「女神の心臓編ー完」
世界は、音を取り戻しながら戻ってきた。
最初は遠くで水が落ちるような音だった。
次に、風が草を揺らす気配。
そして――確かな足場の感触。
ユウトが目を開けると、そこは見慣れた荒野だった。
境界の外。
白線の世界と現実の世界が、ぎこちなく縫い合わされた場所。
「……戻った、か」
身体を起こすと、風がいつもより重い。
だが不快じゃない。胸の奥で、何かが“根を下ろした”感覚がある。
そのすぐ横で――
「ユウト!!」
雷が弾けた。
次の瞬間、鎧越しでもわかる勢いでレオンが肩を掴んでいた。
「お前……! 本当に……!」
言葉が続かない。
怒鳴りたいのか、殴りたいのか、安心したいのか分からない顔だ。
「生きてるよ」
ユウトは苦笑した。
「一応な」
レオンは一瞬だけ目を伏せ、すぐに舌打ちした。
「……一応、で済ませるな」
「こっちは、世界がひっくり返るかと思った」
「ひっくり返ってたかもな」
ユウトがそう言うと、後ろから――
『ユウトーーーー!!』
勢いよくぶつかってきたのは、もちろんピリィだった。
ぷるん、と全力で体当たり。
そのままユウトの胸に貼り付く。
『どこ行ってたですか!!
急に消えて!!
戻ってこないし!!
世界の線、バグるし!!
雷バチバチだし!!
ユウトの風、変な匂いするし!!』
「情報量多いな!?」
ユウトは慌てて受け止める。
「落ち着け、ちゃんと戻ってきただろ」
『戻ってきたけど!!
心臓の音、前と違うです!!』
ピリィはぴたりと動きを止め、真剣な目でユウトを見る。
『……ユウト、何か……大事なもの……
拾ってきたですか?』
ユウトは一瞬、言葉に詰まった。
(こいつ……勘、鋭すぎだろ)
その背後から、地面を踏みしめる重い音。
『おおおお!!!
無事だったかユウトォォ!!』
ゴルドが満面の笑みで親指を立てていた。
『世界が変な揺れ方したからな!!
筋肉で支えといたぞ!!』
「何をどう支えたんだよ……」
レオンが即ツッコむ。
「聞くな。どうせノリだ」
ユウトは、全員の顔を見渡した。
雷の勇者。
筋肉の勇者。
暴走スライム。
そして――
少し遅れて、柔らかな光が形を取る。
リュミエルが、そこに立っていた。
今までより、はっきりと。
今までより、確かに。
欠けていた輪郭はなく、
光は安定し、揺れていない。
「……リュミエル」
ユウトが呼ぶと、彼女は少し照れたように微笑んだ。
【……ただいま、です】
その瞬間。
『……え?』
ピリィが固まった。
『……あれ?
リュミエル、いつもより……
“ちゃんと女神”です……?』
レオンも目を細める。
「……違和感がない」
「今までの“不安定な存在感”が、消えている」
ゴルドは腕を組み、深く頷いた。
『ほう……
これは……心臓が戻った顔だな!!』
「分かるのかよ」
『筋肉は分かる』
「万能かよ」
リュミエルは一歩前に出て、深く頭を下げた。
【……皆さん】
【今まで……ご心配をかけました】
『……?』
ピリィが首を傾げる。
『リュミエル、何言ってるです?
心配なんて……』
言いかけて、言葉を止めた。
ぷる、と震える。
『……してました……』
『いっぱい……』
ユウトは小さく笑った。
「だそうだ」
リュミエルは胸に手を当て、静かに息を吸う。
【もう……一人で世界を支えたりしません】
【選ぶときは……一緒に選びます】
レオンが小さく息を吐いた。
「……やっと言ったな」
ゴルドが豪快に笑う。
『よし!!
じゃあこれからは女神も筋トレだな!!』
【しません】
即答だった。
『なぜだ!!』
「当たり前だろ」
ユウトが言った。
「それは俺の役目だ」
『ユウトも筋肉足りんぞ!!』
「お前基準で言うな」
そのやり取りに、ピリィがくすっと笑う。
『……なんだか……
全部、ちゃんと戻った感じですぅ』
ユウトは空を見上げた。
境界の外の空は、まだ少し歪んでいる。
だが、壊れてはいない。
(……世界は続く)
第四の影は消えた。
だが、選択が消えたわけじゃない。
これからも間違える。
迷う。
痛む。
それでも――
「さて」
ユウトは立ち上がり、仲間たちを見た。
「帰ろうか」
「本編に」
レオンが苦笑する。
「ようやくか」
「寄り道が長すぎる」
『寄り道じゃないですぅ!!
大事な回ですぅ!!』
ピリィが抗議する。
ゴルドが大きく頷いた。
『そうだ!!
これは“心臓回”だ!!』
「ジャンルが分からん」
リュミエルが、そっとユウトの袖を掴んだ。
【ユウトさん】
「ん?」
【……ありがとう】
【私を……選んでくれて】
ユウトは少しだけ照れて、視線を逸らした。
「……礼は後だ」
「今は――」
風が吹く。
蒼く、あたたかい風。
「この世界を、もう一度ちゃんと歩こう」
『おー!!』
声が重なる。
こうして――
女神の心臓層での戦いは終わり、
世界は“選択を許す形”へと再び動き出した。
だが、旅は終わらない。
境界の外には、まだ歪みが残っている。
世界の裏側を知った者にしか見えない敵も、きっと現れる。
それでも。
風は、もう迷わない。
選ぶことを恐れない勇者と、
一緒に描くことを選んだ女神と、
それを支える仲間たちと共に――
物語は、次の章へ進んでいく。




