報告か?』
「ミスじゃありません! ……軽微な仕様です!」
『つまりバグだな。』
「バグじゃありませんぅぅぅ!!」
⸻
ピリィが手を挙げた。
『ユウトさん♡ 女神さんは、なんで落ちてきたんですか?』
「それ俺も気になる。」
「えっとですね……今回はちゃんと降臨用の魔法陣を使ったんですけど〜」
「けど?」
「少しだけ……転送先の座標を間違えて……」
女神は指で輪を描き、申し訳なさそうに笑った。
「……“真上五百メートル”になってました♡」
「空から来てんじゃねぇかぁぁぁぁ!!」
『落下方式の神託て! 人選間違ってんぞ!』
『ユウトさん♡ 毎回ドゴンってなってます♡』
「知ってるぅぅぅ!!!」
⸻
女神は慌てて話を切り替えた。
「そ、それでですね、今回は大事なお知らせがありまして!」
「嫌な予感しかしない。」
「じ、実はですね……竜王ヴァルゼルドさんからの“お礼メール”が届きました!」
『メールて!』
「神界にもあるのかよ!?」
「はい! “勇者ユウト、面白かった。また遊びに来い”とのことですっ♡」
「完全に友達扱いじゃねぇか!!」
『いや待て。それ、神界経由で竜王と通信できんのか?』
「えぇ、一応……神々の通信回線はどことでも繋がるんですよぉ〜」
ゴルドが呆れ顔で頭を抱えた。
『……つまり、人間と魔族の戦争の中心に“通信ミス女神”がいるってことだな。』
「やめてぇぇぇぇぇ!!」
⸻
少し間をおいて、リュミエルは真面目な顔になった。
珍しく、空気が静まる。
「ユウトさん。……あなたの“心を読む力”について、もう一度聞かせてください。」
「え?」
「あなたが魔物の声を理解できる理由、それは……“神の言葉”に近いのかもしれません。」
『神の……言葉?』
『なんかシリアスになってきましたね♡』
女神の瞳が淡く光り、周囲の空気が少しだけ震えた。
「昔、この世界では“全ての種族が話せた”と言われています。でも、ある時を境に――“言葉が奪われた”のです。」
「奪われた……?」
「はい。“言葉を喰らう存在”によって。」
ユウトの背筋に冷たいものが走る。
それは、聞いたことのない名前。
けれど――頭の奥が妙に疼いた。
⸻
リュミエルは静かに続けた。
「その存在は、神界でも観測できません。……心すら、読めない。」
「……じゃあ、そいつが……」
「人間と魔族が争う原因を作った張本人かもしれません。」
女神の声は震えていた。
だが次の瞬間――バチッ!と音がして、彼女の頭上に青い光の輪が出た。
『おいおい、なんだ今度は!?』
「ちょ、ちょっと待ってくださぁぁい! また神界からの強制召喚信号がぁぁ!!」
空気が歪み、風が巻き起こる。
ピリィが慌ててしがみつき、ユウトが叫んだ。
「ちょっと! せめて説明終わってから帰れ!!」
「やぁぁぁぁぁですぅぅ!! まだ話したいことがぁぁ!!」
――ズバァァァンッ!!
女神は青白い光に包まれ、空へ吸い込まれた。
残ったのは、焦げた地面と、
“天界職員用マニュアル:安全な降臨のしかた”という本。
⸻
『……すげぇ置き土産だな。』
『ユウトさん♡ この本、読みます?』
「いや、読んでも落下する未来しか見えねぇ。」
ユウトは肩をすくめて本を拾い、パラパラとページをめくった。
そこには、こう書かれていた。
『降臨時は、対象世界の言語干渉に注意せよ。
まれに“心を読む個体”が存在し、神との通信に支障をきたすことがある。』
「……“心を読む個体”って、俺のことか?」
『つまり、神界にまでお前のスキルが干渉してんのか。』
『ユウトさん♡ バグ勇者ですね♡』
「言い方ぁぁぁ!!」
⸻
夜風が吹いた。
遠くで狼の遠吠えが響く。
焚き火の火がゆらゆらと揺れて、ユウトの顔を照らす。
「……言葉を奪う存在、ね。」
『なんだそれ? 初耳だぞ。』
「俺もだ。でも……なんか嫌な予感する。」
『まぁ、今は寝ようぜ。考えると腹減るし。』
『おやすみなさいユウトさん♡ また誰か降ってこないといいですね♡』
「やめろぉぉぉ!!」
彼らの笑い声が、森の夜に溶けていった。
そして、その空のずっと向こう――
女神リュミエルは上司に怒られていた。
「だから何度言ったらわかるの! 降臨は“歩いて”行きなさいって!!」
「だってぇぇぇぇぇぇ!!!」




