「新しい世界」
境界の外の荒野を離れ、ユウトたちは再び“表の世界”へと足を踏み入れた。
空は青い。
風は普通に吹いている。
草は草として揺れている。
――あまりにも、普通だ。
「……なんか逆に落ち着かねぇな」
ユウトがぼそりと呟くと、レオンが即座に応じた。
「同感だ。世界の裏側を覗いた直後に、この平和は違和感がある」
『でもちゃんと現実ですぅ!』
ピリィがぴょん、と跳ねる。
『線も歪んでないし、変な声もしないし!
ユウトの風も、ちゃんと“外”向いてるですぅ!』
「外向き?」
『前はですねー』
ピリィは身振り手振りで説明する。
『ユウトの風、内側にぐるぐるしてたです!
今はちゃんと前に吹いてます!』
ゴルドが豪快に頷いた。
『うむ! 筋肉的にも今のほうが健全だ!!』
「筋肉で判断するな」
だが、ユウト自身も感じていた。
(……確かに)
(前は、どこか“抱え込んでる風”だった)
今は違う。
背中を押す風だ。
進む方向へ流れる風だ。
そこに、柔らかな声が重なる。
【……世界が、静かですね】
リュミエルは空を見上げていた。
【でも……ちゃんと息をしている】
【“止められていない”感じがします】
ユウトは横目で彼女を見る。
「止めなくていいんだよ」
「揺れて、迷って、それでも進めば」
リュミエルは小さく微笑んだ。
【……はい】
ーーー
しばらく歩くと、見覚えのある街道に出た。
商人の馬車。
旅人の一団。
冒険者らしき装備の集団。
「……戻ったな」
レオンが呟く。
『本編だぁぁ!!』
ゴルドが拳を突き上げた。
「お前の本編感覚どうなってんだ」
だが、その瞬間。
ユウトの風が、わずかに“引っかかった”。
(……?)
ほんの一瞬。
だが、確かに。
「……待て」
ユウトが足を止める。
「どうした?」
レオンも即座に止まる。
ユウトは目を閉じ、風に意識を向けた。
――ざわり。
人の気配。
モンスターの気配。
だが、その“間”に――
何か、余白のような違和感。
『……ユウト?』
ピリィも気づいた。
『なんか……ここ……
“知らない静けさ”が混じってるです……』
ゴルドが低く唸る。
『敵か?』
「……いや」
ユウトは首を振った。
「これは……“残り香”だ」
レオンが眉をひそめる。
「第四の影の?」
「近いけど、違う」
ユウトははっきりと言った。
「“判断”じゃない」
「もっと……曖昧で、逃げ腰な感じだ」
リュミエルが、はっと息を呑む。
【……境界の外で生まれた歪み】
【影が消えたあと……
居場所を失った“迷い”が……】
「残ってる、ってことか」
ユウトは苦笑した。
「世界って、後処理多すぎだろ」
『それが“選択を許す世界”ですぅ!』
ピリィが胸を張る。
「お前、いつの間にそんなこと言えるようになった」
『女子会で学びました!』
「どこでだよ」
ーーー
街道の先、分かれ道の標識が見えた。
左:王都
右:辺境の集落
その標識の下で、一人の旅人が立ち尽くしていた。
フードを深く被り、どちらにも進めずにいる。
「……行くぞ」
ユウトは自然に右へ歩き出した。
「即決か?」
レオンが問う。
「悩んでるやつがいる方向だ」
「放っとけねぇ」
『ユウト、勇者っぽいですぅ!』
「今さら言うな」
近づくと、旅人が顔を上げた。
「……あ、あの……」
声が震えている。
「王都に行くべきか……
村に戻るべきか……
どっちが正しいんでしょうか……」
ユウトは立ち止まった。
少し前の自分なら、
きっと答えを出そうとした。
でも――
「正しさは知らねぇな」
旅人が目を見開く。
「え……?」
ユウトは肩をすくめた。
「でも、“選ぶ”ことはできる」
「どっち選んでも、後悔は出る」
「それでも進めるほうを選べばいい」
旅人は、しばらく黙り――
やがて、小さく笑った。
「……それ、王都の占い師より不親切ですね」
「よく言われる」
「でも……」
旅人は背筋を伸ばした。
「……楽になりました」
そして、村の方向へ一歩踏み出す。
「……ありがとうございます」
去っていく背中を見送りながら、レオンが呟いた。
「……世界、変わったな」
「変わったのは、俺たちかもな」
ユウトは風を感じた。
選択の風。
迷いを許す風。
【……ユウトさん】
リュミエルが、静かに言う。
【これから……
こういう“迷い”が増えるかもしれません】
「だろうな」
【……それでも……】
「止めねぇよ」
ユウトは笑った。
「選べる世界のほうが、面白い」
ピリィが元気よく叫ぶ。
『じゃあ次はどこ行くですか!?』
ゴルドが腕を鳴らす。
『強い敵!』
レオンがため息をつく。
「まずは情報収集だ」
ユウトは空を見上げ、風に問いかける。
(……次は何が来る)
風は、答えない。
だが――
前へ吹いていた。
それで十分だった。
こうして――
“女神の心臓編”は終わりを告げ、
物語は新たな段階へと進む。
世界の裏側を知った勇者と、
選ぶことを取り戻した女神。
次に待つのは、
“歪みの後始末”か、
それとも――
選択を悪用する、新たな敵か。
いずれにせよ。
風は、もう迷わない。
ユウトたちの旅は、
確かに“次の章”へ踏み出していた。
――続く。




